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独演

掲載日:2025/12/08


夜の救急外来の待合室。

点滴の落ちる音と、古いテレビの砂嵐だけが、二人の女の息づかいを縁取っていた。



───

綾芽は、七年間ずっと同じ男を追っていた。

「追っていた」と本人は言わなかったが、彼の出社時間と退社時間、家の前の街灯の切れかけ具合まで把握している時点で、周囲は遠巻きに“それ”と呼んでいた。


彼のために弁当を作り、捨てられてもまた作り、

「もしかしたら台風で飛ばされたのかもしれない」

と自分に都合のいい解釈をし続けた。


ある夜、彼にようやく話しかけた。しかし返ってきた言葉は、

「警察、呼びますよ」

の一言だった。


その瞬間、綾芽の中で何かがぷつんと切れた。

愛した分だけ自分が解体されていくのを初めて悟った。


そして今、夜の待合室。

彼女は精神的ショックで過呼吸になり、毛布に包まれている。

携帯には誰からも連絡はない。

“彼だけを見てきた”という誇りは、今やただのひび割れたガラス片だ。



───


莉久は自由だった。

誰かと深く関わると逃げたくなるので、

「好きだけど本気じゃないからね?」

と最初に言っておき、責任のない恋を量産した。


彼女のSNSはいつも賑やかで、誰かしらの腕の中で笑っていた。

ただ、病室で一人になった時、

その「笑っていた誰か」の顔をほとんど思い出せなかった。


検査結果を聞きに来いと言われたその日、

「今夜会えない?」

とメッセージを送った相手たちからの返事はすべて同じだった。

既読スルー。


そして今、点滴台の横で膝を抱えている。

彼女が“浅い関係”と呼んだものは、

本当に浅くて、つま先すら引っかからなかった。



───


点滴の滴る音が、ふたりの孤独を交互に叩いた。


綾芽は「あの人の声が、まだ耳の奥に残ってる」と呟いた。

莉久は「誰か来ると思ったんだけどね」と乾いた笑いを漏らした。


会話が途切れたとき、二人の視線がふと交差する。


「ねえ……どっちが正しかったんだろうね」

「さあ。どっちも間違えたのかも」


綾芽は、深く深く愛することで自分を捧げすぎた。

莉久は、浅く繋がることで誰も自分に触れない人生を選んだ。


そして結局――どちらの生き方も、

“誰も側にいない場所”へ辿り着いた。


冷たい椅子の上で、

ふたりの呼吸だけが、やけに静かに重なっていた。



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