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港の工業都市カルディナ

5日ほど歩き続けて丘陵を越えたとき、

南の空に灰色の雲が見えた。


雲ではない――煙だった。

街を覆うように立ちのぼる蒸気と、煤にまみれた煙柱。

昼の光を曇らせるその影は、まさに産業の息吹の象徴だった。


リュシアが足を止め、目を細める。


「……空が暗い。」

「工場の煙だ。あれがこの街の“心臓”みたいなもんだ。」




カルディナ――

他の大陸へ向かう旅人が必ず足を踏み入れる、

アイゼン=ヴェルト王国の南東に位置した最大級の工業都市。

海に面した都市で港もあり、ここから6大陸の一つであるガルダインへ向かうことが出来る。

---


街へ近づくほどに、音が増える。

金属の叩く音。

蒸気の噴き上げる音。

歯車が回る轟音。

怒号と笑い声が入り混じった、人間の生命音。


エリスも、この街の規模に思わず息を呑んだ。

孤島で暮らし、王都には短く滞在しただけの彼にとって、

この街の濃密さは異様でさえあった。


街の門前には蒸気馬車が列を作っている。

四輪の荷台の前方に“鉄の馬”が組み付けられ、

そこから蒸気管が脈打つように熱を吐いていた。


ぷしゅううううっ!!

隣を走り抜けた蒸気馬車の音に、リュシアが肩を震わせる。


「ひ、人がいないのに動いてる……!」

「機械だ。エンジンが脚の代わりをしてる。」

「怖い……。」


そう言いながら、彼女はエリスの外套の端をつまんでいた。

その仕草を、エリスは無言で受け入れる。


門をくぐると、喧噪が一気に押し寄せた。


まずは門から真っ直ぐ続く大通りを散策しながら今日の宿を探さなければならない。


大通りの両脇には巨大な工房が並び、

開け放たれた扉から真紅の炉の火がちらつく。

炉の熱と煙が通りへ流れ込み、

歩く人々の顔はすすで黒く染まっていた。


「ボルトを渡せ! こっちは魔導炉が止まるんだよ!」

「動力は下げるな! 圧が逃げるぞ!!」


怒鳴り声が響く中、

ひときわ重厚な音が鳴った。


エリスとリュシアが足を止めると、

工房の奥から巨大な人型の影が姿を現した。


全身が銀鋼で組まれ、

関節部分に蒸気管と魔導紋が刻まれた自動人形――

【スチーム・オートマタ】だ。


ガシャン……ガシャン……!



一歩踏み出すたびに、地面が震えた。

リュシアが見上げるように目を見開く。


「……こんな大きなものが動いてるの……?」

「人間の手足の代わりに働く人形だ。

魔導士じゃなくても扱えるように“誰でも使える魔法”のように作られてる。」

「魔法……じゃないのね。」

「ああ、工業だ。」




リュシアが小さく呟く。

「生きてないのに……動いてる。

でも……なんだか、痛そう……。」


その言葉に、エリスは一瞬だけ彼女を見る。

リュシアが見ている世界は、人間とは違う――

その違いが、今は少しだけ興味深く思えた。


---


カルディナの街灯は、日没前からぱちぱちと青白い光を灯した。

魔導炉の魔力と蒸気の圧力を装置内で混ぜて発光させる仕組みだ。


リュシアがそっと手を伸ばす。


「触っても……熱くない。」

「火じゃないからな。これは魔導光だ。」


彼女はその光に見惚れ、

指先を近づける。


「……綺麗。でも、人の光ね。」

「ああ。便利だが、空を汚す光でもある。」


エリスの言葉に、リュシアは少し寂しげに空を見上げた。


灰色の空。

煤煙の雲。

太陽の光はかき消されている。


「空が……息してないみたい。」

「ここはそういう場所だ。」


しばらく歩くと宿屋がチラホラ見えてくる。

その中の一件を訪れたが、残念ながら満室であった。その後も大通りに面する宿屋を手当り次第にあたったがどこも満室。


最大の工業都市、そして港あるカルディナは、人の出入りが多く宿もなかなか取れないと有名であった。


仕方なく道を変えて出た、市場通りはさらに混雑していた。

蒸気で回る風車が屋台の看板を回し、

魔導ミシンの音が布を縫い、

魚の匂いと香辛料の匂いが入り混じっている。


人が多い。

どこを見ても人、人、人。


それだけでリュシアは、息を詰まらせた。

深くフードを被り、エリスの外套の端を握りしめる。


「……こんなに大勢……。」


人間の喧騒は、彼女には刺激が強すぎた。


すると、行き交う人々が足を止めた。

リュシアを見たわけではない。

ただ、彼女の指先の白さ、纏う空気の違いに本能的に視線が向く。


「……エリス、見られてる……?」

「大丈夫だ。ただ珍しいだけだ。」

「……人間は嫌いじゃないけど、怖い。」



不安で震える手が布を強く握る。

そんなリュシアを見て、

エリスはほんの少しだけ歩調を落とした。


「ゆっくり行こう。」

「……うん。」

その言葉ひとつで、

彼女はほんの少しだけ息を整えることができた。



夕暮れ、二人はやっと空き部屋がある宿屋を見つけた。

裏路地にある小さな宿屋で立て看板には“蒸気宿屋”と書かれていた。

部屋の隅には蒸気管が通っており、

時折「ごうっ」と熱風が流れ、室内を暖める。


「ここ……暖かい。」

「蒸気のおかげだ。火を使わなくても部屋が温まる。ただ煩いのが難点だな」


リュシアは壁の蒸気管を興味深そうに見つめていた。


「人間って……魔法よりも“道具”で生きてるのね。」

「魔族と違って魔力を持たない人間の方が多いからな。だから、生きるために工夫したんだろう。」



しばらく無言の時間が流れ、

リュシアがぽつりと呟く。


「……すごいわね。

魔力がなくても、誰かを助けるものを作れる。」




エリスはその横顔を見た。

彼女は魔族として生きるのではなく、

“人として歩く”覚悟を手探りで身に付けようとしていた。


そして――

二人はこの街で準備を整え、

南の“砂海さかい”を目指すためにガルダインに渡らなければならない。


蒸気の音が、二人の間を静かに流れた。


カルディナの夜は明るい。

煙と蒸気に覆われても、

人間が作り出した光が街を照らし続ける。

ー六大陸についてー


〇産業国家《アイゼン=ヴェルト》

世界の西に位置する金属鉱山と蒸気炉の国で周りは海に囲まれている。初代勇者が晩年を過ごした国で、彼の設計思想が根強く

残る。

蒸気と歯車の音が響くスチームパンク風の都市で、空を走る列車や魔導機関車、自動人形などが発達。

科学者と技師が支配層で、神より技術を信仰する実用主義国家。

恩恵(ギフト)は才能として解釈され、宗教は衰退している。

主人公の故郷であり、初代勇者の名を冠した『アーク・フォージ大学』が存在する。


〇 魔法都市《アルカナ=グラース》

世界の中央高地に築かれた巨大な魔法学院都市。6大陸の中で最大の大きさを誇る。魔導塔と浮遊島が点在し、空中に魔法陣が輝く幻想的な景観を持つ。

魔法理論と魔導工学の融合を理念とし、学問によって神を超えることを目指す。

政治は魔導士階級の寡頭制で、研究成果が権力となる。恩恵は神の偏愛とされ、痣者を異端とみなす傾向が強い。


亜人国家ガルダイン

世界の南、アルカナ=グラースの下に位置する。原始林と断崖に囲まれた辺境の大地。獣人・エルフ・竜人・鬼族など多種族が共存する都市連合国家。

各種族が自治権を持ち、大議会で緩やかに統治されている。

血統ではなく『生存力』を尊ぶ文化を持ち、自然と精霊を神とみなす信仰が根付く。

痣者は『精霊の印』として敬意を受ける存在である。


〇 水上国家《リュミエール=マリス》

南東群島に築かれた海上国家。無数の島を魔導的水流制御で結び、潮流そのものをエネルギー源とする

水晶のように輝く建築と潮風が特徴で、芸術と交易が盛ん。商人や冒険者が多く集まり、六大陸でもっとも自由で多様な都市。

痣者は『祝福ブレス』と呼ばれ、祭りの象徴として祝われる。


〇 宗教国家《セレスティア=ノア》

北東の雪原地帯に広がる白亜の神殿都市。

『彗星の巫女』を唯一神の化身として信仰する神権国家。

天文と宗教が結びつき、星の動きを読む『星読司祭』が政治を担う。

異教徒や痣者を危険視する過激派も存在するが、表向きは平和を唱える。

穹詠みが所属し、彼女らは星を媒介に未来を読むことができる。


〇 墓標国家《ノクス=エレボス》

北西の荒廃地帯に築かれた灰色の都市。

かつて魔王が討たれたとされる『死の大地』で、魔族との戦争により亡くなった人達の数多の墓標が並ぶ。

死者を弔う影の教団が支配し、蘇生や魂転写といった禁忌の研究が行われている。

死は終わりでなく循環と捉える死生観を持ち、恩恵を『魂の刻印』と呼ぶ。

初代勇者の墓が存在し、勇者候補の巡礼地として知られる。

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