表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/7

偽りの祈り ― 後編

鈍い琥珀と紅の閃光が森を裂いた。

聖なる祈りと血の命がぶつかり合い、

空気そのものが悲鳴を上げる。


エリスの加速は限界を越えていた。

肉体は軋み、肺が灼ける。

それでも彼は止まらなかった。


ライナスの槍が閃き、聖光が奔る。

紅の拳がそれを受け、火花が爆ぜた。


「なぜ抗う! 薄痣風情が!」

「お前が言ったろ。神の命令に従ってるだけじゃ、誰も守れない!」




紅のガントレットが光を掴み、砕く。

琥珀の破片が散り、森の霧に消える。


だが、ライナスの表情にはまだ余裕があった。


「……確かに速い。薄痣にしては異常だな。

だが俺は“神の加護”を受けた者。貴様のような獣とは違う!」



光が彼の手に再び集まる。

地面の聖印が明るく脈動した。


「《セイクリッド・ランス:ジャッジメント》!」




光の奔流が森を焼く。

樹皮が弾け、熱が空気を裂く。

エリスの体が吹き飛び、背中が地を滑った。

肩口の傷が開き、血が滲む。


「エリス!」

リュシアの声が響く。

血の粒が地を伝い、彼女の足元に集まる。


「血よ、応えなさい!」




紅い光が地を這い、結晶が花のように開く。

《ブラッド・スパイン》


無数の紅槍が空から降り注ぎ、光の陣を打ち砕いた。

ライナスが目を見開く。

「な……これは……!」


リュシアの瞳が深紅に染まる。

唇をかすかに噛み、血の剣を握る。

《ブラッド・エッジ》


「神の加護を誇るなら、その光で人を救ってみせなさい!」




紅の剣が弧を描き、光の槍を弾いた。

聖なる輝きが砕け、琥珀の欠片が散る。


しかしリュシアの膝が沈む。

血の剣が揺れ、肩が震えた。


「リュシア、もうやめろ!」

「……殺さない。誰も、殺したくないの……!」


その言葉が、エリスの胸を打つ。


彼はゆっくりと立ち上がった。

血の結晶が腕に纏わりつき、紅の手甲となる。

《ブラッド・ガントレット》


「じゃあ、壊すだけだ。力も、信仰も、何もかも。」




エリスは地を蹴った。

紅と加速の軌跡が重なり、空気が裂けた。

《ディレクト・アクセラレーション》


世界が沈黙する。

光が追いつく前に、彼は槍を掴み、ねじり折った。


ライナスの体勢が崩れる。

彼の喉元へ紅の拳が迫る。


だが、寸前で止まった。

拳は空を切り、風だけが彼の頬を打った。


「……なぜ、止めた?」

「お前を殺しても、何も変わらない。」


エリスの声は静かだった。

ライナスの肩が震え、槍が手から滑り落ちる。


「……神は……お前を許さないぞ。」

「神が何者か、俺は知らない。だが――人を救えない神の代わりなら、いくらでもなる。」




ライナスの目がわずかに揺れた。

怒りではなく、恐怖でもなく。

理解に似た感情が、そこにあった。


「行け。二度とこの森に入るな。」


エリスが剣を納めると、ライナスは沈黙のまま兵たちを下がらせた。

鎧の擦れる音が遠ざかり、霧が再び森を包む。

---


戦いの後、リュシアは膝をつき、静かに息を吐いた。

血の剣が溶け、霧のように消えていく。


「殺さなかった……ありがとう、エリス。」

「お前が言ったんだろ。誰も殺したくないって。」




彼女の肩が小さく震える。

その頬に一筋、血の涙が落ちる。


「あなた、優しすぎるわ。」

「優しくなんかない。俺はただ、もう誰も間違って殺したくないだけだ。」




エリスは手を差し出し、リュシアを立たせる。

その瞬間、彼女のフードがずれ、尖った耳が露わになった。


エリスは小さく眉を上げた。

リュシアは慌てて耳を隠す。


「このままじゃ、また見つかる。」

「……わかってる。」




彼女は荷物から深いフードを取り出し、被った。

耳がすっぽりと隠れ、影が顔の半分を覆う。


「どう?」

「十分だ。少なくとも、人には見える。」




「人として歩くのは、少し怖いわ。」

「俺も同じだ。勇者の痣を持ってても、人じゃないと思われてる。」




二人の視線が交わり、

わずかに笑いが零れる。



---


森の奥、崩れた聖堂の壁のひび割れから、

淡い光が漏れていた。


エリスが足を止め、壁に手を触れる。

刻まれた文字が薄く光る。


『血により契られし平和、

光により覆われし虚構。

契約が破れし時、真実は再び血を選ぶ。』




リュシアがその文を見つめ、息を呑む。

「……アーク・リュミナスの契約文ね。」

「勇者と魔王の血の誓い……。

もし本当に存在したなら、俺たちがその“証明”なのかもな。」




エリスが笑う。

リュシアも小さく笑い返した。


外へ出ると、霧が晴れていた。

木々の隙間から、淡い陽光が差し込む。

それは黄金ではなく、柔らかな琥珀色。


エリスが空を見上げ、静かに呟く

「神の光より、血の方がずっと綺麗だ。」


風が吹き抜け、二人の外套が揺れた。


森を後にして、

二つの影が並んで歩き出す。


片方は、血を隠した少女。

片方は、光を拒んだ青年。


彼らはまだ知らない。

この先に待つ“真実”が、神話をも殺すほど重いことを。


それでも――

その歩みは、確かに同じだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ