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宿に戻り、着ぐるみのまま私はベッドにうずくまっていた。
『カエー、どうしたの? 大丈夫?』
リョク君がベッドの上を飛び回って訊いてくるけど、相談してもわからないだろう。
やってしまった。
ライ君以外の人に見られてしまった。どうしよう。
目が合って、パニックになった私はあの場から逃げ帰ったのだ。
あのあと男の子が騎士さんたちに話してしまったかどうかも知らない。
うえーん、どうしよう!
ライ君は、この街に帰ってすぐドライアドの件で報告に行き、まだ戻らない。
あの件は領主様から依頼されたから、直接報告が必要らしい。
カエル君の中身が女の子だったって話が広まったら、ライ君は困るだろうか。
すぐに異世界の女とはバレないだろうから、危険でもないかな。
いや、でも着ぐるみの人って他にいないみたいだし、不審だよね。
あの貴族の子が、どれくらい、誰に話したかわからないけれど。
街のみんなに知られちゃったかな。
少なくとも街の騎士の人たちには知られたかな。
私は明日から、カエル君として出歩いていいのだろうか。
うえーん、ライ君助けてー!
困ってベッドの上でもだもだしていたら、寝てしまっていた。
扉がノックされて、慌てて起き上がる。
「カエー、帰ったぞ。遅くなって悪いな。話したいことがあるんだが、今いいか?」
ライ君だー!
「おかえりー!」
声を上げて起き上がり、違和感に首をかしげた。
私はどうして着ぐるみのままベッドで寝ているのか。
そしてはたと、寝る前のことを思い出す。
そうだ、見られたんだ!
「ああーっ! そうだ、ライ君助けて!」
私はベッドから飛び出し、扉を開けるとライ君に飛びついた。
着ぐるみのまま飛びつかれたライ君がちょっと後ろに下がる。
あ、しまった。
カエル君パワーでライ君に飛びついたら、ライ君にダメージが!
でもさすがライ君、特にダメージは受けていないみたいだ。
「どうしたカエ、カエル君のままで。何かあったか?」
ライ君は私と部屋に入りながら、慌てる私に訊いてくる。
「見られたの! どうしよう!」
そう、見られたんだ。カエル君の中身の私を!
私はライ君に、冒険者ギルドからパン屋に向かうときの事故と、逃げ帰るまでの一件を語った。
聞いたライ君は額を押さえて項垂れた。
「あー……実は領主様から、帰り間際に客人がカエル君と面会希望だと言われたんだ。そういうことか」
んん? 客人が私に面会希望って、どういうこと?
「客人って誰?」
「誘拐されてこの街で助け出された人物が、偉い人らしくてな」
あの男の子だ!
私と面会希望って、どういうことだろう。
着ぐるみの中身を確かめたいとか?
着ぐるみの不審人物だからかな。
不審な着ぐるみとして捕まっちゃったらどうしよう!
逃げた方がいいの? 逃げていいの?
「ライ君どうしよう!」
「オレもあちらの用件はわからんが、一緒に行こう」
ライ君は力強く言ってくれる。
「もしもカエル君の中身のことが広まって、この国に居づらくなったら、一緒に別の土地へ行ってもいいんだ。オレはこの街にこだわりはない。カエが居心地良さそうだから、腰を落ち着けているだけだ」
そうか。別の土地に行ってもいいんだ。
この街に知り合いもできて、離れるのは寂しいけれど。
カエル君の中身が知れ渡って、もしも居づらくなるなら、別の土地で暮らしてもいい。
うん。ライ君が一緒なら大丈夫だ。
「ありがとう、ライ君! ライ君がいてくれたら、私もどこでもいいよ!」
『ボクもいるよー!』
リョク君も私の周囲を回って騒ぐ。
私がひとりでうずくまって寝ていたので、心配させたみたいだ。
そうだよね。リョク君もライ君もいるんだ。大丈夫!
「うえーん、ありがとう! ライ君、リョク君!」
私は安心して着ぐるみを脱ぎ、改めてライ君におかえりのハグをした。
ライ君はきゅっと私を抱きしめて、抱き上げた。
「安心しろ。そいつがカエに何かするつもりなら、絶対にオレが守るからな!」
おお、ライ君頼もしい!
「かっこいいね、ライ君!」
「うはは、今さらだな。なんだ、惚れたか?」
「うん。惚れちゃう惚れちゃう、かっこいい!」
ライ君のこういうところ、女の子にキャーキャー言われそうだよね。
そう思って褒めたのに、ライ君は項垂れた。
「なんか、違う。それ惚れてる反応じゃない」
「え、なんで? 女の子みんなキャーキャー言いそうだよ」
「女の子みんなはいらない」
おお、ライ君クールだね!
モテなくてもいいとか、世の男の子を敵に回しそうだね!
次の日、ライ君と一緒に領主様のお屋敷に向かった。
街の奥に小高い丘がある。
その上に領主様ご一家が住む、お城みたいな建物がある。
迎えに来た馬車に乗り、馬車のまま大きな門を通った。
「すごーい、テレビで観たイギリス庭園みたい!」
『すごいの? すごーい、すごーい!』
私のはしゃぐ声に、リョク君が馬車の中を飛び回る。
うん、すごい。石畳と芝生と、木や花が、なんか色々と整えられたお庭だ!
馬車は正面玄関なのか、ロータリーみたいなところに着いた。
ライ君が先に降りて、エスコートしてくれる。
ありがたい。
着ぐるみで馬車から降りるの、実はけっこう足元が怖いんだ。
飛び降りれば平気だけど、こういうお屋敷の玄関で、飛び降りていいのかわからないんだ。
ライ君の手に捕まって、安全第一でおとなしく馬車から出る。
立派な玄関から広い廊下を通り、お部屋へ。
「来たな。カエル人間」
部屋の中、昨日の男の子がいた。
偉そうに仁王立ちだ。
ライ君が進み出て、冒険者の礼をとった。
私も教わっていたので、同じ礼をとる。
着ぐるみでちょっとやりにくいけど。
「崩して構わん。そなたらには、護衛を頼みたいのだ。私はノア。サザンティーヌ公の息子だ」
うわあ、偉そうじゃなくて、偉い人だった!
サザンティーヌ公の息子っていうのが、どういう立ち位置かわからないけど、偉い人だと思う。
「サザンティーヌ……そうか、一族の」
ライ君の呟きに、ノア君が反応する。
「ん? ああ、そなたも守人の一族か。我らの祖と同じだな」
ライ君は古代種で、狭間の世界を守る一族だと言っていたよね。
それが守人の一族なのかな。
「人と婚姻し、建国に助力した一族の者がいると聞いたことがある」
「そのとおりだ。私は守人一族の血を引くため、魔力が高い」
ニヤリとノア君は笑った。
私とライ君に席が勧められ、座ったらお茶やお菓子が並べられる。
「さて、ライといったか。そしてカエル人間のカエルクン、昨日は助かった。礼を言う」
「あ、いえ」
なんというか、こんなに偉そうにお礼を言われたのは初めてだ。
時代劇のお殿様とか、こういうお礼の言い方をしてたかな。あれみたいだね。
「子供の体が恨めしいな。まだ魔力が安定せず、いいようにされてしまった。懇意になるため招きたく、強引な手段になったなどと言っていたが、どのような懇意かわかったものではない」
そうか。偉い人の子供も大変だね。
お金持ちの子供が誘拐されて身代金を要求されるって、ドラマでよくあるよね。
「私が拐かされたことは、内密にしたい。秘密裏に邸へ帰りたいのだ。ここの領主から護衛をつけると提案されたが、力を借りてはそこから話が漏れる。今も私のことを明かすのは、最低限の者だけにしてもらっている」
そういえば、部屋に人が少ないなと思っていた。
偉いお客様のおもてなしなら、もっと使用人がいそうなのにね。
最低限の人か。
なるほど、偉そうなのに少人数でおもてなし、大変そうだな。
「ここの領主は信用できる相手だが、騎士の護衛付きの行動は不便だ。他の領を通るときなどに話が漏れる危険もある。そこで信用できそうな冒険者に護衛を頼みたいと思ってな」
ええー、それもしかして、私たちに頼みたいって言うのかな。
やだ。護衛とか困る。
カエル君は無敵だけど、護衛の心得とか知らないし。
「護衛をしてくれるなら、このままカエル君のことは黙っていてやる」
そんな言葉を続けられた。
あ、もしかして、まだ皆にカエル君の中身を話していないってこと?
よかったー!
でも護衛をするならってことは、嫌だって返したら言いふらされるのかな。
そしてノア君は、周囲に指示を出した。
「いったん全員下がれ」
「は?」
領主様のお屋敷の使用人さんたちが、驚いた顔になる。
「聞こえなかったのか? 下がれと言った」
「いや、しかし」
メイドさんっぽい人も、執事っぽい人も、困った顔だ。
普通はそういう人たちもいる場所で、話すんだね。
何か着ぐるみの事情を訊かれるのかな。
それでその話をするには、皆に席を外すように言ってるのかな。
秘密にしてくれるのは、確かにありがたい。
やっぱり着ぐるみだと知られるの、気まずいし、なんだか嫌なんだよね。
でも何を訊かれるのかな。怖いな。
私の不安な気持ちに、肩にいるリョク君が私の頭をなでなでする。
着ぐるみの中なので皆には見えない。
おお、ありがとう!
「護衛を頼む予定のSランク冒険者たちだ。信頼せずに仕事を頼める相手ではない。いいから下がれ」
お部屋にいた人たちは、お茶のカップやお菓子だけでなく、ポットや食器もすべてテーブルに並べると、扉を出て行った。
お部屋の中は、ライ君と私とリョク君、ノア君だけになる。
「さて、昨日見たその中身については、誰にも話していない。安心しろ」
ノア君は話をそう切り出した。
「ありがとう!」
うん、嬉しい。この街を出て行かずに済むみたいだ。
着ぐるみの中でニコニコしていたら、ノア君は着ぐるみの私をしばらく眺めてから、そっと訊いてきた。
「その……カエルクンでいるのは、何かいいことがあるのか?」
ノア君はちょっとライ君を気にしている様子で、訊いてくる。
ええと、カエル君の着ぐるみを着ていることについての質問だよね。
「大丈夫だよ。ライ君は知ってるから。ええとね、カエル君は強いんだよ!」
「ほう、そういう装備か」
ノア君は、なぜかそんなふうに納得してくれた。
装備、装備か。まあいいかな。
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