34話「国王の陰謀と腹黒い聖女」
「全て上手くいっていた……。
そのはずだった。
もう少しで目的を達成できた。
なのに……なぜ、ここに来て予想外のことばかり起こるのだ!」
国王は声を荒げた。
国王の計画を破綻させたのは、間違いなく私ね。
ユリウスと王妃を助け、隣国の疫病を防ぎ、スタンピードを鎮めてしまった。
私が前世の記憶を取り戻し、小説のシナリオから外れたことで、ストーリーが大きく異なってしまったんだわ。
「もう少し、あと少しで、エドモンドにすんなりと王位を譲ることができたというのに!
弱った隣国を吸収し、国土を拡大できたはずなのに……!」
国王の望んだ未来は、小説の通りに進んだ世界。
でもここは小説の世界ではなく現実です。隣国の人々にも暮らしはあります。
王妃やユリウスにだって、幸せになる権利はあります。身勝手な理由で命を奪われていいはずがありません!
国王と聖女の思い通りにはさせないわ!
「血筋、生まれた順番、どれをとってもユリウスの方が上だ。
余の権威を用いても、ユリウスが生きている間はエドモンドは立太子できない。
ユリウスは確実に殺さなくてはならない!」
「はい」
「歴代の国王が真っ先に行ったのは異母兄弟の粛清だ。
ユリウスが王になればエドモンドだけでなく、婚約者であるそなたの命も狙うだろう。
ユリウスの庇護のもと、臣下に甘んじぬくぬくと暮らせると思うな」
ユリウスが国王になっても、エドモンドの粛清なんてしないわ。
国王は策謀渦巻く王宮で生まれ育ったので、そんな疑心暗鬼に囚われているのかもしれません。
「エドモンドとそなたが幸せになるためには、王妃とユリウスを殺し、エドモンドを次の王にするしかないのだ。
そのことを決して忘れるな」
「はい、陛下」
「余がそなたを贔屓にしているのは、聖女だからではなく、余の命令に忠実だからだ。
薄汚い貧民街の孤児院暮らしに戻り、ひもじい暮らしをしたくないのなら、私情を挟まぬことだな」
「陛下の仰せの通りにいたします」
ここからでは聖女の表情はわかりません。
ですが、聖女の声には迷いがないように感じました。
小説では聖女が両親の死後、貧民街でどのような暮らしをしていたかは詳しく書かれていませんでした。
彼女の様子から察するに、貧民街でよほど苦労したのでしょう。
「王妃と第一王子を抹殺し、必ずやエドモンド様を立太子させます!」
聖女の声には揺るぎない覚悟が宿っていました。
退路を断った者の覚悟と凄みを感じます。
国王の命令に逆らえず、仕方なく協力していたのかと思っていましたが……。
聖女のお腹の中も真っ黒なようです。
己の幸せのためなら何を踏みつけてもお構いなし、彼女はかなりの野心家なようですね。
「聖女コレットよ、その意気だ。
そなたの働きには期待しているぞ」
聖女の確信に満ちた答えを聞けて、国王は満足している様子です。
「だが決して、エドモンドには計画のことを伝えるな。
息子には謀とは無縁でいてもらいたい」
エドモンドはこの件には無関係なのですね。
なのに最重要容疑者として疑ってしまいました。罪悪感で胸の奥がヒリヒリします。
「エドモンドには何の憂いも後ろめたさも感じずに、堂々と王位に就いて貰いたい。
それが親心というものだ」
国王の声は先程とは違って穏やかでした。
国王がエドモンドに向ける愛情は本物のようです。
ユリウスだって国王の息子なのに……。
どうしてここまで対応に差があるのでしょう?
国王には王妃とユリウスを疎む理由があるのでしょうか?
「肝に銘じます」
「ならばよい。
余計なことに時間を費やした。
早急に仕事に取り掛かるのだ」
「はい、陛下」
二人の会話はそこで途切れました。
物音からの推測になりますが、聖女は本をいくつか取り出しては、メモしているようです。
「まだかかりそうか?」
「あと、一冊だけ写したら終わりです。
確か、奥の棚にあったはず」
奥の棚って、もしかして私とユリウスが隠れている棚のことでしょうか!?
聖女の足音がこちらに近づいてきます……!
心臓がドッドッドッと音を立て、小刻みに動いているのを感じます。
ユリウスが私の腰に添えた手に力を込めました。
彼も緊張しているようです。
今の私にできることは、聖女の目当ての本が、私達の隠れている本棚にないことを祈るのみです!
コツ、コツ……と音を立て、聖女が一歩また一歩こちらに近づいてきます。
神様……!
そう祈ったとき、聖女の足音が私達が隠れている本棚の手前で止まりました。
私は息を潜め、身をこわばらせ、気配を消しました。
早く書き終えて部屋から出て行って……!
聖女が本を手に取った音と、紙にペンを走らせている音が聞こえます。
早く書き終えて……!
こちらは息をすることもままならず、生きた心地がしません!
聖女が本を閉じ、棚に戻す音が聞こえました。
ようやく終わったみたいね。
ホッとしたのもつかの間……。
カツン……! と音を立て何かが落ちた音がしました。
「ペンが……」
先ほどの音は、聖女がペンを床に落とした音だったようです。
ペンがコロコロと私達の方に転がってくるのが視界に入りました。
神様、お賽銭……もとい寄付金を弾みますので助けてください!!
今までで一番熱心に、神様に祈ったかもしれません。
「おい、まだかかるのか?」
「いえ、もう終わります」
国王に呼び止められたこともあり、聖女はペンを拾うと、こちらに視線を向けることもなく、足早に去っていきました。
二人が退室し、禁書室の扉が閉まる音が聞こえても、しばらくの間指を動かすこともできませんでした。
聖女がペンを落としたときはもう駄目かと思いました!
心臓に悪いです!




