30話「王妃の回復、友人以上婚約者未満の関係」
隠し通路を抜けると別の部屋に出ました。
そこは、黄色を基調にした落ち着いた雰囲気の部屋でした。
ここが王妃殿下の部屋のようです。
中央に天蓋付きの豪華なベッドが鎮座していました。
「母上、体調はいかがですか?」
ユリウスが天蓋ベ付きッドのカーテンを開け中に入る。
王族が使用する天蓋付きベッドは、普通のものより天幕が大きめに作られています。
そのため、ベッドと天幕の間には50センチほどのスペースがありました。
「ユリウスなの?
ごめんなさい。
今日は起き上がる力もないの」
ベッドから聞こえた女性の声は弱々しかった。
王妃殿下はそうとう弱っているようですね。
「母上、無理をなさらないでください」
ユリウスが王妃を気遣うように声をかける。
「母上に朗報です。
僕たちの味方になってくれる薬師と精霊を連れて参りました」
ユリウスに手招きされ、天幕の中に入る。
ベッドには、40代前半の気品のある女性が横たわっていた。
銀色の髪を下ろし首の横で結び、白いシュミーズ(下着ではなくロングのネグリジェのようなもの)を纏っている。
やつれていても顔立ちが整っているのがわかる。
王妃殿下の瞳はユリウスと同じ紫色をしていた。
記憶の中にある王妃殿下は、玉座に優雅に座っていました。
その頃に比べ、少し痩せたように感じます。
それにしても、こうしてみるとユリウスは本当に王妃殿下に似ていますね。
父親の遺伝子どこにいった? と思うほどユリウスは国王に似ていません。
国王は金色の髪を肩まで伸ばして、空のような青い目をしています。
エドモンドも、国王と同じ髪と瞳の色をしています。
若い頃の国王の肖像画は、現在のエドモンドにそっくりです。
小説の国王も、現実の国王もエドモンドには激甘です。
父親というものは、自分にそっくりな子供を可愛がりたくなるものなのかもしれません。
「王妃殿下、お久しぶりでございます。
カレンベルク公爵家の長女、アンジェリカにございます」
王妃殿下にカーテシーをしました。
「まぁ、アンジェリカなの?
久し振りね」
王妃殿下は私の顔を見て、顔を綻ばせた。
いくら息子が連れてきたとは言え、私はかつてはエドモンドの婚約者だった女だ。
それを見てこの表情。
これが演技でないのなら、王妃は心配になるレベルで世間知らずの箱入り娘のようですね。
「アンジェリカは、僕が毒に侵されていたときに助けてくれたんだ。
彼女の解毒ポーションはよく効くんだよ、母上も飲んでください」
「そう言われても警戒なさるのは当然。
薬が安全なものと証明する為にまずは私が毒味を……」
私はショルダーバックから解毒ポーションを取り出し、蓋を開けた。
「その必要はないわ」
「えっ?」
「ユリウスが信頼してここまで連れてきてくれた人だもの。
私も信頼するわ」
そう言って王妃殿下は穏やかに微笑んだ。
本当に、こちらが心配になるくらい警戒心がない。
王妃殿下は、ユリウスに支えられ上半身を起こした。
「アンジェリカ、薬をいただけるかしら?」
「どうぞ、お納めください」
私は王妃殿下に薬を手渡しした。
王妃殿下は、瓶に口をつけ一気に飲み干しました。
王妃殿下が薬を飲み終えると、彼女の顔色がみるみる血色を取り戻していく。
回復したのはよかったけど、警戒せずに飲み干すとは思いませんでした。
ユリウス様の心痛をお察しします。
「母上、体調はいかがですか?」
「とてもいいわ。
先ほどまで感じていた体のだるさや、胃のむかつきが嘘のように消えたわ。
まるで少女の頃に戻ったように体が軽いわ」
王妃殿下は肌の艶もよく、目は輝き、声も薬を飲む前より高くなっていました。
「アンジェリカの薬のおかげですね。
ありがとう」
素直にお礼を言われると照れくさいです。
「王妃殿下、こちらのお薬もお納めください」
「先ほどの薬とは違うの?」
「先ほど王妃殿下にお召し上がりいただいたのは、解毒ポーションです。
そしてこれから飲んでいただくのは万能薬です。
もしかしたら何らかの病気にかかっていた可能性もございますので、こちらもお納めください」
王妃殿下に万能薬を差し出す。
「何から何までありがとう。
いただくわ」
王妃殿下が万能薬を一気に飲み干した。
「王妃殿下、体調はいかがですか?」
「とても気分がいいわ。
鼻の通りが良く、喉の調子も普段より良くなったわ」
王妃殿下は、風邪の初期症状が出ていたのかもしれません。
放置していたら毒で弱った体では病に耐えきれず、大事に至った可能性があります。
今日、薬をお届けできて良かったです。
「それはようございました。
もしかしたら、ユリウス様も何らかの症状が出ているかもしれません。
解毒ポーションと万能薬をお納めください」
「ありがたく頂戴するよ」
ユリウスが解毒ポーションと万能薬を飲み干した。
「それからこれはお二人のお弁当です。
解毒薬があるとは言え、王城で出されるものは、これからも召し上がらない方がよろしいでしょう」
ユリウスにバスケットを手渡す。
「恩に着ますアンジェリカ。
体調が回復したせいか、お腹が空きました」
王妃殿下は恥ずかしそうに頬を染めた。
「アンジェリカ、僕からもお礼を言うよ。
母を助けてくれてありがとう。
薬もお弁当もとても嬉しいよ」
ユリウスに微笑まれると照れます。
「乗りかかった船です。
いつまた、毒を盛られるかわかりません。
よ、よろしければ毎晩、お薬とお弁当の差し入れを……」
「本当かい?
そうして貰えると、僕も母も凄く助かるよ!」
不意にユリウスに手を握られ、顔に熱が集まる。
「いえ、私でお役に立てるなら……」
ユリウスの顔が直視できません。
「あらあら、アンジェリカはお顔が真っ赤ね。
もしかして、二人は良い仲なのかしら?」
王妃殿下の御前なのを忘れてました!
「僕はアンジェリカ嬢を妃にと望んでいます」
「ユリウス様、王妃殿下の御前で何をおっしゃるのですか……!」
私の手はユリウスに握られたままです。
振りほどこうと思えばできますが、そうはしたくありませんでした。
「ちょうどいいから母上にも聞いてもらおうよ。
母上、僕は本気です。
アンジェリカ嬢は、なかなか受け入れてはくれませんけど」
ユリウスは外堀から埋めようとしてる?
「私は先月までエドモンド殿下の婚約者でした。
弟君と別れたからといって兄君と婚約するなど、そのようなことを王妃殿下が受け入れるわけがありません」
「あら? アンジェリカは私のことを気にしているの?
私はあなたがユリウスの婚約者になっても構わないと思っていますよ」
王妃殿下が笑顔を湛え、のほほんと答える。
「それに、子作りは好きな人と行うのが一番だわ」
「…………っ!!」
婚約も結婚もすっ飛ばして、こ、ここここここ……子作り!?
王妃殿下はおっとりとした雰囲気に似合わず、大胆な発言をする方のようです。
「母上の許しが出たね。
どうする?
アンジェリカ嬢?」
ユリウスは私に向かってニコリと微笑む。
「王妃殿下のお許しが出たからと言って、い、いきなり、こ、子作り(小さい声)をするわけには参りません!」
言葉にするのも恥ずかしいのに、それを実際に行うなんてとても無理です。
「それもそうだね。
だったら、どこから始めればいい?」
「学園でも申し上げたように、お友だちからお願いします」
婚約破棄をされた翌月に、他の男性と婚約を結ぶなんて世間にどう思われるか……。
少なくとも次の婚約まで、半年から1年は空けないと。
「わかった。
じゃあ、僕とアンジェリカ嬢の関係は限りなく婚約者に近い友人ということでいいかな?」
ユリウスが紫の目を細め、ゆっくりと口角を上げる。
「まあ、それなら構いませんが……」
勢いで返事をしてしまいましたが、友人以上、婚約者未満ってどんな関係なんでしょう?
『アンジェは流され易いな』
足元からルシアンのため息が聞こえました。




