18話「煩わしい婚約者と、可憐な聖女との運命的な出会い」エドモンド視点
ーーエドモンド視点ーー
俺の名前はエドモンド。
ブライトスター王国の第二王子だ。
父はブライトスター王国の国王、母はローゼン男爵家の出身で父の愛人だった。
でも、父が愛していたのは母一人だ。
父が王妃と結婚したのは政略的な思惑で仕方なくだ。
隣国ヴァルトハイムの王女である王妃の顔を立てて、王妃との間に先に子供を儲けたに過ぎない。
父が大切にしてるのも、王位を継がせたいと思っているのも俺だ。
だから父は、兄のユリウスには理由をつけて側近も婚約者を作らなかった。
その証拠に、父は俺には10歳の時に側近を2人つけてくれたし、11歳の時にはカレンベルク公爵家の令嬢と婚約させてくれた。
側近の一人であるダミアンは、宰相の息子で公爵家の長男。
もう一人の側近であるライナスは、騎士団長の息子で伯爵家の次男。
ダミアンはとても賢いし、ライナスは大人に負けないくらい強い。
ダミアンは9歳の時に母親を、ライナスは8歳の時に兄を亡くしている。
俺も3歳の時に母を亡くしてるから、身内を亡くした二人の悲しみは痛いほどよくわかった。
だから、二人とはとても気が合った。
二人は側近であり、俺の親友だ。
アンジェリカと婚約するまでは、二人と過ごす時間が長かった。
二人と過ごす時間は本当に楽しかった。
だから11歳の時にアンジェリカと婚約して、二人と過ごす時間が減った時、少しだけ苛立ちを覚えた。
アンジェリカは典型的な高位貴族の令嬢で、わがままで傲慢で、我慢という言葉を知らない性格だった。
何より俺が気に入らなかったのは、アンジェリカの両親と弟が健在で、家族との仲も良好なことだ。
アンジェリカの父は公爵で、母親は侯爵家の出身。
家族も使用人も彼女を甘やかしている。
生まれたときから全てを持っていて、何一つ失ったことのないアンジェリカに、俺は苛立ちを覚えた。
彼女に嫉妬していたんだと思う。
アンジェリカは、兄のユリウスと同じだ。
身分も家柄も容姿も生まれたときから全て完璧。
兄は父には嫌われているが、その分王妃の愛を一身に受けている。
ヴァルトハイムの国王(兄の伯父)にも溺愛されていて、ヴァルトハイムの国王は1年に一度兄に会いに来訪するほどだ。
アンジェリカも兄も、何かを失う辛さも、何かが足りない心の空腹も味わったことがない。俺にはそう思えた。
だから、アンジェリカを見ていると無性に腹が立った。
気づいたら、俺はアンジェリカを避けるようになっていた。
彼女とのお茶会を当日キャンセルして、ダミアン達と狩りや釣りに出かけたこともある。
そうやってアンジェリカを避けているのに、彼女はどこまでも俺を追いかけてくる。
アンジェリカは、座学や、剣術の授業にも乱入してきたこともある。
そんな彼女の図々しさに辟易していた。
俺の側にいるのがさも当然という顔をしているアンジェリカに、嫌気が差した。
アンジェリカの態度に苛ついていたのは俺だけではない。ダミアンとライナスも同じ気持ちだった。
だから、三人で知恵を絞りアンジェリカに恥をかかせることにした。
「公爵家の令嬢が顔を白塗りにし、真っ黒な口紅を付けていたら貴婦人たちの目にはどう映るでしょうね?」
「服も時代遅れなフリルのたくさんついた物にしましょう。色は黒がいいですね」
「それは、面白そうだな」
早速俺は、アンジェリカにそういう服装とメイクが好きだと伝えた。
アンジェリカは翌日から言われた通りの格好をしてきた。
城で笑いものにされているのも知らず、愚かな女だ。
そんなおかしな格好をした女と一緒にいたくないので、俺は以前にも増してアンジェリカのことを避けるようになった。
いっそのことアンジェリカとの婚約を破棄したかったが、カレンベルク公爵家の後ろ盾がほしい父は、首を縦に振らなかった。
実家が有名な貴族であること以外に価値のない女が婚約者であることに、俺のストレスは増すばかりだった。
◇◇◇◇◇
それから何年かが経過し、俺は15歳になった。
数年の間に、アンジェリカのつきまといはエスカレートし、もはやストーカーと化していた。
彼女が興味があるのは観劇やお菓子のことばかり。
一向に王子妃教育も進んでいない。
それどころか、淑女としての教養も怪しいレベルだった。
そんな彼女に辟易していた俺は、アンジェリカが不慮の事故で死んでくれないかとまで願うようになっていた。
そんなある日、父から呼び出された。
「聖女が覚醒した。エドモンドを聖女の世話係に命ずる。
聖女は平民出身なので貴族の常識がなく、貴族としてのマナーも身についていない。
側近の二人と共に聖女を支え、彼女に貴族社会の常識を教えるように」
父からそう命じられた。
俺は父の要求を二つ返事で受け入れた。
正当な理由をつけて、アンジェリカの訪問を断れるのが嬉しかったのだ。
聖女の名はコレット。
桃色の髪に珊瑚色の瞳、白磁のようにきめ細かな肌、愛らしい大きな瞳の華奢で小柄な美少女だった。
真っ白なローブを纏い、頬を染めている姿が愛らしい。
清楚とか可憐という言葉は彼女の為にあると思った。
「始めましてコレットです。
エドモンド殿下ですよね?
正直、聖女と言われてもまだピンと来ていなくて……。
王子様と話すなんて緊張しちゃう。
まだ、夢を見てるみたい」
恥じらいながら話す彼女に、俺は心を奪われていた。
彼女の声は鈴を転がすように美しく、たどたどしい話し方や立ち居振る舞いも、逆に新鮮で心に響いた。
彼女の一挙手一投足から目が離せず、一目惚れしたのだと気づくのにそう時間はかからなかった。
それはダミアンやライナスも同じだったようで……三人ともコレットの天使爛漫さに夢中になっていた。
コレットと過ごす時間は楽しく、彼女の口から語られる庶民の生活はとても興味深かった。
コレットは元々は大きな宿の娘だったらしい。
彼女が10歳のとき、両親が亡くなり、それから孤児院で生活していたようだ。
俺もダミアンもライナスも、皆幼い頃に身内を亡くしている。
だから、両親を亡くしたコレットの気持ちがよくわかった。
彼女と打ち解けるのにそんなに時間はかからなかった。
そうしているうちに、春になり学園に入学することになった。
本来なら平民や下位貴族は王族とは同じクラスになれない。
しかし、コレットは聖女。
特別に俺たちと同じSクラスに入ることを許された。
ちなみにアンジェリカは、成績が悪いので別のクラスだ。
教室であいつに付きまとわれたくなかったので、アンジェリカと別のクラスになれてホッとしていた。
アンジェリカは、学園にまで真っ黒なドレスを着てきていた。
誰もあいつとは目を合わせないので、アンジェリカは学園で浮いていた。
あいつが学園で浮いていようが、無視されていようがどうでもよかった。
あいつとは極力関わりたくなかった。
俺は何よりも、コレットとの時間を大切にしたかった。
だがアンジェリカが俺から離れることはなかった。
アンジェリカは、休み時間や課外授業で、俺とコレットと一緒にいるところに突進してきては、コレットとの甘い時間をことごとく邪魔をしてきた。
アンジェリカはコレットを聖女として敬うことをしなかった。
アンジェリカがコレットに暴言を吐く度に、俺は厳しく注意したが、奴が態度を改めることはなかった。
コレットは聖女という唯一無二の存在。
身分しか取り柄がないアンジェリカより遥かに上の存在だ。
アンジェリカにはなぜそれが理解できないのか?
◇◇◇◇◇
そんな日々が続き、一学年が終わりに近づいたある日のこと。
放課後、誰もいないはずの教室の前を通りかかると、コレットが一人泣いているのが見えた。
急いで、彼女に近づき泣いている理由を尋ねたが、彼女は何も話さなかった。
コレットの前には、無残に破かれた教科書やノートが散乱していた。
俺は根気よくコレットに語りかけ、ようやくコレットから真相を聞き出した。
そして、嫌がらせの犯人はアンジェリカだということが判明した。
今までも度々こういうことはあったが、コレットは俺達に迷惑をかけたくなくて黙っていたようだ。
このような陰惨な虐めを誰にも相談せず一人で耐えていたなんて、コレットはなんて健気で良い子なんだ!
それにしても許せないのはアンジェリカだ!
か弱いコレットを虐めるなんて! 奴には人の心はないのか!
だがこれで、アンジェリカを断罪する理由ができた。
コレットは聖女で、国王である父の信頼も厚い。
アンジェリカは、そのコレットを傷つけたのだ!
今までアンジェリカと婚約破棄したいと何度も訴えたが、父は首を縦に振らなかった。
カレンベルク公爵家よりも家柄がよくて、なおかつ歳の近い令嬢がいなかったからだ。
だが今回は、父もアンジェリカを庇い立てはしないだろう。
聖女の価値は、公爵令嬢よりも上だから。
父に相談すると、アンジェリカとの婚約破棄に同意してくれた。
ようやく願いが通じて、嬉しかった。
俺は、進級パーティでアンジェリカに婚約破棄を突きつける計画を立てた。
いや、婚約を破棄するだけでは生ぬるい!
アンジェリカを退学に追い込み、国外追放しよう!
国の宝である聖女を傷つけたのだ、それくらいしても許されるはずだ!
だがその計画は、コレットに止められた。
「アンジェリカ様は、エドモンド様を愛していたに過ぎません。
エドモンド様への愛が強すぎるあまり、虐めという行為に走ってしまったのです。
どうか、アンジェリカ様を許してあげてください」
涙ながらにそう訴えるコレットは天使のように美しかった。
コレットは容姿だけでなく心も綺麗だったのだ。
コレットの頼みでは仕方ない。
アンジェリカは一カ月の謹慎処分としよう。
コレットは、愚かで無能なアンジェリカにも慈悲の心をかけた。
コレットの優しさに触れ、アンジェリカが改心してくれるとよいのだが……。
反省も改心もせず同じことを繰り返すようなら、今度こそ奴を国外追放にしてやる。
そして、進級パーティで俺はアンジェリカに婚約破棄を突きつけ、コレットを新たな婚約者に指名した。
長年煩わされてきたアンジェリカと縁が切れ、想い人と婚約できて、俺は満足していた。
時を同じくして、兄のユリウスが体調を崩した。
ここ1年、兄は身体の不調に苦しんでいたが、急速に悪化したようだ。
残る問題は、どちらが立太子するかだけ。
いくら血筋がよくても病弱では立太子できまい。
ヴァルトハイム王国は、増えすぎたモンスターの対応に追われ弱体化した。
兄を王太子にしなくても、文句を言ってくる体力はあるまい。
コレットと結婚し、次の国王になる未来が現実味を帯びてきた。
謹慎中のアンジェリカも大人しくしているようだし、全てが順調に進んでいる。
まるで、この世界の創造神に愛されているかのようだ。




