16話「アンジェリカ、団長を助けに行く」
2週間が経過する頃には、荒野のモンスターも大分減っていました。
王都の疫病も沈静化し、疫病が地方に広がることもありませんでした。
今日も、日課となった薬を届けにヴァルトハイムへ向かっています。
『アンジェ、よかったじゃねぇか。
これも俺様達が頑張ったお陰だな』
「そうね、ルシアンには感謝してるわ」
人を助けて、感謝されるのは、こそばゆいけど、やはり気持ちの良いものです。
いくつかの野営地と救護所をめぐり、薬を届けました。
「さてと、あと一箇所に薬を届けたら帰りましょう」
その野営地は、人里から遠く離れた山の麓にあります。
フィンスターホルン……暗黒の角と呼ばれる不気味な山。
その山からモンスターが降りてくるのか、魔物の出現率が高いです。
荒野で一番の激戦が繰り広げられていた場所です。
野営地を訪れると、兵士達が一箇所に集まっていました。
『様子がおかしいぞ』
「何かあったのかしら?」
近づくと、屈強な兵士達が真っ青な顔をしています。
これはただごとではありません。
「どうしたんですか?」
兵士達に近づき声をかけました。
「ああ、天女様!
良いところにいらっしゃいました!
団長が……!
カイム様がお一人でフィンスターホルンに登ってしまわれたのです!!」
「えっ……?」
「団長は、フィンスターホルンに住むドラゴンこそがモンスター達を操り、スタンピードを起こした元凶だと断定したようです!」
「『ドラゴンを倒さなければこの戦いは終わらない!』と団長は申しておりました!」
「団長は我々が止めるのを聞かず、フィンスターホルンの頂きを目指しました……。
悔しいですが、我々が行ったのでは足手まとい……!」
「そこで天女様に折り行って頼みがあります!
フィンスターホルンに行き、団長を連れ戻してください!」
「ええっ……!?」
「天女様ならお供の方と共に空を飛べるはず!」
「安全にフィンスターホルンの頂き辿り着けるはずです!」
「団長に何かあっては我々はいけません!!」
「天女様、どうかお願いします!
どうか、団長を連れ戻してください!!」
「「「天女様、お願いします!!」」」
兵士達に凄い剣幕でお願いされ、思わず「私でお役に立てるなら」頷いてしまいました。
◇◇◇◇◇
そんなわけで、ルシアンと共にフィンスターホルンに向かっています。
「ごめんね、ルシアン。
面倒なことに巻き込んで」
『それは別にいいけど。
人間って勝手だよな。
自分達の方が、アンジェより背が高くて筋肉もあるのに……か弱いアンジェに団長の救出を任せるなんてよ』
ルシアンがぼやいている。
彼の気持ちもわからなくはありません。
「仕方ないわ。
彼らは飛べないんだから」
己の力のなさを嘆いているところに、不思議な力を持っている天女が現れたら、思わずすがりたくなる気持ちもわかります。
「それに、彼らには山の麓で近隣の集落を守るという大切な仕事もあるもの」
団長が抜けて手薄になったところに、兵士までいなくなったら総崩れになりかねないわ。
『でもよ〜〜』
ルシアンはそれがわかっていても納得がいかないようです。
「ごめんね。
飛ぶのはルシアンなのに、私が勝手に引き受けちゃったから……」
『アンジェは謝ることないぜ。
アンジェは優しさから引き受けただけだ。
そんなアンジェの人の良さにつけ込むのが気に食わないだけだ』
「ありがとう、ルシアン。
私の為に怒ってくれてるのね?」
『当然だろ、友達なんだから!』
なんのかんの言っても、フィンスターホルンまで付き合ってくれるのだからルシアンは優しい。
『独りよがりで無鉄砲な団長って奴を見つけたら、二人で説教してやろうぜ!』
「そうね、みんなに心配かけてるんだから、それくらいはいいかもね」
フィンスターホルンに向かった団長さんは、よほど腕に自信があったのだろう。
だからって、一人で山に登るなんて無茶も良いところだわ。
自分勝手と言われても仕方ない。
ちょっとだけ、お小言を言っても許されるわよね?
◇◇◇◇◇
フィンスターホルンの山頂は霧に包まれていた。
「これじゃあ、何も見えないわね」
団長を探す難易度が跳ね上がったわ。
「ルシアン、団長さんの匂いがわかる?」
この霧の中で、頼りになるのはルシアンの鼻だけ。
『……なんか聞こえる。
獣のうめき声と剣が何かに当たる音……。
それから人間の血の匂いがするぜ』
ルシアンに言われ、耳を澄ます。
剣が硬いものとぶつかるキンという音と、「とりゃあ!」という男性の雄叫びが聞こえた。
ときおり、低い唸り声が混じっている。これはドラゴンの咆哮かしら?
「大変、団長さんがドラゴンと交戦してるんだわ!」
団長がドラゴンとやり合う前に連れ戻したかったけど、間に合わなかったみたいね!
雄叫びが聞こえるってことは、団長はまだ生きてるってことよね?
急いで、助けなくちゃ!
その時強い風が吹き、あたりの霧を吹き飛ばしていく。
予想以上の強風に、目をつぶり、顔を腕で覆う。
目を開けた時、視界がクリアになっていた。
数十メートル先に、漆黒のドラゴンとヴァルトハイムの鎧を着た兵士の姿が見えた。
兵士はドラゴンとソロで戦っていた。
「きっと、あれが団長さんだわ!
なんとか、彼をドラゴンから引き離して連れて帰れないかしら?」
『無理だ!
戦いはもう始まっている!
ドラゴンは一度獲物と決めた相手を死ぬまで追いかける!
今、あの男をドラゴンから引き離したら、ドラゴンが麓まで降りてきて大惨事になるぞ!」
ドラゴンの体長は30メートルを有に超えていた。
鋭い刃が並び、口から時々炎を吐き出している。
腕が太く、指先には鋭い爪が生えていた。
強靭な尻尾から繰り出される攻撃も厄介だわ。
あんなのが麓に降りたら大惨事になるわ!
「じゃあ、どうすればいいの?
援護しようにも、ここからじゃ薬も届かないわ……!」
パチンコみたいなのをつくって、上級ポーションを団長の元まで飛ばそうかしら?
でも団長を通り越して、ドラゴンにあたったら困るわ。
団長よりドラゴンの体の方が大きい。
故に、薬が当たる確立はドラゴンの方が高い。
せっかく削ったドラゴンのHPがポーションによって全回復したらシャレにならない。
私に、黄色いシャツを着て眼鏡をかけた射撃とあやとりが得意な某アニメキャラ並のパチンコの腕があれば……!
「攻撃用のアイテムなんて持ってないから、援護射撃もできないし……!」
そうこうしているうちに、ドラゴンの攻撃を受け、団長がふっ飛ばされてしまった。
団長の体は十メートルほど後方に飛んだあと、固そうな岩に激突して止まった。
団長の腕から剣が落ち、彼自身は腕を垂らしたままピクリとも動かない。
「どうしよう、ルシアン!
団長さんが動かないわ!
死んでしまったのかも!?」
野営地の兵士に、団長を連れて帰ると約束したのに……!
こんなことになるなんて……!
『心配するな、まだ奴の心臓の音と、奴が呼吸をする音がする』
「良かった……!
まだ生きてるのね!」
エリクサーをかければ助かるかもしれない。
「今のうちにエリクサーを……!」
ドラゴンが団長に留めを刺そうと、ゆっくりと近づいてくる。
「これじゃあ、団長のところまで行けないわ!」
それに、団長を助けたら、ドラゴンの標的が私達に切り替わるかもしれない。
私達が逃げたら、麓の人達を襲うかもしれない。
このまま団長を見殺しにもできないし、どうしたらいいの!?
『なぁ、アンジェ?
ドラゴンは人じゃないから殺しても問題ないよな?』
ルシアンの声がいつになく低くピリついていた。
「えっ、ああうん、そうだね。
全然、問題ないよ。
むしろ、倒した方がみんなの為になるわ」
『言質はとったからな!
アンジェは安全なところに隠れててくれ!』
いつになくキリッとしたルシアンが、頼もしく見えた。
ルシアンは私を岩陰に下ろすと、ドラゴンの元へとかけて行く。
「ルシアン……!
無理しないでね!」
『まぁ、見てなって!
“闇の精霊”の異名は伊達じゃないぜ!』
ルシアンは少しだけ振り返ると、私に向かってウィンクをした。
私は、ルシアンが戦ったところを見たことがない。
だから彼の実力はわからない。
あんなに大きなドラゴンに向かっていって大丈夫かしら?
「ルシアン、無事に帰ってきて……!」
私には彼の無事を祈ることしかできなかった。
仮面を付けていては戦いの様子がよく見えない。
団長は瀕死だし、他に人の姿はない。誰も見ていないから、仮面を外してもいいわよね。
私は仮面を外し、バッグにしまった。
ドラゴンは団長の前まで迫っていた。
ドラゴンが咆哮を上げ、巨大な腕を振り上げる。
『おい、木偶の坊!
お前の相手は俺様だ!』
ルシアンの声に、ドラゴンが顔の向きを変えた。
ドラゴンが攻撃対象を変え、ルシアンを目掛けて爪を振り下ろした。
「避けてルシアン……!」
そう叫ばずにはいられなかった。
ドラゴンの爪が空気を切り裂き、叩きつけた腕が大地に亀裂を作り、砂煙を起こす。
「ルシアン……!」
砂煙が消え、大地があらわになるがそこにルシアンの姿はない。
『こっちだ!
そんなハエがとまるような攻撃が俺様に当たるかよ!』
ルシアンはドラゴンの頭の上にいた。
ドラゴンが頭を振り、ルシアンを振り落とす。
ルシアンは三回転して、地面に着地した。
ルシアンが着地したところに向かって、ドラゴンが尻尾を振り下ろす。
ドスン……! と腹に響くような音が響き、砂煙が舞い、地面が砕ける。
「ルシアンーー!」
もう見ていられない!! 心臓がずっとバクバクしている!
『だから言ってるだろ?
そんなとろくさい攻撃が当たるかよ!
バーカ!』
私の心配をよそに、ルシアンは元気な姿でドラゴンの尻尾の上にいた。
安堵の息が漏れる。
この戦いいつまで続くの?
心臓に悪いわ!
『そろそろ決着をつけようぜ。
もう少し遊んでもよかったけど、俺の親友を心配させたくないからな!!』
ルシアンが不敵な笑みを浮かべる。
『これで終わりだ!
凍てつく吹雪!!』
ルシアンが呪文を唱え終えたのとほぼ同時に、彼は口から氷の吹雪を吐き出した……!




