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14「白衣の天女」




『人間の血と消毒薬の匂いがする』


ルシアンが鼻をふんふんと鳴らします。


『見えたぞ!

 あそこが救護所だ!』


ルシアンが示した方角に、白いテントが見えました。


医者や看護師がせわしなく動いているのが上空からでもわかります。


テントが足りないようで、なにもない地面に直接寝かされている人も沢山いました。


「包帯の消毒を急げ!」

「ポーションが足りません!」

「消毒薬が底をつきそうだ!」


そういった声がかすかに聞こえてきました。


スタンピードが起きてから何日経過しているかわかりませんが、兵士も救護所の人達もかなり疲弊しているみたいです。


「兵士が流行り病を発症した!」

「大変だ! 早く隔離するんだ!」


その上、病まで広がっているようです? 


状況は想像していたよりも切迫していました。


『アンジェ、早く回復薬を撒いてやった方がいいんじぁないか?』


「うん、そうするわ」


じょうろに万能薬と上級解毒ポーションを入れ、空から撒いた。


お願い! 回復して!


ルシアンに救護所の上空を旋回してもらい願いを込めて、薬を散布した。


「あれ? おかしいな傷が痛くない!」

「モンスターに噛まれ化膿していた箇所が回復してる!」

「毒の苦しみが和らいだ!」

「病に侵されていた患者から熱が引いたぞ!」


地上から歓声が上がり、ホッと息をつく。


「ルシアン、ちょっと離れたところに降りてほしいの。

 エリクサーや万能薬を直接手渡したいの。

 彼らを驚かせないように離れたところに降りて、地上からそっと近づきましょう」


テントの中には重症患者がいたはずです。


上空からでは彼らに薬が届きませんでした。


彼らのことも救いたいのです。


『ああ、わかった』


「わかった」と言いながらルシアンが救護所に向かって降りていく。


「ちょっとルシアン!

 私の話を聞いてた?

 急に空から人が降りてきたら驚くでしょう?

 魔物と間違えられて攻撃されたらどうするの!?」


『大丈夫だって!

 アンジェのその格好なら天使か女神とか天女にしか見えねぇよ!

 あいつら、奇跡に酔ってるから“この奇跡を起こした女神です”と言ったら信じてくれるぜ!』


そんなに上手く行けばいいけど、ルシアンは時々無茶をするわね。


……人のことは言えないわね。一番無茶をしてるのは私だもの。


「上空から何かが降りてくるぞ!?」

「何!! モンスターの襲撃か!!」


救護所の兵士達が緊張しているのが伝わってきます。


急に妙なものが空から降りてきたら警戒するわよね。


『落ち着け! ヴァルトハイムの兵士よ!

 俺様達はモンスターじゃない!

 薬でお前たちを助けに来た!

 白衣の……えーと、何だっけ?

 そうそう、白衣の天女とその友達だ!』


白衣の天女はやめようよ〜〜。


ルシアンのネーミングセンスは今ひとつのようです。


ルシアンが話しているのを見られてしまいましたが、空を飛んでいるのを見られている時点で、普通の犬ではないとバレているはず。


私の正体がバレないように顔は隠していますし、喋る犬を連れていた方が、神秘的な存在と印象付けやすいはずです。


そんなことを考えている間に、ルシアンは地面に着地しました。


あっと言う間に兵士に取り囲まれてしまいました。


彼らは警戒と戸惑いが混じったような表情でこちらを見ています。


剣を向けられていないので、敵意は持たれていないようです。


「あの、驚かせてすみません。

 私達は敵ではありません。

 あなた方を治療する為に参りました」


敵意がないことを伝えると、周囲がざわつきました。


彼らの表情には困惑の色が強く出ています。


こんな状態では薬は渡せません。


どうやって、味方だと信じて貰えば良いでしょうか?


そのとき、人混みの中から白いローブを纏った年配の男性が現れました。


「失礼します。

 この救護所の責任者を任されているべハン・ドルングと申します。

 先ほどあなたは白衣の天女と名乗られましたか?」


「それは……」


『そうだぜ!

 この子は白衣の天女、そして俺様はその友達だ!』


「白衣の天女」という呼び名を訂正するタイミングを逃しました。


周囲の人達が半信半疑といった表情でこちらを見ています。

  

「では、先ほど兵士達の傷が癒えたのは、天女様が起こした奇跡だと申されるのですか?」


『その通りだぜ!

 天女がじょうろに薬を入れて上空から撒いたんだ!

 俺様はそのサポートをしたまでだ!』


「いきなり現れて、こんな事を言っても信じて貰えないかもしれません。

 私は回復薬と解毒薬、それから病に効く薬を持っています。

 信じていただけないなら、私の体で薬の効果を試しても構いません。

 薬を受け取っていただきたいのです。

 皆さんを助けたいのです!」


隣の人と顔を見合わせ、ひそひそと話している。


こんなことをいきなり言っても、信じて貰えないですよね。


上空からじょうろで薬を巻くだけでも、それなりに人は救えます。


ですがそれでは、テントにいる重症患者の命を救うことはできません。


なんとしても私の言葉を信じてもらい、薬を受け取っていただかないと!


「白衣の天女とか言ったな?

 テントに俺の弟がいるんだ。

 片腕を失い、高熱にうなされている。

 明日まで持たないかもしれない。

 治せるか?」


人混みをかき分け、一人の若い兵士が前に出てきました。


彼は真剣な表情で私に尋ねます。


「おい、こんな胡散臭い奴の話を信じるのか?」


別の兵士が、男性に問いかけました。


「どうせ何もしなければ弟は明日には死ぬ!

 少しでも可能性があるなら俺はそれにかけたい!」


兵士が私に向ける目は、不安と期待に満ちていました。


ですが、強い意思が宿っていることが伝わってきます。


「大丈夫ですよ。

 エリクサーを使えば四肢の欠損も治療できます」


「エリクサー!? そんな凄いものがあるのか!?」


「数は限られていますので、重症の方にしか使えませんが」


「頼む!

 弟に使ってほしい!」


「わかりました」


「なら、俺の親友も治してくれ!

 モンスターの毒にやられて、虫の息なんだ!」


「解毒ポーションで治療できます」


「幼馴染が病を発症し、離れのテントに隔離された!

 治せるか?」


「万能薬を処方します」


次から次へと、友人や知人を救ってほしいと言う要望が相次ぎました。


「べハン・ドルング様、お願いします!

 私にここの方々を治療させてください!

 治療できなかったときは、私の命を奪っても構いません!」


私はベハンさんの目を見てお願いしました。


ベハンさんは少し考えた後、「薬も医者も足りていない状態です。このまま、何もできずに死なせるのは忍びないと思っていました。白衣の天女様、どうかこの救護所の患者を救ってください」彼は皆の前で私に向かって頭を下げました。


医者として、苦しんでいる人達を目の前にして何もできないのは、よほど心苦しかったのでしょう。


ベハンさんの頬には、涙が伝っていました。


「わかりました!

 できる限りの事をします!」


こうして私は、最初に訪れた救護所の人々を救うことになったのです。





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