中年魔王、光の王女を誘拐する
我が名は魔王である。フルネームは長いので言わない。
魔界を統治し数百年。別に人間界を滅ぼそうなどとこれっぽっちも思っちゃいないが国民が『魔王様なら魔王らしいことをしろ!』と謎の暴動を起こしだしたので渋々魔王らしいことをすることにした。
といっても吾輩には魔王らしいことが判らぬ。
してないからだ。
人間界滅ぼすとかそんな恐ろしいことはしたくない。
なんかこう、ちょっとでも平和的な魔王らしいことはないものか。
「光の王女を拐ってはいかがでしょう?」
参謀にそう言われた。
「光の王女?」
「世間知らずの魔王様に説明しますと、人間界を平穏に保っていると言われている存在です。尤も実際は我々が侵攻していないから平和なだけでそんな力のある存在いやしませんが」
「成程」
口の悪い参謀は無視して考える。世界を守ると言われている小娘。
しかも王女。程よい。別に拐ったところで何をするつもりもないが、勇者のひとりでも派遣されたら魔王らしいことができるかもしれない。各領地は人間界から見て魔王城の奥にある。国民に被害が出ることはない。そもそも人間如きが吾輩に勝てると思わない。それがいい。そうしよう。
そう思ったのが運の尽きだった。
ぬいぐるみやかわいい装飾品で飾られた牢屋でぐすんぐすんと泣いているのはまだ女児と言える少女だった。
「おい、参謀」
「いや、まさかここまで年若いとは……」
少女の名前はマリーベル・セイント・アラベスク十三世。
十三人めの光の王女ということだ。
「あー…光の王女よ」
吾輩が声を掛けると肩を震わせこちらを見た。
十人並みの顔、そばかすの散った頬。特段美少女という訳ではない。
「わっ、私をどうするおつもりなのですか」
「うーん」
正直考えてなかった。吾輩も早く世継ぎをとせっつかれているし、光の王女とやらが妙齢の女なら婚姻を、とも考えなくもなかったが流石に若すぎる。
「勇者とやらが助けに来るまでここで過ごしてもらうことになるか……」
「今代の勇者様は第六王女のアニーお姉様とご婚姻され今や四児のお父様ですわ!」
「じゃあ新しい勇者が現れるだろう」
「あなた何もご存じないのね! 勇者は世襲制、勇者様のお子様はご長男でも六歳ですわ!」
「六歳かぁー……」
なんだか何もかもタイミングが悪かった気がする。せめてあと十年待てばよかった。
「じゃあ帰る……?」
「拉致しておいて何もせず帰すなんて光の王女としての沽券に関わりますわ!」
めんどくさいなこの小娘。妙に小賢しいし。
「じゃあ適当に痛い思いをしてもらうことになるけど……子どもを痛めつけるのもなぁ」
「もういいんですの。私はここで朽ち果て死んでいくのですわ。光の王女として生まれたのにそこいらの町娘より美貌にも欠け、私なんて何の価値もないのですわ……」
「誰に言われた、それ」
「小鳥の囀りなんて城にいても耳に届くものですわ」
ほう。なるほど。人間界。なかなか碌でもない世間らしい。
「光の王女よ、貴様の処遇が決まった」
「なっ、なんですの?」
「勇者が助けに来るまでにお前を立派な淑女に育て上げて見せる! そばかす? そんなもの魔界に伝わる秘伝の美容法で消して見せる! 誰もが振り返る美女に育て、王女! 悪口を吐く市井の民を見返すのだ! 勇者が来るまで吾輩が手ずからマナーを叩き込んでやる! いいな!?」
「は、はい?」
「人間界め、王家の者に対する態度がなっとらん! こうなれば吾輩が人間界の王となりイチから叩き直しても――……」
こうして子供に優しい魔王は人間界を支配することに決めた。
人間界が魔王の手に落ち、真の平和を取り戻すまでそう遠くない話だ。
余談だが、十六になった光の王女に婚姻を迫られることになることを魔王はまだ知らない。
迂闊魔王。