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第1話


「あのときの願いが届いたの……?」


 二十五歳まで生きた記憶は色濃く華穂(かほ)の脳裏に焼き付いていた。初めて戦場に駆り出された日のことも、殺されたときの痛みも熱も。


 それなのに華穂の髪はまだ綺麗なミルクティー色で、全身どこにも傷跡一つない。こんな状況、過去に戻ったとしか考えられなかった。


 ベッドから出てみると、ややくたびれた中学時代の制服が壁に掛けられていて、机上には受験のための資料や教材が山積みになっていた。母に命じられて決めただけの、華穂の意志は微塵も入っていない志望校に合格するための。

 これらを見たところ戻ったのは丁度五年前。二十五歳の華穂の精神が、受験勉強に勤しんでいた中学三年生の自分の身体に憑依した。


 まだ魔法の才能が開花する前の自分になった。


「今なら、まだ間に合うかもしれない」


 前回のように母の言いなりになってしまったら、同じように行きたくもない戦場に駆り出されて死ぬのだろう。

 何一つ自由の許されなくなった未来を知っている華穂は、一つの可能性に賭けてみようと名門校のパンフレットをぐしゃぐしゃに丸めてごみ箱に投げ入れた。



★☆★


 翌日、華穂が学校のタブレットで新たな志望校を探しているとき、興味深い学校名を見つけた。


「ここって――」


 前世の戦争で敵軍大将だったあの人の母校と同じ名前。出身地域が近いことは知っていたが、まさか志望できる圏内ににあるとは思ってもいなかった。

 華穂が志望する学力基準には到底満たず、前世では目にすることがなかったためである。


 彼と同じ高校に行く――そうすれば、もしかしたらこれから起きる戦争を未然に防げるかもしれない。

 戦争を防ぐことができたら命を落とすことはない――将来戦争で死なないための策はあればあるほど良いだろう。


 私立楓愛(ふううい)学園高等部、偏差値は五十。お洒落な制服と自由な校風が有名で、面接重視のため生徒間での学力格差が激しいのだそう。この広い宇宙でも数少ない異種族混合学園であり、敵軍大将のような『化物』と呼ばれる亜人達も通う珍しいところだ。


「ありかも」


 休み時間、騒いだり勉強したりしているクラスメイトの誰にも聞こえぬように、華穂は小さくそう呟いた。




★☆★




 夜、古びた家の鐘が九回ゴーンと鳴ると、華穂は母の部屋の扉の前で深呼吸をした。


 志望校を変えるための必須条件――それは保護者の許可を得ること。


 伝説の魔女を姉に持つ華穂の母は何かと姉と比べられて育ったらしく、劣等感からか華穂をそれは厳しく育ててきた。

 「私の姉はもっと○○だった」「このくらい私にもできたから当たり前」……学業で結果を残しても作文や絵が表彰されても褒めることなくそんなことばかり言うものだから、華穂は次第に母に期待をしなくなっていた。

 前世で志望校を決めるときもどこを選んでも駄目だと言われると理解していたからこそ、母が勝手に決めた志望校をすんなりと受け入れることができた。


 ただ今回はそうは行かない。駄目だと言われてもどうしても行きたい――行くことで、本来なかったはずの未来を生きられるかもしれない。


 震える唇を噛み締めて、華穂はコンコンと二回、扉をノックした。


 ――返事はない。


 しんと静まり返った薄暗く広い廊下を、どこかから来た風が通り抜けていった。


「お母様……?」


 華穂が呼びかけてみても声はしなくて、もう寝てしまったのかと思い来た道を引き返そうとすると、母の部屋から咳き込むような音が聞こえた。


 ただの風邪にしては苦しそうで、いけないことだとは分かっていても不安が拭えず、衝動のままにドアノブを回した。

 ガチャッ、ガチャッ、と音はするが、鍵がかけられているのか開く気配はない。それでも諦めきれなかった華穂は、前世で今の年では使えなかった魔法――超高熱で金属を溶かし、無理やり戸を開けた。


 母は苦しそうに咳き込んで吐血しながら、白いカーペットの上に倒れていた。


「お母様――!!」


 華穂は母親のことが大嫌いだった。母と仲違いして父は家を追い出された。華穂は母の劣等感を拭えるようにステータスとして扱われてきた。


「大丈夫ですか!?」


「華穂……あんたどうして私を……」


 見捨ててしまいたい気持ちがなかったわけではないが、それは人として許されないことだと華穂は考えた。

 本気で心配する()()をして救急車を呼び、その後二十分ほどして母は病院へと運ばれていった。


 

★☆★



 後日、お金のことも家のこともできない母に代わって父が家に帰ってきた。


「これまですまなかった……」


 華穂の前で深々と頭を下げた父は、妻と上手くやれないからと娘と離れて暮らしていたことにずっと罪悪感を抱えていたのだろう。


「いいよ、それより高校のことなんだけど、志望校ここにしても良い?」


 その罪悪感に付け込もうと華穂が笑顔でお願いすると、父は呆気なく楓愛学園への進学を認めた。


「華穂の隙なところにすると良いよ」


 そうして華穂の第一志望校は決定し、二月、無事合格通知を受け取った。

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