プロローグ 時を戻す魔法
⚠流血描写あり
草一本生えていない土に雪が積もると、今度はあかい雨が降った。
おととい二十五歳になったばかりの彼女の今を喩えるとすれば、そんなかんじになると思う。
キャンバスに柔らかい絵の具を垂らしたようにどろりと、それでいてトマトジュースをこぼしたようにさらりとしているあかは、戦争の最前線に立つ彼女の頭部からどくどくと流れ出る大量の血。
「――ぁ」
刺さったままになっていた鉄製の大剣が鈍い音とともに地面に落ちて、彼女は倒れる。
彼女が自分を作るパーツの中で唯一好きだったミルクティー色の髪が、魔法を無理に使った後遺症で真っ白になっていたから、余計にそのあかが目立ったのだろう。
「嘘だろ……」
彼女と共に戦っていた仲間たちが彼女の怪我に気付くのは早く、もう助からないと察して、彼らは次々と色を失っていく。
でもそれも仕方のないことで、彼女はこの場において失われたら終了の最大戦力だった。敵兵には彼女を倒せるほどの力はないと踏まれており、次の遠征予定も組まれていた。――彼女にとっては望まぬ戦だとしても。
伝説の魔女を伯母に持ち、光の魔女と持て囃されてこの場所に立たされたそんな彼女は実のところ、人より少しだけ努力の才能があっただけの普通の人間にすぎない。
伯母と違って魔法の才には乏しかった母の対抗心による英才教育に応えよう応えようと、娘としてただ努力を積んできただけ。それが大人になって結果を生むと、母は娘の才能を各地にアピールして周り、気づけば彼女には二つ名が付いていた。
『光の魔女』の名の重みに、民衆の期待に、国からの願いに、応えないなんて選択肢は元より用意されていなかった。
死にたくなかったのになぁ……。
殺したくなかったのになぁ……。
自分の血だけが温かい岩場の上、もう取り返しのつかないところに来て初めて、横たわる彼女の頬に涙が伝った。
人なら持って当たり前の願いすら持つことが許されずにいた彼女は、最後に一度だけ、生きたいと願いを込めた。
★☆★
目を覚ますと、そこは天蓋付きの無駄に豪華なベッドの上だった。
母の好みでレイアウトされた学生時代の自室の左奥に配置されたそれは、自室に招き入れた友人達が口を揃えて苦笑混じりに「豪華だね」と言うほどで、その度に恥ずかしい思いをしてきた物。
思い出すたび嫌になるが、今はそんなことよりもっと重大な問題が――
「私……死んだはずじゃなかったの……?」
戦場で死んだはずの自分、煌 華穂がなぜか、十年前の姿でそこにいる。