Black
また会えたね。
★
俺は必死に手を伸ばす。
「たまきっ!つかまって!」
「アオちゃん!」
一瞬、ちいさな指先が当たる。
その手を握りしめようした俺の右手が空を切る。
瞬く間に波が彼女を攫うと、遠く遠くへ、そして消えて行ってしまった。
「たまき、たまき、たまきっ!」
俺は必死に彼女の名前を叫ぶが、返事は返ってこない。
早朝。
「たまきっ!」
うなされた倉野碧は目を覚ました。
「チッ!」
思わず舌打ちをする、遠い昔の思い出、夢なのに手に残る感触があの時と全く同じだった。
「4時じゃないか」
彼は布団に潜り込み悶える。
碧の幼馴染、明石環が死んだのはふたりが5歳の頃だった。
幼い2人は冒険と称して、有開海を見に行き、低い堤防から海を覗き込んだ。
身を乗り出し過ぎた環がするりと頭から海に滑り落ち、沖へと流された。
幼い死体があがったのは2日後だった。
以降、碧は時々、彼女の夢をみてはうなされるのであった。
碧は制服を着替え高校へと向かう。
(よりによって、卒業式にでてこなくても、いいんじゃね)
彼は環を恨めしく思ったが、すぐに首を振り、
(ごめん。ごめん)
と、心の中で呟いた。
寝ぼけ眼で下駄箱を開けると、手紙が入っていた。
ごしごしと目を擦り、再確認をする。
「アオちゃん、今日、へそくり山で待っています」
「これは・・・」
彼は驚きとともに、思わず声が漏れだす。
この高校では、まことしやかにささやかれている噂がある。
卒業式の日にへそくり山で告白した二人は永遠に結ばれるというベタ伝説があるのだ。
(ときメモかよ)
碧は我に返ると苦笑し、誰もいないのを見計らって手紙をポケットの中に押し込んだ。
卒業式もつつがなく終り、碧は友人たちと高校最後の帰宅をしていた。
思い出を語る友人をよそに、彼は気が気がでなかった。
「ごめん、俺、忘れ物」
「おいアオ!」
友人が呼び止めるも、
「ごめん!後で連絡する」
彼はへそくり山へと駆けだした。
やはり思春期ど真ん中、彼女は欲しいものである。
春が来た、ちょっぴりそんな予感がした。
「来てくれた」
小高い丘に立つ、その少女は白いワンピースの上に高校のブレザーを羽織っていた。
髪は長く赤いリボンで束ねている、透き通った白い肌に、一見、冷たそうな細い瞳にはキラキラと笑顔が輝いていた。
それが誰だか、碧は一瞬で分かった。
「・・・環」
「アオちゃん」
まぎれもない環であった。
すっかり成長した彼女は、可愛らしくも美しく、だけどどこか儚な気であった。
「・・・いや、お前は死んだはず」
「ふふふ、私は生きているよ」
「じゃあ、なんで、今まで・・・」
「うん、お母さんが、もうちょっと待ってねって・・・」
「環、お前、本当に環なのか」
「うん。私は環だよ」
「そっか、そっか・・・よかった」
へなへなと腰が砕けその場に座り込む、碧の目には涙が滲む。
「ずっと、ずっと、心配したんだぞ」
「うん。ごめん」
「夢にずっとあの時の事が・・・ずっと」
「うん。うん。私はここにいるよ」
環はそっと碧の頭を撫でた。
あたたかい手の感触に彼女が生きていると彼は実感した。
感動の再会であった。
だが、それまで曇天だった空が、急に暗くなるとふいに強い雨が降り出した。
「いけない」
環は大木の裏に身を隠した。
木々の葉に強い雨音があたり響く。
「・・・どうしたんだよ」
「あっ、もう!」
「大丈夫か、環?」
「アオちゃん。来ないで」
「なんで」
「いいから」
人という生き物は、いけないと言われたら、それをやってしまう。
碧は奇跡の再会で我を忘れてしまっていた。
彼は勢いにまかせ彼女を抱きしめ、
「環」
ひとり喜びを嚙みしめる。
「嫌っ!」
思わぬ拒絶され、両手で押されてしまい、よろける彼はその姿を見てしまった。
環の肌は溶け、骨も露わになった醜い姿と化していた。
碧はそのまま気絶した。
あれは夢だったのか・・・。
家のベッドで目を覚ました彼は、もやもやとした中、春休みを過ごした。
日付は4月1日となった。
環はふらりと碧の家を訪ねる。
何事もなかったかのように・・・。
「環っ!」
「ちょっと話をしない」
「・・・ああ」
2人は外にでて散歩をする。
碧は環に気づかれないように、まじまじと彼女の姿をみた。
それは再会した時と変わらぬ、美しい彼女だった。
「・・・あのさ」
戸惑う彼に、
「ね、びっくりした?」
彼女は彼の顔に自分の顔を近づけ笑った。
「・・・なにが」
どきりとして、なんとか言葉を返す碧。
「・・・なにがって、あの時の私の姿・・・」
一瞬の間があって、確信を言う凛とした表情の環。
「・・・ああ」
「あれね」
「うん」
「嘘なの」
「嘘?」
「だって、今日、何の日?」
「何の日って、4月1日・・・って・・・」
「そう、エイプリルフールよね。だから、嘘でした~」
「・・・・・・」
「嘘よ、嘘」
「そっかあ、脅かすなよ」
「ごめん、ごめん」
環のついた嘘に碧は半信半疑だが、信じようとした。
「・・・あ」
彼女はそっと両腕を後ろに回し、左腕をおさえた。
ポロリ。
彼女の隠した腕の肌が崩れ落ちた。
二人はぶらりと沖端の町を歩く。
春風が心地よい。
(夢じゃないんだ)
碧はそんな気持ちを噛みしめた。
「あのさ」
「うん」
「俺」
「うん」
「いや」
「どうしたの?」
「混んでるね」
「うん」
観光案内所の前までさしかかると急に観光客の往来が激しくなり、二人は間をぬうように歩いた。
ドン。
碧の肩に観光客があたる。
「きゃ!」
環がそう叫んだ瞬間、彼女の頭部が舞った。
碧の頭は真っ白となる。
運悪く、走って来た観光客にぶつかってしまった環はその勢いで、頭部が外れてしまったのだった。
「ぎぃやややややああああ!」
観光地はパニックとなる。
環の頭がぽとりと地におちた。
「へへへ」
頭部だけの環は、申し訳なさそうに笑った。
「・・・たまき」
碧はその場に崩れ落ち動くことが出来ない。
「ごめんね」
「・・・たまき」
「会いたかったの」
「たまき・・・」
「どうしても」
「たまき」
「会えてよかった」
「・・・た」
「ちゃんと言いたかった」
「ま・・・」
「ありがとう。だいすきっ!」
「き」
「ばいばい」
「・・・・・・」
やがて環の頭部と胴体は粉々に砕け塵となり、春風に吹かれ飛ばされていった。
沖端の町の雑踏の中、碧は立てず動けず、ただただ泣き崩れるだけだった。
Black・・・でもっ!