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王都潜入

霧深い朝、陽一たちは商人に扮して王都バルトリアへの旅に出た。クリフは陽一の従者、ミーナはその妹という設定だ。彼らは普通の荷馬車に乗り、街道を北上した。


「王都はどんな場所なんだ?」陽一はクリフに尋ねた。


「大きくて、人がたくさんいて、高い建物が並んでいます」少年は目を輝かせて答えた。「僕も一度しか行ったことがないんですけど、すごくきれいな街でした」


「でも、貧富の差も激しいわ」ミーナが補足した。「城壁の内側は豪華だけど、外側のスラムは悲惨な状態よ」


彼らの会話は、通行証を確認する検問所で中断された。レイモンドが用意した偽の商人免許が、幸い役に立った。


「通行料は一人につき銀貨一枚だ」


衛兵が淡々と言うのを聞きながら、陽一は内心驚いていた。一枚の銀貨は、村人にとっては数日分の食料に相当する。それが単なる通行料として徴収されているのだ。


「これも搾取の一つだな」馬車を進めながら陽一は呟いた。


三日後、彼らは遂に王都バルトリアの巨大な城壁を目の当たりにした。壁は30メートル近い高さがあり、堅固な石造りで、上部には無数の衛兵が配置されていた。


「すごい…」陽一は思わず声を漏らした。


城門前には長い行列ができており、荷物や身分証の検査に時間がかかっていた。


「予定より遅れそうだ」陽一は心配そうにスマホを取り出し、時間を確認した。


『バルトリア北門の混雑は予測範囲内です』ミミックの表示が彼を安心させた。『予定された密会までには十分な時間があります』


ようやく城門を通過すると、そこには活気に満ちた街並みが広がっていた。石畳の道路、整然と並ぶ商店、美しい噴水広場。それは確かに中世のヨーロッパを思わせる光景だった。


「商人向けの宿はあの通りだ」クリフが指さした。


彼らは予定通り、「金の鷹亭」という宿に投宿した。レイモンドからの指示通りの場所だ。


「商人のブレインさん、お待ちしておりました」


宿の主人が陽一たちを出迎えた。これは合言葉だった。


「旅は長かったが、良い商品を見つけられそうだ」


陽一も約束通りの言葉で応じた。


主人は彼らを奥の個室へと案内した。そこには、すでにレイモンドが待っていた。


「無事到着されたようで何よりです」


彼は安堵の表情を浮かべた。


「状況はどうだ?」陽一が尋ねる。


「明日の夜、国王は『月の間』と呼ばれる個人の書斎にいらっしゃいます。そこでの密会を調整しました」


彼は宮殿の簡易図面を広げた。


「この裏門から入り、この通路を通って…」


詳細な潜入経路が説明された。王宮の警備体制、交代時間、そして緊急時の脱出路まで、レイモンドは細部まで計画を立てていた。


「王は本当に会いたがっているのか?」


「ええ。陛下は『義賊の首領』に深い関心を持っておられます。特に、あなたの『雷を操る力』については」


陽一は考え込んだ。


「万が一、罠だったら?」


「その可能性も否定できません」レイモンドは率直に答えた。「しかし、国王は腐敗した権力者たちに囲まれ、真の同盟者を必要としています。あなたとの会談は、陛下自身が強く望まれたことです」


ミーナが口を挟んだ。「でも、王宮の警備って厳重でしょう?特に魔術的な防御は…」


「そこがポイントです」レイモンドは小声で言った。「宮廷魔術師たちは通常の魔法への防御を施していますが、あなたの『電気』という未知の力には対応できていない可能性が高い」


陽一はスマホでミミックに相談した。


『魔法と科学の原理は異なります。この世界の防御魔法が電気的な攻撃に無効である可能性は高いと思われます』


「分かった」陽一は決意を固めた。「計画通り進めよう」


翌日、彼らは王宮周辺を偵察した。表向きは観光客のふりをして、警備の配置や城壁の状態を確認する。


「あそこが『月の間』があるタワーだ」


クリフが小声で言った。北側の細い塔が、今夜の目的地だった。


偵察を終えた彼らは宿に戻り、最終確認を行った。潜入用の黒装束、通信用の小型装置(ハドソンがスマホの説明をもとに作った簡易無線機のようなもの)、そして緊急時の脱出用具を準備した。


「みんな、覚悟はいいな」


陽一の言葉に、クリフとミーナが頷いた。


夜になり、彼らは行動を開始した。レイモンドの案内で、王宮の裏手にある使用されていない水路の出入り口から侵入。湿った暗闇の中を進み、やがて宮殿の地下へと到達した。


「ここから先は警戒が厳しい」レイモンドが囁いた。「しかし、今夜は南側で宴会があるため、北側の警備は薄いはずだ」


彼の言葉通り、彼らは数人の衛兵をかわすだけで、スムーズに北塔への階段にたどり着いた。


「ここからは私だけで行きます」


陽一は仲間たちに言った。


「もし俺が戻らなかったら、すぐに逃げて義賊団に知らせてくれ」


「でも…」クリフが不安そうに言った。


「大丈夫だ」陽一は少年の肩を叩いた。「俺には電気がある」


彼はレイモンドと共に階段を上り始めた。螺旋状の階段を上りきると、そこには一つの重厚な扉があった。


「ここが『月の間』です」レイモンドが小声で言った。「中には国王おひとりがいらっしゃるはずです」


「分かった」


陽一は深呼吸し、静かに扉をノックした。


「どうぞ」


若い男性の声が中から聞こえてきた。


陽一とレイモンドは部屋に入った。そこは円形の広い書斎で、壁一面が本棚に覆われていた。大きな窓からは、王都の夜景が一望できる。


窓辺に立っていたのは、予想よりもはるかに若い青年だった。まだ20歳そこそこに見える彼が、トレンティア王国の支配者、レオナルド三世だった。


「よく来てくれた、義賊の首領」


国王は穏やかな声で言った。その表情には警戒よりも好奇心が浮かんでいた。


「お会いできて光栄です、陛下」陽一は丁寧に頭を下げた。


「フォーマルな挨拶は不要だ」国王は手を振った。「今夜は国王と義賊ではなく、レオナルドとして話がしたい」


彼は陽一を窓際のテーブルに招いた。レイモンドは扉の近くに立ち、見張りを続けている。


「あなたが『電撃の義賊』か」レオナルドは興味深そうに陽一を見た。「噂以上に若いな」


「陛下も噂より若いです」陽一も率直に答えた。


レオナルドは笑った。「そうだな。若すぎるとも言われるよ。父が急逝し、準備もなく即位したからな」


彼は一瞬、憂いを帯びた表情になった。


「さて、本題に入ろう」レオナルドは真剣な面持ちになった。「あなたの義賊団の真の目的は何だ?」


陽一は正直に答えることにした。


「最初は生き延びるためでした。しかし今は、民衆を搾取から守り、正義を実現するためです」


「正義か…」レオナルドは物思わしげに呟いた。「そんな単純なものだろうか」


「単純ではありません」陽一は冷静に言った。「しかし、飢えた子供たちが苦しみ、貴族が贅沢に暮らす世界で、どちらが正しいかは明らかだと思います」


国王は黙って陽一の言葉を聞いていた。


「私も、民の苦しみを知っている」彼はようやく口を開いた。「しかし、国王としての力には限りがある。大臣たちや貴族院の反対があれば、改革も進まない」


「だからこそ、陛下」陽一は前のめりになった。「我々は外部から圧力をかけることができます。陛下が改革を進める口実にもなる」


レオナルドは興味深そうに陽一を見つめた。


「それで、その力だが…本当に雷を操れるのか?」


陽一は微笑み、片手を上げた。指先に小さな電流を集中させると、青白い光が踊るように動いた。


「これが、俺の力です」


「驚くべきことだ」レオナルドは目を見開いた。「宮廷魔術師たちも、このような魔法は使えない」


「魔法ではなく、電気と呼ばれるエネルギーです」


「電気…」国王はその言葉を噛みしめた。「あなたはどこから来たのだ?本当に?」


陽一は一瞬迷った。しかし、この場で信頼関係を築くためには、真実が必要だと判断した。


魔法ではなく科学が発達した世界です」


陽一の言葉に、国王は半信半疑の表情を浮かべた。


「異世界…?」


「信じがたい話でしょう」陽一はスマホを取り出した。「しかし、これが証拠です」


スマホの画面が光り、ミミックが起動した。


『こんばんは、レオナルド三世陛下。私はミミックと申します。人工知能アシスタントです』


国王は驚愕の表情でスマホを見つめた。


「これは…魔法の道具なのか?」


「いいえ、科学技術です。私の世界では、このような装置が当たり前に存在しています」


国王はしばらくの間、言葉を失っていた。しかし、やがて彼の目に好奇心の光が戻ってきた。


「信じられない話だが…確かにこれは魔法とは異なる」


彼は真剣な面持ちで陽一を見つめた。


「あなたの言葉を信じよう。そして、提案をしたい」


「提案ですか?」


「私とあなたで同盟を結ぼう」レオナルドは静かに、しかし力強く言った。「表向きは対立したままで、裏では協力する。あなたは『悪徳貴族』を討ち、私は内部から改革を進める」


陽一は考え込んだ。国王と明確な同盟を結ぶことは、大きな転換点となる。


「しかし、それはあなたにとっても危険ではありませんか?」


「危険だとも」レオナルドは苦笑した。「だが、このまま腐敗を放置すれば、王国そのものが崩壊する。先代から続く悪習を、私の代で変えなければならない」


若き国王の決意に、陽一は深く感銘を受けた。


「分かりました。同盟を結びましょう」


彼らは握手を交わした。王と義賊という奇妙な組み合わせながら、同じ目的のために手を取り合うことになったのだ。


「具体的な計画はレイモンドを通じて連絡します」国王は言った。「まずは、最も腐敗した三人の大貴族の証拠を集めてほしい」


「それなら、すでに一部は揃っています」


陽一はサラマンダー卿の帳簿の内容を説明した。贈収賄や資金横領の証拠が、詳細に記録されていたのだ。


「素晴らしい」レオナルドは満足げに頷いた。「これを足がかりに、ヴァルデマールとその一味を追い詰めることができる」


会談は予想以上にスムーズに進んだ。国王は陽一の電気能力と知識に関心を持ち、陽一は国王の改革への熱意に希望を見出した。


「そろそろ時間です」レイモンドが静かに告げた。衛兵の交代時間が近づいていた。


「分かった」レオナルドは立ち上がった。「安全に帰るように」


別れ際、国王は陽一に小さな印章を手渡した。


「これは王家の秘密の紋章だ。本当の緊急時には、これを見せれば王直属の騎士団が助けに来るだろう」


「ありがとうございます」


陽一は丁寧に頭を下げ、レイモンドと共に静かに部屋を後にした。


帰路は特に問題なく、陽一たちは安全に宿に戻ることができた。クリフとミーナは、彼の無事の帰還に胸をなでおろした。


「どうでしたか?」クリフが期待に満ちた目で尋ねた。


「うまくいった」陽一は笑顔で答えた。「国王は我々の味方だ」


宿の個室で、陽一は詳細を二人に説明した。国王との同盟、今後の腐敗貴族の追及計画、そして王国改革への展望。


「これで義賊団も正当性を得られるわね」ミーナが安堵の表情を浮かべた。


「うん」陽一は頷いた。「もはや単なる盗賊ではなく、王家公認の…まあ、裏の部隊というところか」


その夜、陽一はスマホでミミックに相談した。


「ミミック、これからどう展開していくと思う?」


『複雑な政治状況ですが、国王との同盟は大きな転換点です。しかし、ヴァルデマールら権力者たちの反発も強まるでしょう。最も危険な時期はこれからかもしれません』


陽一は窓から王都の夜景を眺めた。遠くに見える王宮の灯り。そこには彼と同じ思いを抱く若き国王がいる。そして、その周囲には敵も多い。


「この国を変えるには、まだまだ長い道のりがありそうだな」


三日後、陽一たちは無事に義賊団の拠点に戻った。幹部たちを集め、国王との会談の結果を報告する。


「王と同盟を?」ロギルは驚きを隠せなかった。


「ああ。もちろん表向きは敵対したままだ。しかし裏では協力して、腐敗した貴族たちを排除していく」


「新しい時代の始まりですね」シルヴィアが感慨深げに言った。


陽一は全員に向かって言った。「我々の目標は変わらない。民を守り、搾取と戦う。ただ、今は王家という強力な後ろ盾ができた」


計画は速やかに実行に移された。レイモンドを通じて届く情報をもとに、義賊団は悪徳貴族の領地を次々と襲撃。不正の証拠を集め、それを国王に提供した。


国王は表向き「義賊の横暴」を非難しながらも、その証拠をもとに貴族の不正を調査し、粛清を進めていった。


「ブラックリストの一人目、ハーウッド伯爵の領地から戻りました」


シルヴィアが報告した。彼女のチームは伯爵の屋敷から、多数の不正文書を押収していた。


「よくやった」陽一は満足げに頷いた。「これを国王に送れば、次の一手が打てる」


こうして数ヶ月の間に、王国内の政治バランスが少しずつ変わり始めた。不正を暴かれた貴族たちは次々と失脚し、国王派の若い貴族たちが台頭してきた。


一方で、義賊団の勢力も拡大していった。陽一の「科学兵器」は各地で評判となり、彼の指導の下で新たな装置が次々と開発された。特に通信用の「電信機」は、広大な地域を統括するのに大きな力となった。


「親分、北方の山岳地帯にも支部ができました」クリフが地図を広げながら報告した。「これで王国の三分の一の地域に、我々の拠点が整いました」


「順調だな」陽一は頷いた。「だが、油断はできない。ヴァルデマールらは必ず反撃してくる」


その予感は的中した。ある日、レイモンドから緊急の使者が到着した。


「大変です!ヴァルデマール派が国王暗殺を企てています!」


「なんだと!?」


陽一は驚愕の声を上げた。使者の話によれば、ヴァルデマールは国王の改革に業を煮やし、毒殺計画を立てているという。


「タイミングは?」


「三日後に予定されている宮廷晩餐会です。王宮内部にも協力者がいるようです」


「動かなければ」陽一は即座に決断した。「国王を救わねば、すべてが水の泡だ」


幹部会議が招集され、緊急作戦が検討された。


「王宮に潜入するのは前回よりも難しいでしょう」シルヴィアが懸念を示した。「警備は強化されているはずです」


「それに、もし国王が毒殺されれば、その罪は我々に擦り付けられるかもしれない」ロギルも指摘した。


陽一は静かに言った。「だからこそ、彼らの計画を事前に暴かなければならない」


彼はミミックに相談した。


『毒殺計画の証拠を掴み、公の場で暴露するのが最も効果的です。また、解毒剤の準備も重要かもしれません』


「解毒剤か…」


陽一はハッとした。彼の異世界の知識と、当地の薬草の知識を組み合わせれば、解毒剤の調合も不可能ではないはずだ。


「新たな作戦だ」陽一は全員に向かって言った。「我々は二手に分かれる。一つは王宮に潜入し、毒殺計画の証拠を掴む。もう一つは解毒剤を準備し、いざというときに国王を救出する」


「解毒剤?」


「ああ、俺の国の知識を使えば、作れるはずだ」


陽一はミミックの助言をもとに、薬師のエルダに解毒剤の調合法を教えた。一方で、彼自身はレイモンドの協力を得て、再び王都への潜入を準備した。


「今回は俺とミーナで行く」


「なぜ僕を連れていかないんですか?」クリフが不満そうに言った。


「お前には別の重要な役目がある」陽一は少年の肩に手を置いた。「エルダの解毒剤を携え、別の護衛隊と共に王都近郊で待機してくれ。もし我々が捕まっても、国王を救えるよう準備しておくんだ」


クリフは渋々ながらも頷いた。


翌日、陽一とミーナは急ぎ王都へと向かった。彼らは今回も変装して街に入り、レイモンドと合流する。


「状況は?」陽一は宿で会ったレイモンドに尋ねた。


「悪いです」彼は険しい表情で答えた。「ヴァルデマールは晩餐会の準備を加速させています。また、国王の側近の一人が買収されたという情報もあります」


「宮廷内の協力者は?」


「何人かは信頼できますが、多くは様子見の状態です。ヴァルデマールの勢力が強すぎるのです」


陽一は考え込んだ。通常の潜入では、時間が足りない。より大胆な作戦が必要だった。


「ミミック、新たな作戦を考えてくれ」


『現状を分析すると、晩餐会そのものに潜入するのが最も効果的です。証拠収集と国王の保護を同時に行えます』


「しかし、晩餐会に潜入するのは不可能だ」レイモンドが首を振った。「招待状が必要ですし、顔を知られている人間しか入れません」


「招待状は?」陽一が尋ねた。


「いくつかの領主家は空席になっていますが、代理人を立てるためには正式な手続きが…」


「それだ!」


陽一はハッとした。最近義賊団が追い出した悪徳領主、バーク伯爵の代理として出席するのだ。


「バーク伯爵自身は逃げたが、彼の印章は我々が押収している。それを使えば招待状を偽造できないか?」


レイモンドは驚いた表情で陽一を見た。


「確かに…バーク伯爵は最近姿を見せておらず、不在だと言われています。その代理人として…」


「正確な情報と高官の話し方を教えてもらえれば、俺がその役を演じる」


ミーナも同意した。「私は伯爵の姪として同行できます。貴族の礼儀作法なら、以前習ったことがあります」


作戦は練られ、準備が始まった。レイモンドは宮廷の情報と貴族の話し方、作法を二人に教え込む。同時に、バーク伯爵の印章を使った偽造招待状が作成された。


晩餐会当日の夕方、陽一とミーナは豪華な馬車で王宮に向かった。陽一は高級な服を身につけ、「バーク伯爵代理人」としての役を完璧に演じるつもりだった。


「緊張するな」彼はミーナに小声で言った。


「ええ、でも大丈夫」彼女は冷静に答えた。「私たちは正しいことをしているんだから」


馬車が王宮の入口に着くと、衛兵が招待状を確認した。偽造招待状は見事に通過し、彼らは華やかな晩餐会場へと案内された。


「これがバルトリア宮殿の大広間…」


陽一はその豪華さに言葉を失った。天井は高く、巨大なシャンデリアが輝いている。壁には絢爛な絵画が飾られ、あらゆる場所が金箔や宝石で装飾されていた。


「あれが国王です」


ミーナが目配せした。大広間の上座に、レオナルド国王が座していた。彼の隣には、陽一が絵画で見たことのあるヴァルデマール首席大臣がいる。


「ヴァルデマールの近くに行く必要がある」陽一は小声で言った。「彼か、彼の手下が毒を持っているはずだ」


二人は慎重に人混みを進み、上座に近づいていった。途中、いくつかの社交的な会話をこなし、貴族たちの中に溶け込んでいく。


晩餐会が始まり、参加者たちはそれぞれのテーブルにつき始めた。幸運なことに、陽一とミーナのテーブルは国王のすぐ近くに配置されていた。


「乾杯の準備をしています」ミーナが小声で言った。「あれが狙いかも…」


確かに、給仕たちが特別なワインを準備しているのが見えた。中でも一人の給仕が、国王のためだけに別のボトルを用意しているようだ。


「あれだ」陽一は緊張した面持ちで囁いた。「あの給仕を見張れ」


二人は食事をしながらも、その給仕の動きから目を離さなかった。やがて乾杯の時間が近づき、給仕たちがそれぞれのテーブルにワインを配り始めた。


「用意はいいか?」陽一がミーナに囁くと、彼女はわずかに頷いた。


国王のためのワインがテーブルに運ばれると同時に、陽一は「偶然」を装って席を立ち、給仕とぶつかった。


「申し訳ない!」


彼は給仕を支えるふりをしながら、素早くワインの入ったグラスを見た。そこには確かに、わずかに白い粉が溶けかけていた。


「証拠を掴んだぞ」陽一は小声でミーナに告げた。


しかし、彼らが次の行動を起こす前に、予想外の展開が起きた。ヴァルデマールが立ち上がり、国王への献杯を提案したのだ。


「陛下の健康と、トレンティア王国の繁栄のために!」


参加者全員が立ち上がり、グラスを掲げる。国王も笑顔で応じようとしている。


「まずい!」


陽一は瞬時に決断した。彼は席を飛び出し、国王のテーブルに向かって駆け出した。


「止めろ!暗殺者だ!」衛兵たちが叫ぶ。


しかし陽一は速かった。彼は国王のすぐ横まで到達し、その手からグラスを払い落とした。


「陛下、そのワインには毒が!」


会場は騒然となった。衛兵たちが陽一に飛びかかろうとする。


「待て!」レオナルド国王が声を上げた。「彼の言うことを聞こう」


「陛下、これは暴挙です!」ヴァルデマールが声を震わせて言った。「このような侮辱を許してはなりません」


「あなたこそ」陽一はヴァルデマールを指さした。「国王暗殺を企てた」


「何を言うか!証拠があるのか?」


「ある」陽一は床に落ちたグラスを指した。「このワインに溶かされた毒だ。調べれば分かる」


ヴァルデマールの顔から血の気が引いた。彼は何かを言おうとしたが、国王が静かに手を上げた。


「ワインを検査せよ」


王室魔術師が呼ばれ、こぼれたワインを調べる。彼の魔法の光が液体に触れると、不気味な紫色に変わった。


「陛下…これは猛毒です」魔術師は驚愕の表情で報告した。


会場がどよめく中、国王はヴァルデマールを見つめた。


「大臣、説明してもらおうか」


「私は…私は知りません!これは陰謀です!おそらくこの男が…」


ヴァルデマールの弁解は、給仕の男の告白によって途切れた。男は恐怖に震えながら、ヴァルデマールの命令で毒を入れたことを白状したのだ。


「逮捕しろ」国王の命令は冷静だが、威厳に満ちていた。


ヴァルデマールは顔を歪めた。「おのれ…!」


彼は突然、隠し持っていた短剣を取り出し、国王に飛びかかった。


「死ね!」


陽一は反射的に動いた。彼の指先から放たれた電撃が、ヴァルデマールを直撃。大臣は痙攣しながら床に倒れ込んだ。


「電撃の義賊!?」


会場に驚きの声が広がる。しかし国王は冷静さを崩さなかった。


「彼は私の命を救った。敵ではない」


レオナルドは立ち上がり、全員に向かって宣言した。


「諸君、今日ここで真実を明かそう。私はこのバーク伯爵代理人…いや、電撃の義賊と密かに協力し、王国の腐敗と戦ってきた」


会場は完全に静まり返った。


「彼らが攻撃してきた貴族たちは、民から搾取し、王国の法を破った者たちだ。その証拠はすべて私の手元にある」


国王は威厳に満ちた声で続けた。


「本日をもって、私はトレンティア王国の改革を正式に宣言する。腐敗との戦いを、オープンに行う時が来たのだ」


彼はヴァルデマールの共謀者たちを指さした。


「王国を私物化してきた者たちの時代は終わった。これからは民のための国づくりを進める」


そして最後に、彼は陽一を見た。


「そして、私はこの電撃の義賊を『王の義賊』として公認する。彼らは今後、王国の腐敗を正す特別監察官として活動する」


陽一は驚きの表情を隠せなかった。これは計画にはなかった展開だ。しかし国王の決意は固いようだった。


会場には様々な反応が広がった。驚き、困惑、そして一部には希望の光も見えた。特に若い貴族たちの中には、静かに拍手を送る者もいた。


数時間後、騒動が一段落し、陽一は国王の私室に招かれた。


「思い切った行動でしたね」陽一が言うと、国王は笑顔で頷いた。


「時に、大胆な一歩が必要なのだ。ヴァルデマールの企みは、私に決断の機会を与えてくれた」


「王の義賊…ですか」


「そうだ」レオナルドは真剣な面持ちになった。「これからは隠れて活動する必要はない。正々堂々と、腐敗と戦ってほしい」


彼は陽一の肩に手を置いた。


「あなたの異世界の知識と電気の力。そして何より、正義への情熱。それらは王国に必要なものだ」


陽一は深く考え込んだ。これは大きな変化だ。しかし、本来の目的である「民を守る」という理念は変わらない。


「分かりました。お受けします」


その夜、陽一はミーナと共に宿で、クリフやロギルたちに状況を報告した。スマホを通じてのやり取りは、ハドソンの作った無線装置で可能になっていた。


「親分、それは凄い展開ですね!」クリフは興奮した様子だった。


「国王の公認を得たということは…もう追われる身ではないってことか」ロギルも驚いていた。


「ああ」陽一は頷いた。「だが、我々の戦いは終わっていない。むしろ、本格的に始まるところだ」


翌日、国王の宣言が王都中に広まった。ヴァルデマールの逮捕と、「王の義賊」の設立。そして王国改革の開始。


人々の反応は様々だった。喜ぶ民衆、困惑する貴族、反発する既得権層。しかし、風向きは明らかに変わり始めていた。


一週間後、陽一は義賊団の本拠地に戻った。そこには全国から集まった仲間たちが待っていた。


「諸君」陽一は全員に向かって言った。「我々は新たな段階に入った。もはや単なる義賊ではなく、王国公認の腐敗捜査官だ」


彼は一呼吸置いて続けた。


「しかし、我々の理念は変わらない。弱き者を守り、強き者の悪行を正す。それが我々の道だ」


全員から歓声が上がった。彼らは元は単なる盗賊だった。しかし今や、王国改革の中心となる存在になっていた。


「さて、これからがスタートラインだ」


陽一はスマホを取り出し、ミミックに相談した。


『新たな体制の構築には、明確な組織と法的基盤が必要です。また、科学技術の導入計画も練るべきでしょう』


「そうだな。まずは拠点を整備し、全国の支部との通信網を確立する」


彼はハドソンを呼び、電信網の拡大計画を指示した。同時に、クリフには教育部門の設立を、シルヴィアには情報収集網の整備を依頼した。


「親分」ロギルが近づいてきた。「お前は本当に変わったな。あの森で出会った頃は、こんな未来が待っているとは思わなかった」


陽一は笑った。「俺もだよ。異世界に迷い込んだだけのサラリーマンが、国を変える立場になるなんてね」


「だが、お前にはその資格がある」


ロギルは真剣な面持ちで言った。


「お前がいなければ、俺たちは今も単なる盗賊のままだった。民を苦しめ、いずれは討伐されていただろう」


陽一はそっと空を見上げた。あの日、突然この世界に転移して以来、彼は多くの経験をした。恐怖も、悲しみも、そして希望も。


「これからだな」


彼の言葉には力強さがあった。スマホを握りしめ、電気の力を宿した手を見つめながら、陽一は未来への決意を新たにした。


異世界の科学と、この世界の魔法。二つの力を融合させ、より良い国を作る。それが、彼の新たな使命となった。

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