王国の波紋
義賊団の勝利の知らせは、あっという間に王国中に広まった。人々の間では「雷を操る義賊の首領」の噂が尽きなかった。ある者は恐れ、ある者は崇め、そしてほとんどの民衆は密かに応援していた。
しかし、王都バルトリアでは様相が全く異なっていた。
「これは許しがたい反逆行為だ!」
王宮の会議室で、首席大臣のヴァルデマールが拳を振り下ろした。彼は顔を真っ赤にして怒鳴っていた。
「第三次討伐隊まで敗北するとは!あの盗賊どもを甘く見すぎていた」
円卓の周りに座る高官や貴族たちは、沈黙していた。アルドリック騎士団長の報告書が、全員に回覧されていた。
「陛下」ヴァルデマールは若き国王レオナルド三世に向き直った。「改めて強力な討伐隊の派遣を許可していただきたい。今度は王立魔術師団も加え、あの反逆者たちを一掃します」
国王は20歳そこそこの青年だった。父王の早すぎる死により即位したばかりで、実際の政治はヴァルデマールら側近が取り仕切っていた。
「アルドリックの報告によれば、義賊団は民を害してはいないようだが」
国王の言葉に、ヴァルデマールは苛立ちを隠せなかった。
「陛下、それは彼らの詭弁です。一地方の秩序を乱し、正当な貴族の権威を損なうことは、王権への挑戦に他なりません」
「そうかな…」
国王は疑わしげな表情を浮かべたが、最終的には頷いた。
「分かった。討伐を許可する。だが、無実の民が巻き添えにならないよう、細心の注意を払うように」
「かしこまりました」
ヴァルデマールは満足げに微笑んだ。しかし、本当の目的は義賊の鎮圧ではなかった。彼と結託する貴族たちは、この「反乱」を利用して王国内の権力基盤を強化しようと計画していたのだ。
一方、会議室の片隅で黙って聞いていた一人の若い男がいた。灰色の簡素な服を着た彼は、書記官のような立場で会議に同席していた。
名をレイモンド・ファーレン。王国の情報局に所属する諜報員だが、実は密かに国王派閥に属し、ヴァルデマールら大臣派閥を監視していた。
「あの義賊団、興味深いな…」
会議の後、レイモンドは密かに自室に戻り、アルドリックの報告書のコピーをじっくり読み直した。電気を操る謎の首領。悪徳貴族からのみ奪い、民に還元する活動。ゲリラ戦術と高度な組織構成。
「これは単なる盗賊団ではない」
彼は決断した。自ら現地に赴き、この義賊団の真の姿を確かめねばならない。それが国王のため、ひいては王国のためになると信じて。
十日後、陽一は新たな拠点となった山岳地帯の城塞で、情報担当のクリフから報告を受けていた。
「親分、町の情報屋からの知らせです。王都から新たな討伐隊が派遣されるそうです。前回よりも大規模で、魔術師団も含まれているとか」
「そうか…」陽一は険しい表情で地図を見つめた。「いつ頃到着する?」
「およそ二週間後です」
陽一はミミックに相談した。
「ミミック、魔術師団とはどんな存在だ?」
『この世界の情報によれば、王立魔術師団は厳選された魔力の強い魔術師たちで構成されています。通常の軍隊とは異なり、特殊な攻撃と防御の魔法を駆使して戦うエリート部隊のようです』
「俺の電気能力で対抗できるか?」
『確実なことは言えませんが、リスクは高いでしょう。彼らは魔法の性質を理解し、対策を講じてくるはずです』
陽一は考え込んだ。今までのように正面から戦うのは危険すぎる。より巧妙な戦術が必要だった。
「ロギル、シルヴィア、ハドソン」陽一は幹部たちを呼び集めた。「新しい作戦を立てる必要がある」
彼らは深夜まで議論を続けた。森林地帯での待ち伏せ、村々の協力による情報戦、山岳地帯の利用など、様々な案が出された。
しかし、決定的な打開策は見つからなかった。王立魔術師団の実力が未知数であり、対策が立てにくいのだ。
「休もう」最終的に陽一は提案した。「明日、頭をリフレッシュしてから再検討しよう」
全員が引き上げた後、陽一は寝付けずにいた。彼はスマホの画面を見つめ、改めて自分の置かれた状況を考えていた。
「ミミック、俺たちは勝てるのか?」
『統計的な予測は困難です。しかし、いくつかの戦略的アドバンテージはあります。地の利、民衆の支持、そして何より、あなたの異世界の知識です』
「異世界の知識か…」
陽一はハッとした。確かに、この世界では当たり前でない知識が、彼には多くあるのだ。特に科学技術に関する基礎知識は、中世的なこの世界では革命的なものになりうる。
「待てよ…電気関連の知識を使えば…」
彼は急いでスマホを開き、検索履歴やキャッシュされた資料をミミックに探させた。
「ミミック、簡易的な発電機や蓄電装置、それから電磁気学の基礎情報があるか?」
『あります。以前閲覧した「自作発電機の作り方」や「電気回路の基礎」などのページがキャッシュに残っています』
陽一の目が輝いた。電気を生み出し、貯め、利用する技術。それは彼の電気能力と組み合わせれば、この世界では前例のない武器になるかもしれない。
「ハドソンを呼んでくれ」
鍛冶師のハドソンは、すぐに陽一の部屋に駆けつけた。
「親分、何かご用ですか?」
「ああ、お前の腕を借りたい。こんな装置を作れるだろうか」
陽一はスマホに表示された簡易発電機の図を見せた。
「これは…?」
「説明しよう。これは電気、つまり俺の使う雷のような力を生み出し、貯める装置なんだ」
夜が明けるまで、二人は設計図を練り上げた。夜明けとともに、ハドソンは興奮した面持ちで鍛冶場へと駆けていった。必要な材料を集め、製作を始めるためだ。
陽一は再び幹部たちを招集した。今度は自信に満ちた表情で、新たな作戦を説明した。
「我々は科学の力で戦う。魔術師たちの予想を超える武器を用意する」
「科学?」ロギルは首を傾げた。
「俺の国の知識だ。今は説明が難しいが、魔法とは違う力を使って戦うんだ」
三日後、ハドソンは最初の試作品を完成させた。陽一の指示に従い作られたそれは、原始的な発電機だった。陽一の電気能力で初期充電を行い、その後は手動で回すことで電気を生み出せる仕組みだ。
「すごい!」クリフは目を輝かせた。「親分の雷が、この箱の中に閉じ込められているんですね!」
「そうだ。そして、これを使って…」
陽一は自作の「電撃槍」を見せた。金属の先端部分に配線が施され、発電機から電気を送ることで強力な電撃を放つことができる。
「これなら、魔法耐性のある鎧も突破できる」
ロギルは感嘆の声を上げた。「これが親分の国の力か…恐るべきものだ」
次々と新たな「科学兵器」が製作された。電撃トラップ、火薬を使った爆発装置、暗号による通信システムなど、中世の技術水準をはるかに超える発明品の数々。
「これで勝機が見えてきた」
陽一はスマホで確認しながら、次々と新しいアイデアを形にしていった。彼の異世界の知識と、この世界の才能ある職人たちの技術。その組み合わせは、想像以上の成果を生み出していた。
「親分」ある日、シルヴィアが緊張した面持ちで報告に来た。「見知らぬ男が城下町に現れました。王都からの使者を名乗っていますが…」
「討伐隊の偵察か?」
「いいえ、一人で来ています。国王直属の使者と名乗り、親分と直接会談を求めています」
陽一は眉をひそめた。罠の可能性もある。しかし、もし本当に国王からの使者なら、交渉の糸口になるかもしれない。
「会おう。だが警戒は怠るな」
その日の午後、陽一は城の謁見の間で、灰色の簡素な服を着た若い男と対面した。
「初めまして、黒風義賊団の首領殿」男は穏やかな声で言った。「私はレイモンド・ファーレン。国王レオナルド三世の密使です」
「密使?」
「はい。表向きは討伐が決定されていますが、陛下は貴団の真意を知りたいと思っておられます」
陽一は慎重に言葉を選んだ。「我々は民を苦しめる悪徳貴族と戦っているだけだ。国王に敵対する意思はない」
「それは理解しています」レイモンドは穏やかに頷いた。「しかし、宮廷内ではあなた方を危険な反逆者と見なす勢力が強い。特に首席大臣ヴァルデマールは、徹底的な討伐を主張しています」
「なぜ教えてくれる?」
「国王は若く、まだ実権を掌握できていません。しかし、民の苦しみを知り、国を良くしたいと願っておられる」
レイモンドは声を低くした。
「実は、王国内部に大きな権力闘争があります。ヴァルデマールら大臣派閥は、腐敗した貴族たちと結託し、若き国王の権限を骨抜きにしようとしている。あなた方義賊団の活動は、彼らにとって目障りな存在なのです」
陽一はスマホをそっと取り出し、ミミックに相談した。
『彼の言葉に一定の真実味があります。政治的な権力闘争は歴史上よく見られる現象であり、若い君主の周囲でそのような対立が起きる可能性は高いです』
「で、何を望んでいる?」陽一はレイモンドに尋ねた。
「協力です」彼は真剣な表情で言った。「表向きは対立していても、裏では情報を共有し、共通の敵と戦う。そして最終的には、国王の権限強化と、腐敗した大臣たちの追放を目指す」
陽一は考え込んだ。内政干渉に巻き込まれるリスクもある。しかし、国王派閥との同盟は、義賊団の正当性を高め、より大きな変革をもたらす可能性もあった。
「具体的には?」
「まず、近々やって来る討伐隊の詳細情報をお渡しします。また、今後も重要情報を提供し続けます。その代わり、あなた方には、特定の悪徳貴族の摘発に協力していただきたい」
陽一は幹部たちと目を合わせた。彼らはわずかに頷き、同意の意を示している。
「分かった。協力しよう。だが、一つ条件がある」
「なんでしょう?」
「民衆を苦しめるような命令には従わない。我々の理念は、弱者を守ることだ」
レイモンドは微笑んだ。「当然です。それこそが、国王が求めていることでもあります」
こうして、義賊団と王国内部の改革勢力との密かな同盟が結ばれた。表向きは討伐され、追われる義賊。しかし実際には、腐敗した権力者たちを倒すための重要なパートナーとなったのだ。
陽一は窓から夕陽を見つめながら、思いを巡らせた。彼は単なる盗賊の親分から、この国の未来を左右する存在へと変わりつつあった。
「ミミック、こんな展開になるとは思わなかったな」
『人間社会の権力構造は複雑です。しかし、あなたのような変革者が現れると、潜在的な対立が表面化することがあります』
「俺が…変革者か」
陽一は複雑な気持ちで言葉を噛みしめた。もともとは生き延びるための手段だったはずが、いつしか大きな責任を背負うことになっていた。
「でも、引き返せないだろうな」
夜が明け、陽一は新たな情報をもとに、幹部たちと対策を練った。レイモンドからもたらされた情報によれば、討伐軍は予想通り魔術師団を含む大規模なものだが、内部の連携は悪く、指揮系統も複雑化していることが判明した。
「ここが弱点だな」ロギルが地図上のポイントを指さした。「補給路が一本道になっている。ここを押さえれば…」
「補給を断ち、分断できる」シルヴィアが頷いた。「その通りね」
陽一は新たな装置の準備状況を確認した。ハドソンたちが製作した「科学兵器」は、討伐軍との戦いに大きな力となるはずだった。
「親分」クリフが報告に来た。「民衆の間で『電撃の義賊』の噂が広まっています。各地で『電撃の義賊に加勢しよう』という声が上がっているとか」
「そうか…」
陽一は複雑な気持ちになった。民衆からの支持は心強いが、一般市民を戦いに巻き込むことは避けたかった。
「クリフ、民衆には武器を持って戦うよりも、情報提供と隠れ家の提供で協力してもらいたいと伝えてくれ」
「わかりました!」
準備は着々と進み、討伐軍の到着予定日の前日、陽一は全隊員に向けて訓示を行った。
「明日から、われわれは王国の正規軍と対峙することになる。もはや単なる盗賊団ではない。われわれは民のための義賊であり、腐敗した権力に対抗する革命の先駆けだ」
陽一の声は冷静だったが、力強かった。
「無駄な殺生は避けよう。降伏した者は捕虜として扱い、投降の機会を与える。そして常に、われわれの理念を忘れるな」
全員が厳粛な面持ちで頷いた。かつての雑多な盗賊団は、今や統制の取れた組織へと成長していたのだ。