討伐軍との対決
朝靄の中、討伐軍は義賊団の支配地域に入った。先頭を行く騎士団の鎧が朝日に照らされ、禍々しく輝いている。
しかし、彼らを出迎えたのは静寂だった。道中の村々は完全に無人。人も家畜も、すべて姿を消していた。
「不気味だな」騎士団長のアルドリックは眉をひそめた。「罠の臭いがする」
彼は部下に命じ、斥候を先行させた。しかし斥候が戻ってきたのは一時間後。彼らの報告は「村には誰もいない。サラマンダー城も無人のようだ」というものだった。
「臆病者どもめ、逃げ出したか」アルドリックは鼻で笑った。
しかし実際には、陽一たちは逃げてなどいなかった。彼らは森や洞窟、地下室など、討伐軍の死角となる場所に潜み、時を待っていたのだ。
「見えるか?」
森の中、陽一はクリフに尋ねた。少年は木の上から、双眼鏡で討伐軍の動きを観察していた。
「はい。予定通り、二手に分かれました。騎士団はサラマンダー城へ。歩兵部隊は村々を捜索しています」
「よし」陽一は満足そうに頷いた。「一番弱いところから攻めよう」
彼らの計画は、分断された敵を個別に撃破するというものだった。特に、村を捜索する小規模な部隊は、格好の標的となる。
最初の襲撃は、15人ほどの歩兵が捜索していた小さな村で行われた。村の地下室に隠れていた20人の義賊が、合図と共に一斉に飛び出し、不意を突いて兵士たちを取り囲んだ。
「義賊団の名において、投降しろ!」
ロギルの号令に、混乱した兵士たちは抵抗むなしく武器を置いた。
同様の戦術が、各地で次々と実行された。小規模に分かれた討伐軍は、ゲリラ戦法に翻弄されていった。
「成功しています」シルヴィアが陽一に報告した。「すでに討伐軍の三分の一を捕縛しました」
「民衆の協力は?」
「完璧です。村人たちは私たちに情報を提供し、敵には何も話していません」
陽一は頷いた。彼らの努力が実を結び、民衆の信頼を得られているのだ。
しかし、最大の難関はこれからだった。騎士団は容易に屈服しない。彼らはサラマンダー城に篭城し、反撃の機会を窺っていた。
「騎士団の装備は?」
「魔術に対する防御が施された鎧と、強化された武器です」シルヴィアが答えた。「通常の攻撃では、太刀打ちできません」
「だからこそ、俺の出番なんだ」
陽一は決意を固めた。昨夜習得した魔力吸収の技術を使えば、より強力な電撃を放つことができるはずだ。
夕暮れ時、陽一は選りすぐりの20人と共に、サラマンダー城へと向かった。彼らは城の裏手にある秘密の通路を通り、内部へと侵入。騎士団が大広間で会議を開いているところを急襲する計画だった。
「みんな、準備はいいな?」
全員が無言で頷いた。
「では、行くぞ」
彼らは静かに城内を進み、大広間の扉の前に到着した。中からは、騎士たちの声が聞こえてくる。
「三…二…一…」
陽一の合図で、扉が勢いよく開かれた。
「動くな!」
しかし、彼らを待っていたのは罠だった。大広間には50人を超える騎士たちが配置され、入り口を包囲する形で待ち構えていた。
「ようこそ、義賊団の首領殿」アルドリック騎士団長が嘲笑うように言った。「罠だと気づかなかったか」
「くっ…」
陽一たちは後ろに下がったが、既に退路は断たれていた。
「降参しろ。さすれば命だけは助けてやる」
「それはできない相談だ」
陽一は静かに目を閉じた。周囲の魔力を感じ取り、体内に取り込む。指先が青く光り始め、髪の毛が静電気で逆立った。
「なんだ?」アルドリックが警戒して声を上げた。「魔術か?だが無駄だ。我らの鎧は魔術防御が…」
彼の言葉は途中で途切れた。陽一から放たれた電撃は、これまでとは比較にならないほど強大だった。青白い光が部屋を埋め尽くし、騎士たちの鎧を直撃した。
通常の魔法なら防げる鎧だが、陽一の電撃は魔法というより純粋な電気エネルギー。金属の鎧はむしろ導体となり、強力な電流を全身に伝えた。
「ぐああっ!」
アルドリックを含む多くの騎士が、痙攣しながら床に倒れ込んだ。立っていた騎士も、動きが鈍り、思うように剣を振れない。
「今だ!」
陽一の号令に、仲間たちが一斉に攻撃を仕掛けた。電撃で弱った騎士たちは、あっという間に制圧された。
「くっ…貴様…何者だ…」
アルドリックが苦しみながら問うた。
「ただの義賊だ」陽一は静かに答えた。「弱い者いじめをする奴らを懲らしめる、それだけさ」
戦いは予想より早く終わった。討伐軍の大半が捕虜となり、残りは混乱して撤退した。サラマンダー城は再び、義賊団の手に戻った。
捕虜となった兵士たちに、陽一は選択肢を与えた。
「自由に帰るか、我々に加わるか、好きな方を選べ」
驚くことに、捕虜の三分の一近くが義賊団への加入を希望した。彼らの多くは徴兵された農民の息子たちで、義賊団の理念に共感を覚えたのだ。
「正義のために戦いたいです」若い兵士が前に出て言った。「王国の腐敗を正す道があるなら、それに従いたい」
陽一は彼らを受け入れた。だが同時に、この勝利が王国との全面対決の始まりであることも理解していた。
「アルドリック、国王に伝えてくれ」陽一は捕虜となった騎士団長に言った。「黒風義賊団は、民衆を搾取する者たちとは戦う。だが、公正な統治を行う者には従う。王が本当に民のことを思うなら、我々は敵ではない」
アルドリックは無言で頷き、残りの兵士たちと共に解放された。
その夜、陽一たちは勝利の宴を開いた。村人たちも加わり、城の中庭は歓声と笑顔で溢れた。
「親分!」クリフが興奮した様子で駆け寄ってきた。「凄かったです!あんなに強力な雷、見たことありません!」
「ああ…」陽一は少し疲れた表情を浮かべた。「でも、あれは結構な負担だったよ」
あの強大な電撃を放った後、陽一は体力を大幅に消耗していた。魔力を吸収する技術はまだ完全には習得できておらず、自分の生命力も消費していたのだ。
「無理はするなよ」ロギルが心配そうに言った。「お前がいなくなったら、この団はまとまらない」
陽一は笑顔で答えた。「大丈夫。これからは、もっと効率的に力を使えるようになるさ」
宴の後、一人部屋に戻った陽一は、スマホを取り出した。
「ミミック、今日の戦いの分析を頼む」
『本日の戦術は全体的に成功でした。特にゲリラ戦法の有効性が証明されました。しかし、あなたの電気能力の使用に関して、改善の余地があります』
「どんな点だ?」
『エネルギー効率です。現在のあなたの能力使用は、体力の過剰消費を引き起こしています。魔力吸収の技術を磨くことで、より効率的かつ持続的な能力発揮が可能になるでしょう』
「そうか…確かに今日は疲れた。もっと練習が必要だな」
陽一は窓から夜空を見上げた。今日の勝利で、義賊団の名声はさらに高まるだろう。しかし同時に、王国中央からの敵意も増すことになる。
「これからどうなるんだろうな…」
『様々な可能性があります。王国が全力で討伐に乗り出す可能性、交渉の余地を探る可能性、あるいは…』
「あるいは?」
『あなた方の運動が民衆の支持を集め、より大きな変革へと発展する可能性もあります』
陽一は深く考え込んだ。当初は生き延びるための手段だった義賊活動も、今や多くの命運を左右する大きな責任を伴うものとなっていた。
「ミミック、俺たちは正しいことをしているんだろうか?」
『それは哲学的な問いですね。「正しさ」は視点によって変わります。しかし、弱者を守り、搾取と闘うという理念自体は、多くの倫理観において肯定されるものです』
陽一は静かに頷いた。明日からも、彼らの闘いは続く。そして、その先にある未来のために。