サラマンダー城襲撃
排水路は予想以上に狭く、陽一たちは身をかがめて進まなければならなかった。陰湿な臭いが鼻をつき、時折ネズミが走り抜けていく。
「あとどれくらいだ?」ロギルが小声で尋ねた。
「もうすぐのはずです」クリフが先頭で答える。「地図によると、この先を右に曲がると貯蔵庫の近くに出るはずです」
陽一は懐中電灯代わりに、指先に小さな電気を灯していた。その青白い光が狭い通路を照らし、一行を導く。
「止まれ」シルヴィアが突然囁いた。「上から足音がする」
一同が静止すると、確かに頭上から重い足音と、鎧の擦れる音が聞こえてきた。兵士たちが巡回しているようだ。
足音が遠ざかるのを待って、再び前進。やがて格子状の通気口が見えてきた。クリフが慎重に覗き込む。
「見えました!地下の貯蔵庫です。でも…」
「でも?」
「兵士が二人、入り口を守っています」
陽一はミミックに相談した。
『正面からの攻撃は危険です。おとりが必要かもしれません』
「シルヴィア、あなたの出番だ」
彼女は無言で頷いた。計画通り、彼女が別の通気口から出て、兵士の注意を引きつける。陽一とロギルはその隙に攻撃を仕掛ける。
作戦は上手くいった。シルヴィアの素早い動きに兵士が気を取られた瞬間、陽一は格子を静かに外して飛び出し、背後から兵士に接近。手のひらから放った精密な電撃で、兵士たちを無音で気絶させた。
「よし、中に入るぞ」
貯蔵庫は予想通り、山のような金貨や宝石で溢れていた。徴税で集められた富が、一か所に集中しているのだ。
「こんなに…」クリフは目を見開いた。「村人たちから搾り取っていたんだ」
「全部は持ち出せない」ロギルが現実的に言った。「必要な分だけ持っていくぞ」
四人は手分けして、袋に金貨を詰め始めた。しかし、作業の途中でシルヴィアが緊張した声を上げた。
「誰か来る!」
重い足音が近づいてきていた。隠れる場所はなく、戦うしかない。
「みんな、準備を」
扉が開き、サラマンダー卿本人と思われる豪奢な衣装を着た中年男性と、四人の護衛が入ってきた。
「何者だ!」サラマンダー卿が怒鳴った。「私の金庫に侵入するとは、命知らずめ!」
「義賊の黒風団だ」陽一は堂々と名乗った。「民から搾り取った金は、本来の持ち主に返すぞ」
「義賊?笑わせる」卿は鼻で笑った。「単なる泥棒が、もっともらしい理由をつけているだけだ」
「言い訳はいい」ロギルが剣を抜いた。「その不当に得た富を返せ」
「やれ!」卿の命令で、護衛たちが一斉に襲いかかってきた。
戦いが始まった。ロギルが二人の兵士を相手に剣を振るい、シルヴィアは素早い動きで一人の攻撃を避けながら反撃。クリフは小柄な体を活かして敵の足元に飛び込み、動きを妨げる。
陽一はサラマンダー卿を直接狙った。しかし、卿は予想外に剣の扱いが上手く、陽一の電撃をかわしながら反撃してくる。
「単なる街道の盗賊ごときが…この私に勝てると思うのか!」
「俺は普通の盗賊じゃない」陽一は冷静に答えた。「弱い者いじめをする貴族を懲らしめる、義賊だ!」
怒りと正義感がエネルギーとなり、陽一の手から放たれた電撃は今までにない強さだった。サラマンダー卿の剣を直撃し、強力な電流が鎧を伝って全身を駆け巡る。
「ぐあああっ!」
卿は痙攣しながら床に倒れ込んだ。同時に、仲間たちも残りの護衛を制圧していた。
「親分、勝ったぞ!」クリフが歓喜の声を上げた。
陽一はうなずき、気絶したサラマンダー卿に近づいた。
「ロギル、この城内のすべての捕虜や奴隷を解放してくれ。シルヴィア、村人たちを集めて、ここに案内してほしい」
「了解した」
二人が去ると、陽一はクリフと共にサラマンダー卿の私室を調べ始めた。すると、棚の奥から、一冊の帳簿が見つかった。
「これは…」
帳簿には詳細な記録が残されていた。サラマンダー卿がどの村からいくら徴収したか、そしてそのうちいくらが王国の中央に納められ、いくらが卿の私腹を肥やしたかが明確に記されていた。
「証拠だ」陽一は帳簿を手に取った。「これで奴の不正を証明できる」
『重要な証拠ですね』ミミックが画面に表示した。『しかし、上層部が既に腐敗していれば、効果は限定的かもしれません』
「それでも、村人たちには真実を知ってもらわなければ」
数時間後、城の中庭には近隣の村から集まった数百人の村人たちが集まっていた。サラマンダー卿は柱に縛り付けられ、陽一は高台に立って帳簿の内容を公開した。
「皆さん、見てください。サラマンダー卿は徴収した税金の半分以上を横領していました。これは王国の法律でも犯罪です」
村人たちからは怒りの声が上がった。
「では、盗まれた金貨を返します」
陽一の合図で、盗賊団のメンバーたちが、袋に詰めた金貨を村ごとに分けて配り始めた。それは、それぞれの村が過剰に徴収された分に相当する額だった。
「これからは、この地域の人々を守るのが、黒風義賊団の仕事です。悪徳貴族や役人から皆さんを守り、公正な世の中を作りましょう」
陽一の演説に、村人たちから歓声が上がった。彼らにとって、長年の圧政から救ってくれる英雄が現れたのだ。
「義賊団!義賊団!」
村人たちの歓声の中、一人の若い貴族風の男性が前に出てきた。彼は緊張した面持ちで陽一に近づいた。
「私はジュリアン・レインフォード。隣の領地を治める者です」
一同が警戒したが、男は両手を上げて平和的な意図を示した。
「私はサラマンダーのやり方に反対していました。しかし、王国の政治は腐敗しており、声を上げれば私も排除されるだけだった」
彼は陽一に深々と頭を下げた。
「あなた方のような正義の味方が必要なのです。私からの申し出です。どうか私の領地も守ってください。その代わり、資金と情報を提供します」
陽一は驚いたが、すぐに意味を理解した。良識ある貴族の協力を得ることで、義賊としての活動の幅が広がる。
「話し合いましょう、レインフォード卿」
こうして、黒風義賊団の名声は一気に広まった。サラマンダー卿の城を攻略し、盗まれた金を村人に返した「雷を操る義賊」の噂は、瞬く間にトレンティア王国の各地に伝わっていった。
その夜、新たな拠点となったサラマンダー城で、陽一は幹部たちと共に今後の方針を話し合った。
「これからは単なる盗賊団ではなく、人々を守る組織になる」
陽一の言葉に、ロギルもガジェルも頷いた。彼らの顔には、かつて見たことのない誇りが浮かんでいた。
「親分」ロギルが真剣な表情で言った。「俺は最初、お前を疑っていた。だが今は違う。お前についていく」
「俺も同じだ」ガジェルも同意した。「義賊としての道、俺たちに教えてくれ」
陽一はスマホを握りしめた。ミミックの知恵と自分の電気能力。そして、仲間たちの力。この異世界で、彼は新たな道を切り開き始めていた。
「じゃあ、まずは組織改革だ。単なる盗賊の集まりじゃなく、ちゃんとした組織にしよう」
陽一はミミックのアドバイスを基に、組織構造、情報収集網、資金管理、訓練方法など、具体的な改革プランを説明した。盗賊たちは驚きながらも、熱心に耳を傾けた。
「そして、もう一つ大切なこと」陽一は真剣な表情で言った。「これからは読み書きと計算を全員が学ぶ。知識は力だ」
こうして、黒風義賊団の本格的な活動が始まった。悪徳貴族を倒し、民衆を救う義賊として——そして、いずれはこの腐敗した王国そのものを変える革命の種として。