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月島祐介  日之重由香

「うっ!」


後頭部に痛みを感じ、目を開けると知らない古臭い天井が見えた。


「ここは……」


上半身を起こすと再び後頭部に痛みを感じた。


「そうか、僕は崖のとこで誰かに殴られた、のか?」


僕が見とれていた女の子の仕業ではないことは確かだ。痛みを感じたとき女の子は僕の視線の先にいた。共犯である可能性はなくはないが……考えたくはないな。


「っ!荷物がない!」


僕は古い雰囲気の部屋に一人寝かされていて、それまで持っていたはずのリュックやカバンは何一つない。


「そんな……」


こんなところで荷物をなくしたことで不安がせりあがってくる。あわててポケットを探ると、携帯やガムと財布は持っている。

携帯があるだけでだいぶ不安感が薄れるのを感じ、僕もだいぶ携帯依存症なのだなと自嘲した。ともあれ、財布なんかがあるということは物盗りのために僕を殴ったのではないことがわかった。今も拘束されているわけではないので逃げようと思えばいつでも逃げられる。


とりあえず鎮太郎さんに相談してみよう。そう思った僕はスマホをタッチした。PINを打ち込んでロックを解除して固まった。


「…………圏外?そんな、船着き場で見たときは確かに……」


アンテナが三本立っていたのを確認している。スマホを構えたまま部屋中歩いてみたが電波を拾うことはなかった。


「とりあえず電波の届くところに……いや、荷物を探しに、でも僕を殴ったやつがまだいるかもしれないし」


一人逡巡していると、下の方から物音が聞こえた。建付けの悪い引き戸を開けるような音。何度かつっかえながら開いて、同じような感じで閉められた。


息を殺して耳を澄ます。まずどうやら僕は建物の二階にいるらしい。さっき通った集落には二階建ての建物は数えるほどしかなかったから、そのどれかにいるんだろう。

でも誰が僕をここに運んだのか、何のために襲ったのか、財布やスマホを奪うわけでもなく、まして拘束もしないでここに寝かせていた意味は……


何もかもわからない。なんの目的があって僕を殴って気絶させてここまで連れてきて、ただ転がしておく。それになんの意味があるのかがまったく想像がつかない。


気づけば口の中がカラカラになっていた。のどが渇いたが荷物もないし、ここに飲み物があるとも思えない。


「っ…………」


また物音。みしりみしりと今度は床を歩くような音が聞こえる。僕はそっと移動して寝かされていた部屋の入り口のふすまを音をたてないようにして開けた。

短い廊下があり、向かいにも部屋があるようで同じようなふすまが閉まっている。そしてすぐ右手に下におりる階段があった。


息をのんで、四つん這いのままそっと階段から下を見ると、ちょうど足音の主が階段下の廊下を横切っていくのが見えた。


「!!………………」


思わず声が出そうになり、慌てて両手で口を押さえる。激しく打ち出した鼓動が外に聞こえないか不安になってくるくらいだ。

たっぷりと数十秒そのままの姿勢で固まっていた僕はようやく我に返った。


(おかしい……今のはなんだ?人……でも)


声に出さずにさっき見た光景を頭の中で反芻させる。納得できる答えは出ない。


ごくりと唾を飲むと僕は足音を殺して階段を降り始めた。見間違いであってほしかったからだ。それにはどうしても確認しないといけない。


一歩一歩音はしないように慎重に足を運ぶ。どれだけ慎重に歩いても古い建物の朽ちかけた階段は老婆の悲鳴のような音を出してしまう。音が鳴るたびに冷や汗が噴き出すのを背中に感じながらも一階まで降り切った。


廊下をすすむ。居間らしき6畳ほどの和室がある。中央にちゃぶ台があり、座布団が三つ並んでいてちゃぶ台の向こうには箱のようなでかいテレビが鎮座している。

……カラーテレビって書いてあるということはカラーじゃないテレビもあった時代って事か。


テレビの横には少し隙間の空いている押し入れがある。今にも勢いよく扉が開いて得体のしれない化け物が飛び出すんじゃないかと余計な想像を掻き立ててしまう。

その向こうには黒ずんで元の色もわからなくなっている暖簾がかかっていて、その向こうから微かな物音が聞こえてくる。さっき見かけたモノはきっとそこにいる。僕は大きく深呼吸すると息と足音をころしてそっと暖簾を上げてその向こうをのぞいた。


(うっ!)


思わず声が出そうになる。そこにいたのはぼろぼろの洋服を着て、鍋に何かよくわからない黒い物体を投げ込んでいる女性?だった。

左手に錆びて先端の欠けた包丁を持ち、つまみの取れてしまったガスコンロを叩いている。その行動も異様だが、それよりも異様なのは格好だ。ぼろぼろの洋服まではいい。汚れた割烹着のようなものを身に着けているが、赤黒く染まっている。それが血しぶきを浴びたような汚れ方をしている。

さらに顔の左側がつぶれたようになっていて、耳もない。そこから流れたであろう大量の血液が洋服の上着の左半分を黒く染めていた。


息をすることも忘れ、ソレを見ていた僕は息苦しいのに気づいて呼吸をした。乾ききった喉からヒュッという音がしてヒヤリとしたが気づかれてはいない。

胃袋が激しく痙攣してきたのを感じ、ぼくは両手で口を押えながらそっと後ずさった。そしてまた階段を上るとさっきの部屋に戻り、ふすまを閉めた。


「ぷはあぁ……うっ……はぁはぁ」


殺していた息を吐きだすと同時に湧き上がってきた吐き気を何とか抑え込むと、その場に座り込んだ。


「な、なんだよあれ……何かイベントかなんか?ハロウィン?いや、こんなところでそんな事……」


まとまらない頭で自分が出した答えを自分で消していく。納得できる答えは出てこない。


「あんなのまともじゃない……逃げないと」


そう呟いた時、僕は致命的なミスを犯していた事に気付いた。


「ああ、僕は馬鹿か。なんでまた二階に戻ってくるんだよ。あのまま外に逃げてればよかったのに……」


頭を抱えて少し前の自分を罵った。また一階に降りていくには勇気がいる。あれを見た後では……


下で固いものを叩くような音が聞こえてきた。あいつがこの部屋に来ないなんて保証はない。もしやってきたら……僕にどうにかできるんだろうか。


相手は凶器をもっている。顔の半分に大けがをしていたみたいだった。洋服の半分を染めるくらいの出血をしているというのに治療したようすも、それを気にする様子もなかった。


いや、そもそもあれは人間だったのか……


だめだ、考えがまったくまとまらない。とにかく逃げないと。


そう考えて周りを見る。この部屋にはさっき使った出入口のふすまと、その反対側に木でできた枠にガラスをはめた窓がある。開口部はそれだけしかない。あとは押入れ……


音をさせないように立ち上がり、押入れを開けてみる。


「うっ……」


カビと汗のにおいが混じって、それを熟成させたような悪臭が鼻をつく。息を止めてスマホのライトで中を見るが、汚れた寝具しかない。


「ここに隠れるのは無しだな……」


それは遠慮したい。命に危険が及べばそうは言ってられないんだろうけど……できれば……。


押し入れはとりあえずそのままにして、窓のほうを見てみる。窓の外は一階の屋根があった。ここから屋根を伝って逃げれるかも。そう考えた僕は窓を開けようとしたが、建付けが悪く少し動くだけで開かない。

それでも何度か力任せに動かしていると、勢いよく開いてしまった。反対側まで移動した窓は大きな音を出してしまう。


思わず肩をすくめ、あの化け物が上ってこないか物音に集中する。どれくらいたったか、誰かがくる気配はないようで安心した時だった。

ほんの少し物音が聞こえた。規則正しく聞こえてくるその音は間違いなく足音で、入り口のふすまを挟んで反対側にいる。


ごくりと唾を飲む音がやけに大きく聞こえる。そしてゆっくりとふすまが開いた……

読んでいただきありがとうございます。作品について何か思う事があったら、ぜひ教えてくれるとうれしいです。

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