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新堂謙太郎 島へ3

「オジサンほんとうにありがとうございました!」


そう言ってぴょこんと頭を下げる。ほんの少し明るめの短めの髪で、頭を下げた勢いで跳ねるおさげがかわいらしく見える。二人の女の子のうち、活発な女の子の方がお礼を言う。

この子は逢坂奈々(おうさか なな)お礼と共にと名乗った。


「ほら、愛美もちゃんとお礼言わないと」


そう言って奈々が自分の後ろに隠れるように立っているおとなしそうな女の子を前に出そうとしている。


「ああ、いやいや。怖い目にあったんだ。今は男の人が怖く感じても仕方ない、無理はしないでいいよ」


私がそう言うと奈々はきょとんとした顔でこちらを見た後、少しだけ噴き出した。


「違うの、この子人見知りで……誰に対してもそうなの。ほらぁ愛美」


「う、うん」


そうして奈々に肩を押されて私の前に立った女の子はおずおずと頭を下げた。


「助けていただいてありがとうございました」


こちらは肩より少し長いくらいの黒髪を一つにまとめている。名を副島愛美(そえじま まなみ)と言うらしい。

活発で人見知りしない奈々とおとなしく控えめな愛美と正反対な性格をしているようだが、意外とそのほうが仲良くなれると聞いたこともある。夏休みで海水浴に来ていた彼女たちは、あの男たちから声をかけられ飲み物をおごってもらったりして話しているうちにプレジャーボートを所有しているという話になり、よかったら乗せてあげようか?という言葉にのってしまったらしい。彼女たちに話しかけた男は大学生だと言い、あんなことをしそうには見えなかったと言う。


「ともかく、今後は簡単に男の人についていってはいけないよ?」


ひとしきり説教をした後、そういうと「は~い」「反省してます」とそれぞれ返事をした。


「ダンナ……」


話が終わったところで遠慮がちに山下が声をかけてきた。そして腕時計をさす。そのしぐさにハッとして私は自分の時計をみると時刻は正午を少し回っている。


「しまったな……」


そう独り言ちる。本来なら彼女たちを岸まで送っていき、その後で出直したいところだが今を逃せばまた一月待つことになる。少し考えて山下に話しかけた。


「すまないが、私を島に下した後、彼女たちを送って行ってくれんか。海水浴場の近くでいいんだろ?」


山下に話しかけた後に女の子たちに聞くと頷いて返してきた。


「でも、ダンナ……」


「今日を逃せばまた来月だ。ここまできて一月も待ってられるものか……」


そう話す私たちにただならぬ気配を感じたのか、女の子たちは不安げな様子でこちらをみているだけだ。


「……わかりました」


不承不承という感じだが山下は頷いて船のエンジンを動かし始めた。


「すまんな」


私はそんな山下にそう声をかけると、できるだけにこやかな顔を意識して女の子たちに向き直る。


「悪いが、私には少し用事があってね。ある島に行かないといけないんだよ。大丈夫、君たちはあのおじさんが責任もって送ってくれるから心配することはないよ」


そう言うと女の子たちは安心した顔と何かを気遣うような顔をしてまたお礼を言った。



船は快調に速度を上げ、だんだん忌み島が大きくなってくる。それにつれて否が応にもかつての記憶がよみがえってくる。


「あの……」


そうしていると、遠慮がちに裾を引かれた。どうも物思いに浸ってしまっていたようだ。


「ああ、すまない。考え事をしていたようだ。なにかな?」


話しかけてきたのは愛美だった。奈々はスマートフォンをいじっている。


「あの、新堂さんはどこかの島で降りられるんですよね?」


「ああ、そうだね。それと楽に話してくれて構わないよ。私はそんな大それた人間じゃない」


私が首肯してそう付け加えると愛美は少しだけ微笑んで頷いた。


「そこでお別れしちゃったら、お礼もできなくなりそうで。改めてお礼をしたいから連絡先を教えてくれませんか?」


その言葉に私は少しだけ驚いた。今どきの子がこんなことを気にするんだろうか、と。それに少しだけうれしく思いながらも私は首を振った。


「そんなことは気にしないで構わないよ。私は元とはいえ警官だし、運がよかったと思ってくれていい」


「でも……」


「それに連絡先といってもなぁ。アパートは引き払ってきたし職場は退職したし……」


私がそう言うと意外にも愛美はなおも食い下がってきた。


「あの!携帯の番号とか」


おとなしそうな愛美がそこまで言うことにうれしく思ってしまう。なんとかお礼をしたいと思ってくれているのが透けて見えるからだ。


「いや~、私は携帯をもっていなくてね」


すこしおどけたようにそう言うと、話をきいていたのか奈々が身を乗り出してくる。


「えー、おじさんケータイもってないの?不便じゃない?あたしだったら耐えられないなぁ」


「もう、奈々!」


いかにも携帯を手放せそうな奈々が言うのを愛美がたしなめている。


「私には必要のない物だからね。だからというわけじゃないが、本当に気にしなくていいんだよ?もしどうしても気になるんだったら、君が大人になって余裕があるときに困った人を見かけたら助けてあげてほしい。それが私もうれしいよ」


そう言うと眉を寄せ少し困ったような顔をしていたが、私が受け取るつもりがないことを悟ったのか、渋々頷いた。

そんな心根のやさしい愛美の頭を思わず撫でてしまい、あわてて謝るのだった。


やがて漁船はぐっと速度を落とし、山下は小刻みに舵を操作し始めた。女の子たちにも危険で難しい海域だと伝えて、座ってどこかを持っておくように伝える。

海流のせいか船は不規則な動きをしながらも、山下はうまくそれを抑えて船を操っている。


「きゃっ!」


小さなこの船を押し流そうとでもするかのように潮流に翻弄される。そのたびに女の子たちは声を上げていた。しかしその声は深刻な響きはなく、船が揺れるのを楽しんでいるようだ。

その証拠に新しく出た携帯がどうかだとか、最近海や小さい島のほうまで電波が届くようになったとかを楽しそうに話している。


やがて忌み島の姿がはっきり見えてくるようになると全員が口を閉ざした。女の子たちは多分その威容に気味悪さを感じているのだろう。時折小声でなにやら話しているが内容までは聞こえなかった。時折目があっていたからこんな気味悪い島に何しにいくんだろうとでも思っているんだろう。

そう思っても無理はない。船は忌み島の外周に比較的新しくできた小さな船着き場に向かっているが、そこは断崖絶壁がある上に海鳥の巣になっていて付近の岩を真っ白に染めている。そして絶壁の上の方は鬱蒼とした森が見える。初めて見る者その不気味な雰囲気と威容に圧倒されるだろう。


その断崖絶壁を横目にしばらく進むとコンクリート製の護岸壁が見えてくる。私が当時駐在でこの島にいた頃に作られた船着き場は漁業ではなく緊急の際にここから船を出したりできるように作られたものだ。ここに来るまでにも岩礁海域を抜けないといけないのだが、入り江のほうの船着き場よりも簡単にアクセスできるようになっている。


船は細かく修正舵を繰り返しながら、岸壁にある船着き場につけた。山下が素早くロープを係留杭に結び固定させた。

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