新堂謙太郎 島へ2
「はあ?カズヤ!てめえジジイ、ざけんなコラァ!」
こういう時に決まって言うような言葉を吐きながら、後ろにいた男の内一人が殴りかかってきた。最初の男と同じ、こぶしをいっぱいに引いて力を込めて殴ろうとしているが、シロウトですと白状しているようなものだ。
冷静に男のこぶしの動きを見て、ギリギリでかわす。さらにその腕を担ぐように持って腰を相手の懐に入れる。勢いよく殴りかかってきた力をそのまま利用させてもらう。
バカみたいに突っ込んできた男はその勢いのままふわりと浮いた。
いわゆる一本背負いというやつだ。しかし背中から落としてやるような優しい真似はしない。
「ふん、大事の前の小事というやつだ。障害でも残ったら運がなかったと思うんだな。」
引き手の力を調整して、頭から叩き落とす。
ゴン!という音を響いた。
「受け身を取る事もできんらしい、なっとらんな。荒事には慣れているようじゃが、どうせ自分より弱い相手としかやり合っておらんのじゃろう」
パンパンと両手をはたきながら残った男どもに目を向ける。男どもは片付けた男らとこちらを交互に見ながらどうするか迷っているように見える。
「やる気がなくなったんなら、とっととこの子らの荷物を返せ。言っとくがお前たち程度の奴らがいくらかかって来ても結果はかわらんぞ」
そう言うと残った二人の男は動揺してお互いの顔を見合わせたりしている。
……このまま諦めてくれればいいんだが。
そう考えていたが、目の前の男どもはおろかにも歯向かう事にしたようだ。一人はゆらりと近づいてくる。そしてもう一人はテーブルにあった酒のビンをもつとテーブルに叩きつけた。
「死んでも恨むなよ爺さん。少しだけ早いか遅いかの違いでしかないんだからよ」
見るといつの間にかもうひとりの方もどこから取り出したのか、ナイフを握っている。
はあ……バカが。
「おい、武器を持つという事がどういうことかわかっているんだろうな?」
これまでよりも低く真剣な口調で言ったが、男たちは退くつもりはなさそうだ。
「どういうつもり?老い先短いジジイをあの世に旅立たせてやるつもりだって事だよ!」
どうやら本気のようだ。目を見ればわかる……
「やむを得んか……」
そう言うと、懐にしまってあるものを手に取った。そして男どもに向ける。
「……!」
それを見た男どもがピタリと足を止めた。その目は新堂の手の先、持っている拳銃にくぎ付けになっている。
「はっ!ほ、本物のはずがねえ。はったりだ!」
そう言った男に拳銃を向けると、男はびくりと肩を震わせる。
「そう思うなら試してみるといい。私はこの距離で的を外すことはないぞ?」
新堂の顔と拳銃とをせわしなく見ている。その顔に余裕は一切みえない。
「う、うわあ!死ねやおらぁ!」
もはや破れかぶれといった感じになった男は、手に持っているナイフを振り回しながら向かってきた。
ターン
テレビなどで見るよりも控えめな音が甲板上に響いた。
「うわあ!いてえ、いてえよ!ほんとに撃ちやがったこいつ!」
ナイフを持っていた手を狙った拳銃の弾丸は、狙いを外さず男の手を当たり貫通して奥の壁にささった。そして撃たれた男は、出血する手を持って大袈裟にわめいている。
「何を言っておる。撃たんかったら私を刺す気だったくせに。自分がされたら大袈裟に言いおって」
痛いと騒ぐ男を呆れた目で見ていると、もう一人の方がぽとりと持っていたビンを落とした。
「待て、待ってくれ!う、撃つな!」
両手を前に出して振りながら男は後ずさりをし始める。
その様子を見て、鼻を鳴らすと拳銃を懐に戻す。ここまで脅しておけば素直になるだろう。そう考えながら……
実際のところ、それから残った男は従順そのものだった。新堂と倒れている仲間を交互に見ながら機敏に動いた。
「おい、早くこの子らの荷物をもってこんか!」
「は、はい!ちょっと待ってください!」
そういいながら男は、キャビンの中に入っていき両手に抱えるように荷物を持ってきた。バッグは持っていたはずだが……と、思っていたがどうやら男たちはすでにこの子たちのバッグの中身を出して見ていたらしい。
「あの……多分これだけだったと……見てもらっていいかな?」
先ほどまでとは違い、へらへらと笑いながら媚びを売るような言い方で女の子たちに持ってきたものを見せようとしている。
「おい!それ以上近づくな。女の子達が怖がっているだろうが!」
近づこうとしていた男の肩をつかんで引くと男は持ってきたものをその場にばらまいて尻もちをついた。
男をある程度のところまで下がらせると、女の子たちが恐る恐るやってきて自分の荷物を拾うと、走って離れていった。
「荷物はこれだけか?何か足りないものはないな?」
一応新堂がそう聞いてみると、それぞれ自分のバッグの中を確認しだした。
「はい、大丈夫です。盗られていたものもちゃんとあります」
これまで一切声を出さなかったおとなしそうな子が新堂に向かって言った。助けが来たことと男たちが新堂に抑えられている状況でいくらか安心できたのだろう。
それに安心して新堂はニコリと笑うと少女たちに指示を出し始めた。
「よし、問題がないならさっきもいったようにそこから海に飛びなさい。下にいるおじさんの友人が船で待っているから引き上げてくれる」
「おじさんはどうするんですか?」
おとなしそうな女の子のほうが心配そうに声をかけてきた。
「大丈夫だ。私もすぐに行くよ」
新堂がそう言うとまだ心配そうな顔をしているが、この船から一刻も早く下りたいというのもあるんだろう。二人で顔を見合わせると頷きあってロープを越えて海に飛び込んだ。
飛び込んだ音が聞こえ、かすかに山下らしき男の声も聞こえるので、船に引き上げてくれているのだろう。それを聞いた新堂が男たちのほうを振り向いた。
「ひっ!」
すっかりおびえた様子の男が一歩下がる。少し離れたところでは一本背負いで頭から落とされて失神して男が転がっている。おびえる男の隣では手を撃ち抜かれた男がタオルを腕に巻いて止血しているところだった。
「さてお前らをどうするかだが……」
「も、もう女たちは解放しただろ!あんたもどっか行けよ!」
手を撃たれた男が止血しながら新堂に言う。
「解放したには私に言われてやったことだろうが。それにお前らはきっとまた同じことをやるだろう。いっそここで全員始末するという手もある。私のこともしっかり見られたしな」
新堂がそう言うと、顔を青ざめさせていたが、怪訝そうにもしている。
「も、もう俺たちは抵抗してないじゃないか!またするかもしれないって理由だけで殺す気か!」
新堂の言葉を聞いた男たちが後ろに下がりながら言った。すっかり最初のころの勢いは消えている。
「なぜ私が銃を持っているかとか気にならんのか?」
新堂がそう言うと、男たちは初めて気づいたような顔をした。そしてある結論に至ったのか、青くなっていた顔をさらに青ざめさせる。
「あ、あんた私服警官かなんかなんだろ?」
むしろそうであってくれと言いたそうな顔をして無事な方の男が言った。私服警官でなければ残る可能性はやくざか犯罪者だものな。
「私は警官だよ。元がつくがな」
そう言うといくらか安心したような顔を見せる。しかしすぐに怪訝な顔になる。
「いや、元警官が銃なんて持っていいのかよ」
そう言ったところで新堂はにやりと笑った。
「持てるわけがないだろう。だからここで消しておこうかと思ってるわけだ。お前らはしっかりと目撃しているわけだからな」
その言葉を聞いた男たちは再び顔を青ざめさせる。
「ま、待ってくれ!言わない。誰にも言わないから……殺さないで!」
無事な方の男はそう言うと、頭を抱えてうずくまってしまった。手を撃たれた方の男は、出血のためかわからないが、つらそうな顔をしてただ見ているだけだ。
……これだけ脅しておけば余計なことは言わんだろう。別にばれるのは構わんが目的を果たす前に捕まるわけにはいかんからな。
新堂はそんなことを思いながら、一歩また一歩と男たちに近づいていく。
「いいか、喋っても構わんが、お前たちもただではすまん事をよく覚えておけ」
押し殺した声でそう言った新堂がトンとおびえる男の胸を突くと男はよたよたと後ずさり、後ろにあった椅子にあたるとそれに座り込んだ。
「ふん」
新堂は鼻を鳴らすと踵を返した。そして足を止めることなく海に向かって身を躍らせる。
「キャッ!」
海面から頭を出すと、水にぬれて恨めしそうに見ている女の子と目が合った。どうやらこっちの様子をうかがっていたらしい。そこに私が何も見ずに飛び込んだからはねた海水をまともに浴びたようだ。
それでもこちらに向かって手を出す女の子の力も借りて、山下の漁船に戻った。そしてゆっくりと漁船はプレジャーボートから離れていった。
読んでいただきありがとうございます。作品について何か思う事があったら、ぜひ教えてくれるとうれしいです。
ブックマークや感想、誤字報告などは作者の励みになります。ページ下部にあります。よろしければ!
忌憚のない評価も大歓迎です。同じくページ下部の☆でどうぞ!