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藤井昭文 島へ3

「しかしいい天気っすね。よかったですね天候はロケハンの天敵すからね」


空を見ながら橋本が言った。たしかに見渡す限りの青空だ。普段は建物なんかに阻まれて見れない範囲まで見渡すことができ、橋本もすっかり見入っている。


「おい。明美見て見ろよ。こんな風景、街じゃ見れねえぞ」


不覚にも少々感動してしまった俺は思わず舳先にいるはずの明美にも声をかけた。


「は?それが何。なんか得があんの?」


舳先で煙草をふかしていた明美が鬱陶しそうな声でそう返事してきた。


「あー、いや。お前はそんな奴だったな忘れてくれ」


俺は顔も見ずにひらひらと手を振って何もなかったことにした。


「気をつけろよ?山もそうだが、海も天候の変化が激しいんだぜ?」


何が楽しいんだが、ニヤニヤとした笑みを貼りつかせたまま鎮太郎が言う。海も?確かに山の天気は良く変わるって聞くけど海もか?

そう思ったが、海に詳しくもなんともないので、黙ってきいておく。どうやら橋本も海の事は得意じゃないらしい。


「でも近場にこんなスポットがあって良かったっすね?どこで見つけてきたんです?」


急に橋本がおかしなことを言い始めた。


「何言ってんだ、お前が見つけてきたんじゃないか。無人島でサバイバルって企画が決まって……じゃあどこにするかって話になって……ん?なんで俺は橋本が見つけてきたって思ってたんだ?」


「えー、藤井さんもっすか?僕も何で藤井さんが見つけてきたって思ったんだろ。藤井さん企画会議の時に居眠りしてて、後から僕に聞いてきましたもんね。なんなら起きていたとしても藤井さんがそんな事調べてくるわけないですしね……って、いや冗談っす。」


「なんだとこの野郎。俺だってたまにゃ動くときもあるぞ、このやろう」


まあ、ごくたまにだがな。心の中で言いながら橋本にヘッドロックを掛ける。


「ちょ、藤井さん。骨が当たって、イタイ……マジで痛いっす」


「はっはっは。まあ、そんな思い込みなんてよくある事さ。無人島の場所なんてホラースポットに行くのが趣味の大学生ミイチューバーって奴が動画にしたりもするんだろ?」


まただ……鎮太郎の顔から笑みが消えて冷たい雰囲気がしている。こいつはまともな漁師じゃないようだな。俺の勘がそう言ってやがる。


俺はそんな考えなどおくびにも出さずに、それでも気になる所もあって聞いてみた。


「随分具体的な例えだな。もしかしてそんな奴を島に連れて行ったことがあんのかい?俺たちみたいに」


そう俺が聞いた時にはもうニヤケ顔の鎮太郎に戻っていた。


「いや、これも誰かから聞いた話さ。俺はそんな事したことないなぁ。船に人を乗せるのもアンタらが何年ぶりかなってくらいさ」


鎮太郎はそう言うと視線を島の方に戻した。俺が調べたところによると、今から向かう忌み島はかつては少ないが人も住んでいたし炭鉱が見つかって賑やかになるかと思われたがそうはならなかった。

例の集団失踪事件の時にも初動捜査の遅さがだいぶ取りざたされていた。その原因は忌み島の特殊な環境にあるらしい。

なんでも忌み島周辺は大きく複雑な海流がいくつもぶつかってる場所で、時間や潮の満ち引きによって、潮の流れも強さも向きすら変わる難所なのだという。

それならば潮流に影響をいけにくいデカい船なら大丈夫かって言うとそうでもなく、忌み島を取り囲む広い範囲で海底から隆起した岩礁地帯が広がっているそうだ。

だからもちろんデカい船は近づけないし、小さい船は複雑な潮流と、地元の漁師でも覚えきれないほどの岩礁のせいで慣れない人が近づくと、文字通り海の藻屑になってしまうらしい。


今ならヘリでも飛ばせばいいだろうが、事件の起きた時代はそんなもんおいそれと飛ばせるような時代でもなく、警察がようやく上陸した頃にはすべての痕跡が消えてしまった後だったそうだ。


自分から言い出して、俺たちを乗せるって言うくらいだから、鎮太郎は忌み島に行く事に()()()漁師なんだろうが……大丈夫だよな。


ふと心配になって鎮太郎を見ると、鼻歌交じりに舵を動かしている。海面を見ても危険な様子はないし大丈夫なんだろうと思う事にした。そんな時に波の滴でも飛んできたのか、気圧の変化か……なにか薄い膜を通り抜けたような感覚に襲われた。

何だったのか聞こうと思った時、鎮太郎は大げさな身振りをしながら言った。


「見えてきてぜ。お客さん!あれが忌み島だぁ」


楽しそうに冗談めかして鎮太郎は言ったが、俺たちは思わず目を瞠っていた。島の形が三日月みたいにしているのは画像で確認している。

遠目から撮ったスチールなんかも見て来たが、こうして間近に見ると迫力が違う。島は見える範囲のほとんどが断崖絶壁ばかりで、激しく叩きつける波が白いしぶきを散らしている。何者も上陸することを拒んでいるように見える。しかもその絶壁にもうっそうと茂った植物が半分以上覆ってしまっていて、その下には海鳥のものだろう、岩が真っ白になるほどのフンが積もっている。

人が立ち入っていない事は確かのようだ。


しかもふと気づくとさっきまで滅多にないくらいの快晴だったのに、今は薄暗く重そうな曇天に変わっている。今にも雨が落ちてきそうな暗い雰囲気とあわさり、忌み島を不気味に演出するのだった。


しかし、船はそんな事はお構いなしに島を半周して古ぼけた船着き場に着いた。


「よっと!これで終わりかぁ?」


漁船側に鎮太郎、陸地側に橋本が位置取って、俺が間に入り荷物を中継させることで、スムーズに機材を下ろしてしまった。最後に一番大きい()()の手を引いて陸地に下ろすと完了だ。


「おう、じゃあ三日後の午後、また迎えにくるからよ。なにかあったら遠慮なく連絡するんだぜ」


エンジンをかけて出発の準備をしながら、鎮太郎はそう言ってきた。連絡先は橋本が聞いている。何でも今時珍しく携帯を持っていないらしく、家電の番号だったらしい。


「あ、ちょっと待ってください。」


橋本がそう声をかけると、すでにわずかに船着き場から離れていた船に飛び乗った。そして鎮太郎のポケットに封筒をねじ込もうとしている。


「おいおい、礼はいらねーっていったろう?そんなつもりで乗せたわけじゃないんだ。俺にも目的があってやってんだからきにすんなって」


そう言って謝礼を固辞しようとする鎮太郎に、ポケットを破る勢いで封筒を押し込んでいる橋本。ぜひ服が破れる前にどちらか折れてほしい。謝礼の範囲で弁償できるならいいが……たまに冷やかしで見るブランドショップの中には、お風呂に入る黒猫がトレードマークの庶民派ショップ「湯にクロ」と見た目が変わらないようなシャツが、ゼロを二つばかり余計に引き連れた値札を下げていたのを見た事があるからなぁ。

アレを見て以来たかが洋服とは言えなくなってしまっている。


幸い、鎮太郎のシャツは無事なうちに謝礼は受け取って貰えたようで、橋本は一仕事終えた顔で戻ってきた。……今船はもう1mくらい離れてなかったか?


エンジンの音が大きくなったので顔を上げると、鎮太郎の船が回頭して船着き場を離れようとしていた。俺が軽く手を上げてみせると、ニヤッと笑った鎮太郎が大きく手を振って漁船は動き出し、波に模様を残しながらまっすぐに離れて行った……


「いい人でしたねえ」


しみじみという橋本の頭を殴る。


「あいた!」


「そんなセリフは全部終わってから言うんだよ。ほら!これ以上天気が悪くならないうちに機材を運ぶぞ。拠点になりそうな場所があればいいんだが……」


……できれば明美がギャーギャー言わない程度の建物があればなおいいんだけどな。

心の中で明美に毒づきながら、おれは重い機材の入った箱を抱え上げた。

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