藤井昭文 島へ2
本日3話投稿してます!
「いや、すいませんね!ここあまり漁師さんいないんですね。おかげで助かります」
にこやかに漁船に向かって大声を張り上げる橋本の所へ歩いて行く。
「ほんとに乗せていってくれるってか?」
「はい!なんでも自分もなんか目的?用事?があるらしくて。一緒にどうかって、あちらさんから声をかけてくれたんすよ」
どうやら橋本も買い出しのついでに声をかけまくったが、ことごとくダメだったらしい。とりあえず買い物だけ先に済ませようと店を出たとこで声をかけられたとか。運のいい奴だ。
やがてエンジンをスローにして、船をロープで固定した男性がこっちに向かって歩いてくるのが見える。
俺は声を潜めて橋本に問いただした。
「おい、謝礼の事なんか言ったか?めちゃくちゃ吹っ掛けられるなんて事はないんだろうな?」
「はい、そんなにたくさんは出せないんですが……からスタートしてますんで。後の交渉は藤井さんお任せっす」
軽い調子で仕事を丸投げしてきやがった。まあ、変な金額を口走るよりはましかと、もうそこまで来ている男性に向かって営業等の笑顔を作って話しかける。
「ああ、すいません。プチテレビの者なんですけどね?今度番組で無人島でサバイバル二泊三日っていうロケをやるんですが、協力者を募っていたんですよ。なんでも協力いただけるとか!」
プチテレビは民法のなかでもトップを争う放送局だ。まあ俺が務めているところはそこの傘下の傘下くらいだが、
グループ企業には間違いないのだ。名刺を出しながら愛想よく男性に話しかける。
男性は見た所40前後か。海の男って感じで鍛えられて日焼けした体をしている。ただ、その顔には薄く笑みが浮かんでいて、よく言えば親しみやすい、悪く言えば何か裏がありそうな雰囲気を出している。
ただ、この際贅沢は言ってられない。なにしろ限られたスケジュールの中で、二泊三日分の映像素材を持って帰らないといかんからな。
「ああ、忌み島に行きたいんだって?あそこもひと昔前は炭鉱とかもあってそこそこ人が出入りしていたんだけどねぇ。今じゃ地元の漁師も近づきたがらない所だ。あんたら、もう何回か断られてんだろ?」
男性はニヤリと笑うと、クックッと含み笑いのように笑うとそう言ってきた。まさにその通りなので俺が言葉に詰まっていると男は吹き出したように笑いだした。
「いや、悪い悪い。漁師たちは縁起とか験を担ぐのが多いからな、無理ないのさ。その点俺は変わり者だからな」
自分でそう言いながらまた、クックッと笑って右手を出してきた。どうやら親しみやすいほうだと俺は判断する。
「いや、実はそうなんですよ。困っちゃってまして……ほんとに助かります。少ないですけど謝礼金も出ますんで」
ここで先に謝礼を出すことを言って、金額をぼやかしとけば、後から少ないって思ってもほとんどの人が文句は言ってこない。あまり先に言うと金額を交渉しようとしたりするので、言うタイミングが重要だ。
さらっと言って握手に応じると、男性は苗字は呼びにくいから名前で呼んでくれとそう言った。
男は鎮太郎と名乗った……
「まあ、ついでみたいなもんだから気にしないでもいいんだけどな」
鎮太郎は金額を追求せずに流してくれた。俺は心の中でガッツポーズをする。超低予算の番組のディレクターなんてやってると予算をオーバーした分は自腹なんて事も珍しくない。今回は懐が痛まずに済むようだ。
「それで?アンタら三人だけかい?人は」
俺が内心ほっとしているとさっそく鎮太郎は動いてくれるようだ。気が変わらないうちに急がないとな。
「あ、そうです。人は三人で……あとは撮影機材が結構あるんですが……」
俺が申し訳ない雰囲気を出しながら言うと、鎮太郎は「そこの軽バンで運んできたんだろ?なら問題ないよ!こっちに着けて載せ替えな。手伝うからよ!」
腕まくりしながらそう言ってくれる。今回はかなり当たりのようだ。俺はホクホクしながら車に向かった。機材車の後ろではいまだに不貞腐れていうのか、明美が煙草をふかしていて橋本がなんとかなだめようとしていた。
「ちっ!」
せっかく気分良かったのに身内が足引っ張りやがる。
「橋本!もういい。俺たちだけで行くぞ」
嫌になった俺は半ば自棄でそう言った。チラリとこっちを見た明美がそんな事できるわけがないと言いたそうな顔でいる。
しかし俺の言葉でその余裕は崩れ去ることになった。
「いいから!島の風景とそれっぽい素材を持って帰って、後はゲストのアイドルを合成ではめ込んでやる。」
「でも、そんなことしたら不自然すぎて視聴者から……」
「大丈夫だよ!今回のゲストは今人気絶頂のアイドルだぜ?そんなアイドルに危険な仕事させるわけがないって勝手に納得するさ。それにそうなると来週からゲストの席が一つ空くから、向こうさんの落ち目のアイドル用に提供してやればお互いが得する話だろ!」
そう言うと俺は、橋本のほうも明美の方も見ずにさっさと機材を運び出した。それを鎮太郎に渡して船に乗せながらちらっと見ると、慌てて何かを言う橋本と、明らかに余裕をなくした明美の姿が見えた。
この世界は、深夜の誰も見ないような番組でもレギュラーを持っているのといないとでは色々と違ってくる。収入面はもちろん、他の番組の出演交渉の時だってレギュラーを持っている芸能人は少しだけ強気にでれる。それだけテレビに顔を出すって言う影響力は大きい。比べてレギュラーも持っていない芸能人だと、制作側が強気に交渉してくる。
華やかなテレビ業界も裏側は色々と世知辛いのだ。
案の定、渋々の様子だが明美も動き出し、こっちに歩いてくる。
そして次の荷物を取りに戻る俺と目が合うと、「フン!」と露骨に鼻を鳴らして漁船のそばで次の煙草に火をつけた。
荷物を運ぶ手伝いをする気は微塵もないらしい……
「藤井さん、今回は明美さんも反省してますんで……」
と、なぜか橋本が頭を下げてくる。お前は明美のマネージャーか。あいつのわがままに四六時中振り回されて誰も付きたがらないって有名なんだぞ。実際今日も来ていない。日程の段取りだけ電話でやり取りしただけだ。
「おめぇも甘いなあ。そんなんじゃお前がつぶれんぞ?」
俺がそう言うと、「ハハハ」と橋本は頬をかく。
それからほどなくして、車から機材一式を鎮太郎の漁船に載せ替え、ようやく陸地を離れる事が出来た。
「何とかなりましたね藤井さん」
タオルで汗を拭きながらニコニコして橋本は言う。こいつはおれの三倍くらいの量を運んだはずなんだが、相変わらず化け物じみた体力をしている。
しかしまだ安心するには早いのだ。
「ば~か。まだ島がどんな状態かもわからんし、パッと見その辺の海岸と変わらんようなら使う事もできん。島について下見が終わってから言うセリフなんだよ」
そう言いながら、かるく胸にパンチをするとまるで中身の詰まったタイヤを殴ったみたいな感触だった。
「あ、そっか。へへ」
橋本は苦笑いをしているが、俺は内心ドン引きだった。どんな筋肉してんだよこいつは……
そんな内心をごまかすように舵を動かしている鎮太郎に話しかける。
「で、そこんとこどうなんだ?いかにも無人島ですって所がいいんだけど」
すっかり親し気に話すようになった鎮太郎にそう言うと、少し考えて答えた。
「あー、俺も上陸はあんまりしないからなぁ。島に行くのも久しぶりだし。でも古ぼけた集落があったり、島の北側は人の手が入っていないから、雰囲気はでるんじゃないか?」
そう言って鎮太郎が請け負ってくれた。
「でもそんなに離れてないんだろ?ほんとに無人島なんだろうな?権利関係とか残ってると面倒なんだよ。」
いかにも面倒くさそうに俺が言うと、それまで浮かんでいたにやけ顔をスッと消して言った。
「ああ、それは問題ない。間違いなく無人島さぁ」
……何となく背筋に悪寒が走った。それまでのとっつきやすさが一斉に鳴りを潜めた感じだった。しかし次の瞬間には元に戻っていた。だから俺は気のせいだと、そう思う事にした……
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