藤井昭文 島へ1
「はあ?忌み島に?冗談じゃない。無理だね。」
「そこを何とかお願いできませんかねぇ。テレビの撮影なんですよ」
忌み島の名前を出した途端、急変した態度に辟易しながらなおも食い下がって見る。
「俺は嫌だよ。他を当たんな」
取り付く島もない。もう話すことは無いとばかりに俺を押しのけるとその漁師は自分の軽トラに乗るとどこかへ走って行ってしまう。
はぁ……これで何回目だ?断られるの……普通はテレビの撮影だって言ったらもう少し好意的に対応してくれる人も多いってのに。
肩を落としながらポケットからくしゃくしゃになった煙草を取り出す。
「くそ。最後の一本かよ……そういや、コンビニも近くになかったな」
もう一度特大のため息をついて、100円ライターで火を点けて煙を吐き出す。
俺の名前は藤井昭文。しがない地方のテレビ局のディレクターだ。ディレクターと言っても有名な番組にはほとんど関わる事もなく、せいぜい深夜枠の色物番組に携わるくらいのものでしかないが……
もう一度深く煙草を吸いこんで紫煙を吐き出す。最近はろくに煙草を吸う所もないが、まわりには自然しかないようなこの場所なら文句を言う人もいないだろう。
今回の目的は俺が担当している深夜クイズ番組で最下位になった奴が罰ゲームをしないといけないルールになっている。今回の罰ゲームは誰もいない無人島でサバイバル二泊三日という内容なのだ。
誰が見つけて来たのか知らないが、この地方の沖に忌み島といういかにもな名前の無人島があるということから、罰ゲームのため島に渡してくれる猟師に交渉をしていた所だ。
ところが予想に反して誰も行きたがらないときたもんだ。これがゴールデンタイムの番組なら豊富な予算で漁船でもなんでもチャーターするんだろうが、俺が関わるような番組にはそんな予算はない。
「はあ……」
またため息が出る。こうまで憂鬱なのは、渡してくれる漁船が見つからないとういう事だけではない。荷物を置いている所に戻ると、その憂鬱の原因が早速声を上げる。
「ちょっと!まだ見つからないの?潮風って肌に悪いんだけど?予定だって詰まっているんだからね!」
嘘をつけ。予定なんてガラガラだろうが。
心の中で言い返す。迂闊に口に出そうものならヒステリックな反撃が数倍になって返ってくるのを身に染みて分かっているからだ。
キツイ調子で文句を言ってくるのは『指方明美』公称28歳。実際は34歳のアイドル崩れだ。一時期は映画にも多数出演していたが、その態度と後から実力を伸ばしてきた後輩にあっという間に人気も、実力さえ追い抜かれてしまい、こんなB級番組の常連となっている。
ただ今回は、本当なら罰ゲームは明美がするはずではなかった。本当の最下位は映画の番宣かなにかで出演していた若いアイドルだったのだ。
ただ、相手は大手プロダクションの売り出し中のアイドル。この番組の罰ゲームは過酷な事がウリだからそんな罰ゲームを売り出し中のアイドルにさせる訳がなかった。番組も終わりかけの頃、相手方のマネージャーらしき男が声をかけてきた。
「まさかうちの子に罰ゲームとかさせないよねぇ」と。
わかっているだろう?という事だ。俺は黙って明美にわざと間違った回答をするよう指示を出すしかなかった。いつもの明美ならそんな指示など平気で無視する事もあるのだが、今回は相手が悪かった。明美もこの業界に入ってそれなりに長い。
そんな事をすればどうなるか分かっているのだろう。しばらくいや、下手をすれば永遠に明美の姿をテレビの画面で見る事はなくなる。
苦虫を100匹ほど噛みつぶして飲み下したような顔で明美は回答を間違い、最下位になったのだ。
それだけに今回ばかりは少しかわいそうと思わないでもないわけだ。
「ねえ藤井ちゃん、私にも一本ちょうだいよ」
煙草をふかしている俺を見て、明美は手を伸ばしながら言ってきた。
「悪ぃな。最後の一本だったんだ。てか、お前たばこなんか吸ってるところ誰かにみられたらどうすんだ」
空になりつぶされた煙草のパッケージを見せると、明美は舌打ちして言い返してきた。
「こんな田舎で誰が見てるっていうのよ。誰もいないじゃない」
そう言って明美は車の後部ゲートで作った日陰に戻って行った。
「……まあな」
俺はそれだけ言って周りを見る。ここは船着き場で、漁船も泊っているのだが、人の姿がない。さっき声をかけた漁師もようやく見つけたほどだった。
さっきの漁師は逃げるように去っていったので、もう見える範囲に人の姿は見当たらない。
……どうするよ、これ。
俺は何度目かしれない大きなため息をついた。
「藤井さ~ん!」
そこに場違いなほど元気のいい声が聞こえてきた。見ると軽の箱バンに乗った若者が運転席からこっちに手を振りながら船着き場に入ってこようとしていた。
撮影機材を満載した箱バンは滑るようにやってきて、俺の前で止まった。その運転席から、両手にビニール袋をさげ、体格のいい男が降りてくる。
「買ってきましたよ!水と食料、煙草に日焼け止めもろもろ!」
男はそう言って両手のビニール袋を掲げて見せた。
こいつは橋本征治。俺の下で働く唯一のアシスタントディレクター、いわゆるADってやつだ。真面目で元気がよく、体力もあり重宝している。
俺の下にいても出世は望めないとすぐに離れる若手の中で、こいつだけはなぜかそうしなかった。
俺には少しおバカだが忠実な大型犬に見えているが……
今回の撮影は無人島でサバイバルを行うというやつで、映すのは現地で手に入れた物で飢えと渇きを凌ぐ。というシチュエーションだが、その裏側ではたんまりと飲み食いできる物を持ち込んでいくのだ。
考えりゃわかる事だ。サバイバルといっても演者が一人で行動しながら自分で撮影して……なんてことができるわけがない。実際には撮影スタッフが同行している。じゃあ撮影スタッフの分も現地で水や食べ物を調達するのか?
そんなもん無理に決まっている。最低でもだいたい3〜4人いるのだ。機材も充電が必要だし、雑に扱われて壊されても困るしな。
早速自分の分のタバコと飲み物を要求する明美に袋を渡しながら、橋本はやけに機嫌良く近寄ってきた。
「どうですか、現地の協力者。いい人いました?」
そう言ってきた橋本に、何も言わずに首を振る。ちなみにここでいう、「いい人」とは、撮影に快く協力してくれて、謝礼を要求してこない人の事だ。
俺の様子を見て、橋本は苦笑いしていたが、それなら!と身を乗り出して話し始めた。
「実はですね、買い物してる時に店員にも協力してくれる心当たりないか聞いていたんですけど、たまたまそこに居合わせた漁師さんが、なんなら船出そうか?って言ってくれたんですよ」
「ほんとか!で、その人は?」
「ここで待ち合わせしてるって言ったら、直接船を回すって言ってくれて……もしかしたら、もう見つかってるかもしれないからって言ったんですけど、まぁとりあえず来てみるわ!って気さくな人でしたよ」
橋本の言う事が本当なら、言葉の通り渡りに船というやつだ。俺が、思わず海を見渡すと、少し離れたとこから近づいてくる漁船らしきものが見えた。古い小型の漁船だがこの際贅沢は言ってられない。素材を撮らないと帰れないんだから。
近づいてくる漁船に対して、橋本が際まで走っていって手を振っている。それに気付いたのか漁船は少し速度を落としてこっちに向かって来た。
「ねえ、何のあれ」
いつの間にか俺の後ろに明美が立っていて、同じものを見ていた。
「まさか、あんなオンボロな船で行くんじゃないでしょうね?」
「そのまさかだが?お前も今の状況はわかってんだろ?」
「はあ?冗談じゃないわ。私にあれに乗れっていうの?もっと立派な船をチャーターしてくればいいじゃない!」
この女は……俺は思わず舌打ちして、語気荒く言い返す。
「どこにそんな予算があるんだ?こんなB級番組でそんな予算があるわけねぇだろうが。」
「私は嫌よ。」
しかし、明美はそれだけ言うとプイッと踵を返して行ってしまう。
怒鳴りたくなるのを我慢して、静かに言った。
「じゃあ帰れよ。お前ひとりでな。罰ゲームの素材持って帰んないと来週からお前の席はないぜ?」
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