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回想 新堂の過去4

「なんだこれは!?」


間宮医師と共に駐在所に入り、とりあえず一服しようと私は湯沸かし室で茶を入れ、間宮医師はその間に知り合いに連絡する事になった。

そしてお茶を入れて執務室に戻ろうとした時にその声が聞こえてきたのだ。


「間宮さん、どうかしたんですか?」


私がそう尋ねると、間宮医師は憮然とした表情で机の上の電話の後ろから電話線を引っ張った。その電話線の先は鋭利な刃物で切られたようにすっぱりと切れていた。


「さっきから何度かけてもうんともすんとも言わんからおかしいと思ったのだが……これはどういう事だ?」


「それは私が聞きたいくらいですよ。昨日の定時連絡の時にはちゃんと使えたんです」


私は惰性でお茶を間宮医師の前に置いて自分の分に口をつけた。


「自然に切れたって感じじゃないな……いったい誰が」


切れた電話線を見つめながら間宮医師はお茶をぐびりと飲んで、熱っ!と叫んだ。


「おお、戻っていたか。今日は大変だったね」


そう言いながら駐在所の入り口に姿を見せた御仁がいた。年齢は80をとっくに過ぎたというのに矍鑠(かくしゃく)としていて、住民の良き相談相手となりながら島の当主としての務めを果たしている、日之重甚右衛門(ひのえ じんえもん)氏だった。


「鉱山での事は私も聞いた。住民たちを止めてくれてありがとう、このとおりだ。」


そう言うと甚右衛門氏は真っ白の上品な白髪を後ろに流して整えてある頭を深く下げた。


「い、いやそんな!私は警官として当然のことをしたまでで……」


慌てて甚右衛門氏の頭を上げさせようとしたが、一本柱でも入っているのか、甚右衛門氏の体はビクともしなかった。そして十分に頭を下げた後、私の顔を見てにこりと笑うと満足そうに言った。


「その当然の事が出来ない連中が増えてきているんだ。君は立派な警官だな、そのままでいてほしい」


甚右衛門氏は島の発展に生涯をささげ、崇高な志を持っている。私財をはたいてまで島に駐在、医院、学校を誘致するなんてことは誰にでもできる事ではない。当時私は甚右衛門氏を尊敬していた。阿久津興産の件だけは引っかかるものがあったが、それまでの実績からそこまで心配していなかったのも事実だ。そんな甚右衛門氏から手放しに褒められて、その時私は何と返したのかも覚えていないよ。とにかくうれしかったのは覚えているがね。


「私もすぐに駆け付けようと思ったのだが、少し問題があってね」


「問題?」


間宮医師の顔が曇る。おそらく私も同じような顔をしていた事だろう。


「実は私の家に泥棒が入ってね、何も盗まれた物はないんだが電話線を切られた。それだけならよかったんだが、その泥棒が逃げるときに孫の由香とぶつかって転んだんだ。その時に顔も見ているし一応君に伝えておこうと思ってね。それと何かあった時は本土のほうに連絡をすることになっているんだ。すまないが電話を借りれんかな?」


甚右衛門氏がそう言った途端、私と間宮医師は思わず顔を見合わせていた。

ここの電話線も切られていたことを話すと甚右衛門氏の顔が曇る。



「そうか、ここも切られていたのか……」


そう言うと甚右衛門氏は、初めて表情を変えた。それまでは余裕も失わないというか、泰然とした雰囲気を持っていた。少しくらいのトラブルがあってもこの人に任せておけば大丈夫であると思わせる雰囲気をもっている。ただ、この時一瞬だけ見せた顔は、苦しそうな、それでいて何かを後悔しているような……そんな顔だった。普段絶対に見せないような表情なので印象に残っている。けして弱音や迷っているところを人前で見せない人だったから……


「これは少しいけないね……鉱山に行こう。管理者はまだいるだろう、付き合ってくれるかな?」


甚右衛門氏はすぐにいつもの泰然とした表情に戻ると、私たちに向かってそう言ってきた。



間宮医師も同行すると言うので、共に駐在所を出て施錠をしていると近づいてくる足音がある。甚右衛門氏は住民に絶大な信頼を寄せられているので、顔を見ると誰かが話しかけてくるので気にしないでいると、やはり足音は私たちの近くまで来て止まった。


「おじいさま……」


若い女性、いや少女と言っていい声だ。施錠が終わり振り返ると、甚右衛門氏の前に十代半ばくらいの少女が立っている。


「おお、由香。どうしたんだい?屋敷にいなさいといっただろう?」


柔らかくたしなめる甚右衛門さんの声は孫の事が愛おしいのだろうと感じさせるものだ。


「ごめんなさい、その……」


由香ちゃんは言いつけを守らなかった事が後ろめたいのか、何かを言いずい事があるそうな雰囲気を出している。甚右衛門氏もずぐにそれに気づき、膝をかがめて由香ちゃんと目線を合わせる。


「どうしたんだい?由香が何もなく言いつけを守らないはずがないものなぁ。構わないから言ってごらん」


優しく甚右衛門氏が言うと由香ちゃんが話し出した。


「その……はっきりとはわからないんですが、お社のほうが騒がしくて……」


それを聞いた甚右衛門氏の顔がはっきりと曇った。電話線の事など問題にもならないくらいの違いだ。


お社とは代々島の長である日之重家が管理してある島の神域にある。住民は入ることができず、日之重の人間しか入ることはできない。せいぜいお社があるという小高い丘の裾に作ってある住民用が礼拝できる祭殿に行くくらいだ。


「行ってきた……わけではないね?そう感じるのかい?」


甚右衛門氏が言うと、由香は頷いた。


「そうか……もしかしたら由香の番なのかもしれないねえ。」


深く感慨を込めて甚右衛門氏はそう言った。とても私たちが口を挟めるような、そんな雰囲気ではなかった。お社に祀ってあるのは島の守り神であるとか、これまでに亡くなった島民を供養しているのだとか聞いたことがあった。お社に関する神事は、維持管理を含めてすべて日之重の一族がやる。他の者は立ち入ることもできない。

特に封鎖してあったり、24時間体制で監視してあるわけではない。しかしこの島の住民はまじめというか、素朴というか……決まり事に対してとても従順だ。昔からの言い伝えや習わしなども守られ続けている。日之重の人間が一言入ったらだめですよ。そう言うだけで絶対に近づくこともしないだろう。


だから時の甚右衛門氏の言葉の意味は私はおろか、間宮医師にもわからなかった……






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