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回想  新堂の過去2

それから幾度も間宮医師は駐在所に愚痴を言いに来てはお茶を飲んで、鉱山の事を話して帰っていくことを繰り返していた。私も鉱山に何度も足を運んだ。私はともかく警察の制服の効果は意外と高い。頻繁に制服が立ち寄るところは犯罪率が落ちるというデータもあるのだ。


甚右衛門さんや、鉱山で働いている島民にも積極的に話しかけ、内情を聞こうとしたが鉱山の話になると、皆一様に口が重くなるのだ。


絶対に何かある。そう思ってはいた。しかし、それはあまりにも突然やってきた。


「寒くなってきましたね」


警らを行い、駐在所に戻ろうとした時、畑に杉田さんの姿が見えたからいつものように声をかけた。しかし杉田さんは明後日の方向をみたまま、こっちを見ようともしない。


「聞こえなかったのかな?耳は遠くなかったんだけど。杉田さあ~ん!精がでますねぇ!」


杉田さんの畑の隣の隣で畑仕事をしていた松野さんがこっちを見たので会釈しておいたが、肝心の杉田さんはまるで何事も無いように畑をいじっている。


「もしかして何か起こらせるような事をしたかな?」


そう考えてみたが、心当たりはないし温厚で有名な杉田さんが人を無視するなんて田舎でやれば自分が爪弾きにされるようなことはするわけがない。


どうしても杉田さんの態度が気になった私は、自転車をそこに立てかけ杉田さんの畑に入ろうと柵に足を掛けた時だった。


「新堂さん!新堂さ~ん!」


自転車に乗って勢いよく坂を下ってくるのは、間宮医師のとこで働く津田という看護師だった。


津田看護師は速度を落とさないまま私の方にやってくると自転車から飛び降りた。


「うわっ、ちょっと!危ないでしょう」


「すいません…………きんきゅ……事態……なんで……」


「落ち着いてください。そうゆっくり……深呼吸して」


私の言う通りに深呼吸をした男はようやく話せるようになった。


「鉱山で落盤事故が起きました……」


「なんだって!?」


津田の口から衝撃の内容が告げられる。正直なところ、安全管理を怠っていると疑いをもってからずっと、落盤の可能性については頭の中にあった。それでも実際に起きたと聞くとかなりの衝撃をうける。


「お昼前くらいに医院に鉱山で働く方が駆け込んできて……すぐに先生は現場に向かわれました。私も一緒に行こうとしていたら、新堂さんに伝えに行くように言われたので」


津田看護師は真っ青な顔をしてそう言った。どうやら間宮医師はすでに現場に向かっているらしい。それならば私も至急向かわないと……どういう状況か行ってみないとわからないし、助けられるなら一人でも多くの人を助けなければならない。私は警察官なのだから。


動揺する心を押し殺して私は自転車で採掘現場に向かった。すでに現場付近は騒然としており、異様な緊張感に包まれている。

そこであわただしく動く鉱夫に紛れて、見覚えのある薄汚れた白衣を見つけた。


「間宮さん!」


声を掛けながら近づいていくと、間宮医師は疲れた表情をして顔をあげると近寄る私を見た。


「おお、新堂君か。最悪だよ、危惧していた事が起きてしまったな」


苦虫を口一杯噛み潰したような表情の間宮医師が言う。それまで間宮医師が診ていた男はひどいけがをしていて頭が原型をとどめていない。


その男を見る私の視線に気づいた間宮医師は悔しそうに首を振った。


「情報が錯綜してるが……坑内で落盤が起きたのは間違いないみたいだな。しかもまだだいぶ取り残されていうのがいるらしい」


「そんな!早く助けないと……救助隊は?」


まだ坑内に人が残ってると聞き、早く助けないといけないという事ばかりが頭を支配した。そんな私を間宮医師がやんわりと制する。


「落ち着け。落盤の規模がわからん……何も考えずに中に入れば二次災害が起きるかもしれん。しかも聞いた話じゃガスかなんかが出てるのかよくわからないんだが、坑内で錯乱して暴れている奴もいるらしい。とにかく今坑内に入るのは危険だ。」


そう言うと間宮医師は白衣のポケットから煙草のパッケージを出した。ワイルドな男性が横一列に七人並んでいる姿が有名な煙草だ。私は喫煙しないが、それでも「ワイルドセブン」という名前は知っている。

間宮医師はとんとんと底の部分を叩いて煙草の頭を出して咥えた。どうやらそれが最後の一本だったらしく、小さく舌打ちするとからのパッケージをくしゃくしゃと握りつぶす。


「ともかくだ、ここの鉱山には深く掘って行った時の換気も兼ねた酸素供給用のポンプがある。それを動かして中に残っている奴らに酸素を送ってやらないと窒息する可能性がある。それにこういう現場には災害が起きた時の緊急マニュアルってのがあるはずだ。まずはそこからだな」


くわえた煙草に火をつけながら間宮医師は立ち上がって端の方に据え付けてある現場事務所のプレハブを見た。


……そういえば、落盤というトラブルが起きているにも関わらず、現場管理の福里の姿が見えない。真っ先に動いていなければいけないはずだ。


福里の姿を探してきょろきょろとしていると、間宮医師が私の肩をぽんと叩いた。そしてくわえタバコのまま、あごで現場事務所をさす。


「まさか……」


それ以上は言葉にならず、私は足早に現場事務所に向かった。間宮医師も後ろからついてきている。


事務所の入り口を乱暴に開けると、雑然と物の置かれた机が四つほど並んでいて、その一番奥に福里はいた。机に座って頭を抱えていたのだ。


私は無言でつかつかと歩み寄って、福里を乱暴に掴んで立たせた。


「何やってんだアンタは!こんなとこでショックを受けてる暇があるなら、やらないといけないことがあるだろうが!」


自分が思っているより、大きい声が出た。


福里は怒鳴り付ける私の顔をぼんやりとした顔で見るとすっと視線をそらした。その様子にかっとなった私は思わず殴り付けそうになり、拳をにぎった。


「やめとけ。こんな奴殴っても何にもならんよ」


その拳を間宮医師が握って止めてくれた。そして私と場所を変わるようにして福里の前に立つ。


「おい、俺は言ったよなぁ?安全対策を怠ったいまのやり方じゃ事故がおきるって……お前ならはなんつったよ、自分たちには培った経験と知識があるから大丈夫だ、これまで事故は起きたことはないって言ったな?これはどういう事だよ?」


福里は私が手を離すとふらふらと椅子に座った。そして話かいる間宮医師の顔を見ようともせず、また頭を抱えた。


「聞いてんのかテメエ!なんにせよテメエには責任つうもんがあるだろうが!こんなとこ座ってないで少しでも一人でも助かるように動かないといかんだろうが!」


間宮医師は福里の机に拳を振り下ろしながら言った。振り下ろされた拳が机をたたいた時の音にはビクリと肩を震わせたが、言っている事には何の反応もみせない。


「おい、何被害者みたいな顔してんだ?お前は100%加害者だろうが、さっさと換気システムを動かしやがれってんだ!」


その福里の様子にはさすがにこらえきれなかったのか、乱暴に襟首をつかんで立ち上がらせる。そして鼻がつかんばかりに顔を近づけて怒鳴り付けるが福里は反応を見せない」


「ちっ!」


それに大きく舌打ちをして間宮医師は乱暴に福里を離した。がたんと音をさせながら福里が力なく椅子にもたれかかるようにすわる。


「この使えんクソ野郎に何を言っても無駄みたいだ。新堂君、壁にある機械が換気システムだ。緊急運転にして換気するんだ、私は酸素供給のポンプを……」


「…………んだよ」


椅子にしなだれかかったままの福里から消え入りそうな声が聞こえた。私も間宮医師も福里に注視する。


「無駄なんだよ……換気システムなんて形だけの設備なんだ、ほんの表層の空気をかき混ぜるくらいしかできない……落盤がおきたのは一番奥の坑道だ。換気用の配管はおろか、補強用の矢板もまともにしていないとこだ。無駄なんだよ、みんな死ぬんだ……そしてトラブルが起こった現場の私も切り捨てられる……責任は私が全部背負って死ぬことになるんだ、いまさら何を騒いでも無駄なんだよ!」


最後の方は叫ぶように言い出した福里だったが、全部言い切る前に黙らされた。間宮医師が殴りつけたのだ。


「何わめいてんだよ。手前は立派な共犯者だろうが。お前が切り捨てられようがどうしようが知らねえがお前は罪をあがなうまで生きてもらう。知ってる事は洗いざらい吐いてもらうぞ」


そう間宮医師が低い声で言うと、福里は初めておびえたような目で間宮医師を見てすぐにそらした。こいつには何を求めても無駄なんだろう。そう考えていた時だった。


ジリリリンと事務所の机に置いてある電話が鳴った。全員がその黒い電話に注目する。福里はベルがコールを繰り返すたびに顔色が悪くなっていく。


「おい、出ろよ。余計なことはしゃべるな。俺たちがここにいる事は言ってもいい」


間宮医師がそう言うと震える手で受話器を取った福里が消え入りそうな声を出した。


「もしもし……」

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