藤井昭文 明美2
少し休憩するつもりが、疲れていたのかしっかりと眠ってしまっていた。橋本に揺り起こされ時計を見ると17時すぎを指している。
「あ~あ、ちょっと休憩するつもりがすっかり寝ちまってた。明美は?」
俺を起こしたあと、機材のチェックをしていた橋本に聞いてきた。
「明美さんなら、もう30分も前からメイクをしていますよ」
どうやら俺が一番のんびりしていたらしい。といっても、特に台本があるわけでもない罰ゲームの様子を撮影するだけだ。言ってしまえば俺がやる事なんて何もない。
たくさん素材を撮って帰っても番組で使われるのは数分だ。
もとよりあまりないやる気もでずに、俺はもう一度大きなあくびをして立ち上がると玄関に向かった。
「どこいくんですか?」
気付いた橋本が聞いてくる。
「しょんべん」
「ああ、ごゆっくり」
そんなやり取りを交わしながら、おれは靴をつっかけて玄関を出ると裏側に回った。植え込みの陰で用を足していると植え込みを隔てて向こう側が道になっている事に気付く。どうやらこの屋敷のそばを細い道が通っているようだ。
「だから何だって話だけどな。うう」
用を足し終えて、その場を立ち去ろうとしてその道の先に目をやった時、人影が見えた気がして立ち止まった。
「いや、ここは無人島のはずだし人がいるわけないんだが……」
逆にいてもらっても困るのだ。知らない間に映りこんでしまったらその素材は使えない。さらにもし誰かが管理でもしているところなら権利関係が面倒だ。
そのわずらわしさを思い出して、思わず舌打ちすると俺は先が見えるところまで移動して目をこらしたが動くものはない。
「気のせいか?」
そう言って屋敷に戻る。一応後で橋本に確かめさせるか……
そんなことを考えながら。
それから屋敷に戻ると、橋本も明美も準備を終えていたので、そのまま撮影に行くことになった。
「よーし、明美!今日一日探したが、食いもんも飲み物も見つからなかった。日も暮れてきたから、森に作ったねぐらまで帰るところだ。よーい。アクション!」
俺が適当に考えた設定を明美に伝え、撮影が始まった。俺の話をまったく聞いていないように見えていたがカメラが回るとちゃんと聞いていたことがわかる。そして自分なりの解釈を加えて演技をする。いまは深夜番組くらいしか顔を出さないB級のタレントだが、かつて新人の頃の明美はあふれる才能と美しさでデビューしてすぐに脇役で映画に出演すると、次にはもう主演で続けざまに三本の映画に出演。それなりのヒットを出した。
それで調子に似って転がるように転落してきたが、いまだその片鱗は残っている。
「もう、何もない……こんなとこやだ、帰りたい」
消え入りそうな声でつぶやく。同じようなことをふてぶてしい態度でしょっちゅう言っているが、あんな風に言われれば助けてやりたくもなるんだが……
俺がそんな事を考え苦笑いしていたときだった。
「ちょっと、何よアンタ!」
いつもの口調に戻った明美が何か騒いでいる。ちょうどカメラの位置から森の中に消えていくというシーンだったから、今はその姿は見えず、声ばかりが聞こえる。
「藤井さん!」
もう橋本はカメラを止めてこっちを見ていた。俺は橋本に頷くと明美のところへ走った。ここにきてトラブルはやめてくれよ……心の中でそう念じながら。
カメラから見えない森の入り口のところに明美はいた。両手を組んで、たばこをくわえて苛立たしい雰囲気を隠そうともしていない。
「ねえ、何度も言わせないで!こっちは撮影してんのよ。アンタみたいなのが映ると困んのよ!」
そう言うと明美は目の前にいる誰かを突き飛ばすようなしぐさをしている。俺たちの場所から大きな木が邪魔で見えないが、誰かがいるようだ。
「まずいすね」
橋本はそう言うと、走る速度をあげた。
橋本の言う通り、たとえ撮影に支障があっても別にここを借り切っているわけでもないのだ。お願いはしてもあっちに行けなんて事を言えるわけがない。明美の言い方など論外だ。今はネットやSNSなどで情報はあっという間に拡がる。昔と違ってテレビだからというのは理由にもならないのだ。
「明美さん!」
足の速い橋本が制止の声をあげるが、聞く明美でもない。さらに何者かに対して文句を言い募っている。そこでようやく俺の位置からも相手が見えた。遠目には男性か女性かもわからない頬かむりをした昔の百姓さんといった風体の人物だった。明美に突き飛ばされヨタヨタとしているところをみると年寄りかもしれない。
ますますまずい、怪我でもさせたらこんな番組の予算なんか吹き飛んでしまう。
「やめろ明美!」
橋本に続いて、俺も叫ぶ。そこでようやく明美はこっちを振り返った。
「こいつがフラフラ画角に入ってくんのよ!いくら言ってもどこうともしないし。橋本ちゃんつまみだしといて!」
苛立たし気に明美が言う。そんな事できるわけがないだろ、と心の中で毒づく。明美は再び煙草をくわえると火をつけようとした。
「くそっ!」
しかし、ガスがないのかしけっているのか。なんどもライターをつけようとしている。そうしているうちに橋本が明美のそばに立ったのがわかったので、とりあえず安心と俺は走る速度を気持ち落とす。橋本はすぐに地元民らしき人物のほうに向かおうとした。その時だった。
「あっ」
明美が唐突に声をあげた。何度もつけようとしていたライターに着火したが、半開きにした口から煙草のほうがポロリと落ちてしまう。
「うわああぁぁっ!」
何してんだ。俺がそう思った次の瞬間、橋本が雄たけびのような悲鳴をあげた。橋本は両手で地元民らしき人物を突き飛ばした。力が強くガタイもいい橋本に突き飛ばされて地元民らしき人物は俺の視界から一瞬で消えていった。
「何やってんだ、はしも……と?」
俺が声をあげるのと、明美が両膝をついて前のめりに倒れるのはほとんど一緒だった。その明美の背中からは湾曲した金属の刃に木製の柄、草を刈る用の鎌が生えていた……
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