月島祐介 日之重由香3
少女が言うには、その建物は島の役場らしい。そう言われればスーツ姿の化け物が多かった気がする。
それにしても一体あれは何なんだろうか。少女に聞いてもいまだはっきりと答えてはくれない。絶対何か知っている気がするんだけどなぁ……
アレが何なのか知りたい気持ちもあるが、それよりももう帰りたい気持ちの方が強くなっている。動画にするには絶好のネタかもしれないが、命をかけて配信する気にはなれない。
さっきからちょくちょく携帯を確認しているんだけど、すっと圏外のままだ。もしかしたら船着き場の方しか電波が入らないのかもしれない。落ち着けるところで少し話をしたら船着き場まで案内を頼もう。この時、僕はそう考えていた。
それから消防詰め所らしき建物の前を通ってさっきの役場と同じくらい大きめの建物が見えた。植え込みにかくれて全部はわからないが、やはり個人の家のようには見えない。そしてこっちは建物の隣に広めの空き地があり、空き地の端っこの方にはシーソーやブランコといった遊具がさび付いて墓標のようにたたずんでいた。もうすぐ日暮れなのか夕焼けがさしているので、もの悲しい雰囲気をかもしだしている。
少女は正面には回らず植え込みの隙間を通って敷地の中に入っていった。
「ここは?」
そう尋ねたが、ちらりとこっちを見ただけで返事はない。少しむっとしたが化け物がうろうろしている見知らぬ土地にいるという非現実的な状況でひどく心細い今は、彼女に従わないという選択はなかった。
そのまま黙って着いていくと、まるで学校の教室のような部屋に入っていく。正面に黒板や教卓があって、生徒が使うと思しき机やいすはまとめて反対側の壁際に重ねられている。
その向こうにも入り口らしき扉が見えるので、きっとその向こうが廊下なのだろう。
少女は教室らしき入り口で僕を待ち、僕が中に入ると引き戸を閉めてカーテンを引いた。その後廊下側の方に行き、聞き耳を立てている。
余計な音を立てないよう気を使いながら周りを見てみると、後ろには多分生徒が荷物を入れる棚があり角のほうには扉があいたロッカーが一つ立っていて、そこから掃除用具が倒れてきている。よく見てみると、外に面した窓には板が打ち付けてあり外の様子を見ることはできなくなっている。
「ここは今のところ安全ですが、大きな声や物音は立てないようにしてください」
やがて廊下を確認していた少女が戻ってきたが、声を潜めてそう注意してきた。
それに頷いて返して、いろいろと聞きたいことを聞こうとしたのだが、それを制して少女の方から質問をしてきた。
「ここに来たわけと、どうやって来たのかを教えてください」
まっすぐに僕を見つめてそう聞いてきた少女からは、質問以外の答えを拒む意志がはっきりと見えた。しかたなく僕はここに来た理由と偶然知り合った鎮太郎さんという漁師に連れてきてもらった事を話した。
僕がミーチューバーであることや、動画を撮ってネットに上げるという話にはあまりピンとこないような顔をしていたが、島に連れてきてもらった鎮太郎さんの話は気になるのか、食い入るように聞いてきた。
「その鎮太郎という漁師らしき人は確かにこの島の出身と言ったのですか?」
先ほどより少し険しくなった表情で少女はそう聞き返してきた。僕はそれに頷いて返す。
「何か不審な点があるの?なんなら電話番号も聞いているからかけてみたら……」
そう言って鎮太郎さんから聞いた番号を記したメモをポケットから出した。それを受け取った少女はメモを見て一瞬動きを止めた。そして僕とメモを何回か見ると、ため息をついてそれを返すとそれっきり考え込んでしまった。
「ね、ねえ。とりあえず君は一体何者なんだ?僕はこの島は無人島だって聞いてきたんだけど。あと……僕を襲ったアレは一体……さっきの役場にもいたみたいだけど」
いろいろと聞きたいことはあるが、一番の疑問をぶつけた。僕の質問に少女はしばらく何か考えていたが、しばらくしてぽつりと話し出した。
「私は……私の名前は日之重由香と言います。この島を治めていた島長の孫になります。確かにこの島はもう無人島になっていましたが……少し事情があって……」
そこまで言うと少女……由香は言いよどんだ。きっとその事情とやらのせいで島に来る必要があったのだろう。もしかしたらその島長とやらも来ているのかもしれない。
「そして……あなたを襲ったのは、この島の住人、いえかつて住人だった人です。役場にいた人たちも同様で、なぜ襲ったかと言うと……」
そこまで言い、再び言いにくそうな顔になると目を伏せて話し出す。
「彼らは……生きている人が憎くなると聞いています。生きている人を見ると襲い掛からずにはいられず、さらには彼らに傷つけられると、やがて彼らと同じような存在になります」
「……は?」
僕は彼女の言っていることが半分も理解できず、間抜けな声を出すことしかできなかった。
「この島に古くから伝わる言い伝えでは一度彼らのようになってしまうと、もう元には戻れないと……」
「ちょ、ちょっと待って!どういう……それって、まるでゾンビ……」
彼女の話についていけず思わず口にした言葉に、彼女は悲しそうな顔になってうつむいてしまった。
「彼らは……シナズビトと呼ばれています。ゾンビというのとは少し違います」
それでも消え入りそうな声で否定する。
「え、いや。は?どういう……」
僕はまだ頭がついていかず、意味不明な言葉を羅列する事しかできなくなっていた。内容だけでいえばバカバカしいと鼻で笑ってもいい内容なんだけど、実際に僕はそれらしきモノを見ている。それどころか襲われて気絶までしているのだ。
そう考えて、僕はハッとなった。さっき彼女は何と言った?彼らに襲われた者は彼らのような存在に……確かにそう言った。だから僕はゾンビを想像したのだ。
「え、待って……そうしたら、僕もその……彼らみたいに?」
思っていたよりショックを受けていたらしく、声が震えてうまく話せないまであった。そんな僕の言葉に由香はパッと顔をあげると、必死な顔でそれを否定した。
「それは大丈夫です!言い伝えでも彼らに嚙まれたり、直接傷をつけられたりした時にそうなると……あなたは、その……あの時は……。とにかく大丈夫です。もし彼らになるなら今頃高熱が出て動くこともできないはずです」
否定しながら途中目を泳がせてものすごく言いにくそうな顔になったのが気になるが、それなら大丈夫、なのか?話を聞く限り噛まれたりひっかかれたりした場合にそうなる事が多いらしい。
そうなると感染症的なやつなんだろうか。素人ながらそんな事を考えていたが、どっちにしても危険なことには変わりない。
「ねえ、悪いんだけどさ?やっぱり僕は帰ろうと思うんだ。それで迎えにきてもらうから電波の届くとこまで案内してくれないかな?」
何が起きているのかわからないが、危険な存在がいるのなら近寄らないのが一番だ。さっさと帰るつもりでそう言ったのだが、由香はいまいちピンと来ていない様子。
「あの……何が届くとこですか?」
「え……携帯の電波だけど……。ああキャリアが違うのかな?どこの携帯使ってるの?」
「よくわかりませんが、私は持っていません。それよりも……聞きたいことがあります」
もしかしたら船着き場以外にも電波の入るところがあるかもしれない。そう期待して聞いたのだが、まさか携帯を持っていないと言う。それどころか、何か気に障ったのか身を乗り出して何か聞きたいと言ってきた。
「その携帯というのは電波を使って会話したりするんですか?」
「え?あ、ああ。そうだけど……まあそれだけじゃなくてネットとかSNSとか……」
さらに僕が言おうとすることを由香は遮った。
「この島に電波が集まる鉄の塔が建ちました。ここ2~3年の事です。もしかしたらそれがその携帯に関係するんじゃないですか?」
怒ったような剣幕で由香は僕に詰め寄ってくる。思わず何歩か後ずさりしながらも思い出した事があった。
僕も使っている携帯電話のキャリアの一つ、codomo。携帯を持った少年がトレードマークの大手キャリアだが、海上や人口の少ない島にも電波が届くとアピールしたCMを見たことがある。ほかのキャリアは海上を不得意としているから、電波塔がたったのならcodomoの物だろう。
僕は由香をなだめて、携帯や電波塔の仕組みなどを知っている限りわかりやすく説明し始めた。
読んでいただきありがとうございます。作品について何か思う事があったら、ぜひ教えてくれるとうれしいです。
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