王妃も側妃もお断りいたします
ラウエンシュタイン王国の貴族学園生徒会会議室。
卒業式を明日に控え、室内は異様な緊張感に包まれていた。
「王妃はどうだろうか?」
「お断りしますわ」
「では、側妃は?」
「一昨日来やがれですわ!」
「お、おと?」
「失礼いたしました。謹んでお断り申し上げます」
「うーん、これは困ったな。想定外だ」
「そもそも、何を元にして、想定されていたのでしょうか?」
「私の、地位と財力と、そして溢れるこの魅力を基準にした。
成功間違いなしのはずだった」
「知力と政治力、と仰らなかったのは褒めて差し上げますわ」
「うーん。相変わらず手厳しい」
ポリポリと頭をかく姿も優雅な男子生徒は、前生徒会長であり、この国の唯一の王子、すなわち王太子であるディートハルト。
国内一、容姿端麗と言われる彼であるが、今は眉間に皺を寄せ、少々困った顔になっていた。
対する女子生徒は、前生徒会副会長で、公爵家の長女であるジークリンデ。ちなみに、兄がいるので婿取り娘ではない。
なお、卒業後に婚約者の選定に入るであろうと予測されている彼女目当ての釣り書きは、山のように届いていた。公爵家では釣り書きを捌くために、専用の執事を置いているという噂である。
国内はおろか、近隣の国にも、その才色兼備ぶりは轟いている、そんなご令嬢だ。
二人とも明日、卒業予定。
そんな日に、王太子が公爵令嬢を生徒会会議室に呼び出したのであった。
「殿下、お話は終わりましたか?」
男女二人きりの話し合いのため、会議室のドアは開け放してある。
そこから、ひょこっと顔を出したのは、可愛らしい女子生徒。
二人の一学年下で、現生徒会書記の男爵家令嬢、ブリギッタだ。
王太子と非常に親しい彼女ではあるが、けして頭の中身はお花畑などではない。
平民に近い男爵家育ちである彼女は、甘い睦言の合間にも王国の今の実状を王太子に理解させようと努める優秀な教師でもあった。
「いや、話し合いは難航している」
そう言いながらも、王太子の表情はブリギッタを見て柔らかく解れた。
王太子とブリギッタは、恋人同士なのだ。
「やっぱり? そうじゃないかと思ってました」
ブリギッタがジークリンデに視線を送れば、肯定の頷きが返って来る。
ジークリンデは溜め息を一つ落とすと、説教を始めた。
「まったく、考えが浅すぎます。
大切な恋人の居る身で、別の妃を迎えようなどと。
何を考えていらっしゃるのですか?」
「だって、昨年一年間の生徒会の活躍ぶりは王宮でも評判になっているんだ。
私は形ばかりの会長で、実際は副会長だったジークリンデ嬢を筆頭に、他の役員が活躍したわけじゃないか。
男子の役員は、側近として何人か来てもらえることになったが、総指揮官はいつでもジークリンデ嬢だったんだ。
私の婚約者選びは今からなのだし、知力政治力に優れた君を妃として押さえておきたいのは当たり前のことじゃないだろうか?」
「状況を正確に把握なさっていることは、素晴らしいと思いますわ。
ですが、だから、わたくしを妃に、というのは短絡的過ぎです」
「そうかな?」
「さきほど、ご自分の魅力を基準にしたとおっしゃいましたわね。
正直申し上げまして、殿下はわたくしの好みではありません。
つまり、わたくしが妃になって殿下の政治をサポートしても、わたくしに何の旨味も無いのですよ」
「え、私の魅力は、君にとって無価値なのか!?」
よろめく王太子を、駆け寄ったブリギッタが支える。
「殿下、いつも言ってるでしょ?
人の好みはそれぞれ。フルコース料理より、屋台の串焼きの方が美味しいと言う人もいるんですよ」
「ええ、まさしく、ブリギッタ様の言われたとおりですわ。
わたくし、好いた殿方がおりますの」
「訊いたら教えてくれる?」
「それは、ちょっと……」
先ほどまでの勢いはどこへやら。
頬を赤らめて口ごもる公爵令嬢。
「あ、近衛騎士のエルマー様ですよ」
「ちょ、ブリギッタ様の裏切り者! 女子会の内容を漏らすなんて……」
「あ、ごめんなさい」
てへぺろ顔のブリギッタ。
王太子は目を丸くする。
「え? アイツ、三男だから嫁取りじゃないだろう?」
「殿下~。好いた殿方の話でしょ?
王城の古狸じゃあるまいし、変な条件付けしないの!」
「あ、そうか」
ブリギッタに叱られた殿下は、若干嬉しそうである。
「なんか、俺の名前が出たような気がしたんですけど」
その時、扉から話題の人が顔を出した。
王太子の護衛である近衛騎士エルマー。
放課後の時間帯に入っているため、この部屋まで王太子を迎えに来たのだ。
「きゃあ!」
公爵令嬢は可愛らしく叫ぶと、しゃがみ込んでしまった。
え、コイツでもこんなことするんだ、とさらに目をまん丸にする王太子。
「なんか、ジークリンデ嬢はお前みたいな筋肉馬鹿が好きらしいぞ」
王太子より五歳年上で、剣の師匠としても接しているエルマーは、王太子と気安く話す仲だ。
「それは嬉しいなあ。俺も、ジークリンデ嬢とはお近づきになれたらと思ってました」
「……本当ですか?」
さっきのことは無かったかのように、素早い立ち直りを見せるジークリンデ。
「もちろん、近衛騎士の名誉にかけて嘘はつきません」
「でしたら、次の休暇予定を教えて下さいませ。
是非一度、じっくりお話をさせて頂きたいですわ」
「わかりました。後ほど確認して、公爵邸へ手紙を差し上げます」
「お待ちしておりますわ」
事務的に会話しながらも、すっかり乙女の顔になっている公爵令嬢。
それを見ていた王太子も、本当に脈が無いことを理解した。
「そうか、ジークリンデ嬢のことは諦めるしかないか。
私が即位した暁には、君の助力が不可欠だと思ったんだがな」
「誰が手伝わないと申しましたか?」
「え? でも……」
「わたくし、文官試験を首席で突破しましたのよ」
「文官?」
「この国の政治に関わる気は満々ですわ」
「しかし、一文官の権限など知れているだろう?」
「出だしは文官ですけど、最短記録で宰相になってみせますわ」
「さ、宰相?」
「敵対するものあらば、全て説き伏せ捻じ伏せ、初の女性宰相目指して走り抜けます!」
「ジークリンデ様、素敵! わたしも応援します!」
「ありがとうございます、ブリギッタ様。
将来の王妃様に応援していただければ、百人力ですわ」
「ええ。一緒に国のために働きましょう」
ギュッと手を握り合う公爵令嬢と男爵令嬢。
異なる美の取り合わせは、ここに絵描きが居れば放っておかないだろう程に魅力的だ。
「いい景色ですねえ」
「ああ、全く……って私の価値が暴落しきった世界だけどな」
「まあまあ。最初に殿下ありきのお話ですから」
「そうか? そうだな。私が元凶だな……」
「そう気を落とさずに。なんか丸く収まりそうですよ」
「ハハ、未来永劫、女子のパワーに圧倒されそうで、ちょっと怖い」
「うちの祖父も父も、よく言ってます。女房が強い家こそ幸福だって」
「……うん、覚えておこう」
翌日、無事卒業式は行われ、その後、二組は婚約し婚姻した。
近衛騎士を夫に持った公爵令嬢は文官として大活躍し、瞬く間に出世。
王城勤務の女性の福利厚生に力を入れ、出産・子育てと仕事を両立させた。
もちろん、その活躍の裏には、親友とも言える王太子妃の協力がある。
バリバリ活躍する王太子妃と女高官。
高官の夫である近衛騎士は、影が薄くなりがちな王太子の精神をケアする陰の功労者として、彼が王に即位後も支え続けたという。