第63話 彼女の事情
ある日の夕暮れ…… ここは番傘衆の基地内にある武瑠の部屋。武瑠の机の前に穏やかな表情の石川が立っている。難しい表情で武瑠は椅子に深く腰掛け、机の上に肘をついて手を前に組み視線をやや上にあげた。
「市内の病院は全て調べました。でも、どこも空振りでした。被疑者の家には何もありませんでした。おそらくもう帰るつもりはなかったんでしょう」
武瑠の言葉に石川は表情を変えずに小さくうなずいた。
「そうか。ご苦労さん。さすがに女神さんを足がつく場所で治療しないか」
すっと石川は机の上に先ほど廊下で買って来た缶コーヒーを置く。三日間続いた祭りが終わり、レイたちは通常任務に戻った。しかし、祭りの初日で起きた、二つの事件の捜査はまだ続いていた。
置かれた缶コーヒーを一瞥し、組んでいた手を外した武瑠、缶コーヒーを持ち上げ石川へ視線を向けた。
「わざわざ労いにきたわけでもないでしょう?」
缶コーヒーを開けながら石川にたずねる武瑠だった。石川の表情が真顔に変わり机に右手をついて顔を武瑠に近づける。
「お前さんなら気付いてると思うが今回の騒動…… 僕たちの身内にヘスティアへ情報を流した奴がいる」
「えぇ。わかってます。彼らは学校や病院にも入り込んでますからね。番傘衆に信徒が居ないと考えるのは無理でしょう」
缶コーヒーを飲みながら淡々と答える武瑠、石川は話を続けていく。
「レイルちゃんの情報を知っていたのは特務第十小隊と上層部だけだ。答えは……」
「えぇ。上層部の誰かでしょう。もちろん僕も含めてね」
総司令官兼第一師団長の武瑠、第二から第四師団の団長三人、開発部、調達部、生態調査部の各部長三人と副総司令が二人の計九名が番傘衆の上層部となる。レイルを保護したという情報は特務第十小隊と杏の護衛担当する大神の他は上層部しか知らない。つまり九人の中の誰かがユースレスアンブレラへと情報を漏らしたことになる。あるいは……
「襲撃後、すぐにレイルさんは別の場所に移送しましたから少し時間は稼げるでしょう」
「そうか…… ど……」
石川は言葉を続けて場所を訪ねようとしたが黙った。少し間をおいて穏やかに笑った
「僕はもう帰るか」
「そうですか。お疲れ様です」
立ち上がった武瑠は石川に扉まで付き添い見送る。扉を開け石川が廊下へ出て歩き出して見送ると彼はそっと扉を閉めた。
「僕としては残念ですが…… 特務第十小隊も疑わなきゃいけないんですよ…… おじさんも含めてね」
窓を見つめ寂しそうにつぶやく武瑠、彼は静かに自分の席へと戻るのだった。
事務所へと戻って来た石川が扉を開けて、中へ入ろうとするとパタパタと後ろから誰かが走って来た。気配に気づいた石川が振り向く。
「杏ちゃん!? どうしたの?」
「みんなにお話があって来たの! 早く! 中へ」
「えぇ!?」
石川が握っていたドアノブの上に自分の手をかさねた杏は、強引に扉を開けさせようとする。彼女の後を追いかけどすどすという大きな足音が廊下に響く。
「待って下さーい。山神博士!」
「チッ!」
「よぉ。大神じゃないか。お前さんも大変だねぇ」
走って来た大神が石川の前で両ひざに手をつける。どうやら杏は大神から逃げ回っていたようだ。
「はぁはぁ…… なんで逃げたんですか」
「私一人でもできるのに! ついて来るからでしょう! だいたい、なんで基地内でも大神さんの護衛が居るのよ」
「それは……」
顔をあげ石川の顔を見た大神、大柄の大神が小柄な石川に困った顔で助けを求めている。ヘスティアによるレイルへの襲撃により、要人の警護が厳しくなっているのだ。さらにレイルの居場所を知っていた、杏はユースレスアンブレラの内通者という疑いもかけられており大神は杏の監視任務も兼ねている。事情を知っていた石川は杏をなだめる。
「まぁまぁ。大神も仕事なんだから」
「でも……」
「レイルちゃんが襲われたんだ。しばらくは我慢してやりなよ」
不満そうな杏に口元に手を当てて、石川が杏の耳元でささやく。大きく息を吐いた杏は大神を見た。
「むぅ。わかったわよ。大神さんはしゃべらないでね。私の仕事なんだから」
「わかりました」
ぱあっと明るい表情に変わった大神は、すっと立ち上がり背筋を伸ばす。石川はその様子を見て扉を開け事務所へと戻るのだった。
中へと入った三人、事務所には全員がそろっており外のやり取りを気にしていたのか、皆扉に視線を向けていた。
「お帰りなさーい。隊長。杏ちゃんと大神さんはいらっしゃい」
「ただいま」
「こんにちは」
甘菜は笑顔で石川たちに声をかける。石川と杏は返事をし、大神は右手をあげ答える。
「みんな杏ちゃんから話があるみたいだ。聞いてくれ」
全員に声をかけた石川が自席へと戻る、彼の後に続く杏と大神だった。杏は石川の席の前に立ち、レイたち方に体を向ける。大神は彼女の横に立ち石川は席についた。
「じゃあ始めるね」
石川に顔を向け笑う杏、石川は右手をあげ答えた。前を向いた杏は真剣な表情になった話を始めた。
「レイルを家に帰すことになったわ」
四人は杏の言葉にみな驚いた顔になる。真っ先にレイが我に返り、杏の言葉に反応する。
「えっ!? でも…… 愛生さんは平気なのかよ。簡単にレイルを手放すとは思えないけど」
「そうなの。泣いて大変…… って違うわよ。確かにすごい泣いてたけど! 了承してくれたわ」
「もう…… レイ君! 余計なこと言わないの!!!」
「はいはいっと」
甘菜が口を尖らせレイを注意し、彼は頭をかく仕草をした後、甘菜の方を向き右手を口元にもっていきチャックする。顎に手を置いた黒田が真顔で杏に尋ねる。
「しかし…… いくら彼女が無害なレインデビルズでも返すのは……」
「そうね。でも、ユースレスアンブレラの襲撃があってこれ以上の保護は無理なの。レインデビルズの保護に戦力はさけないって判断ね。廃棄処分しろって案も出たけど敵を増やすだけになるから却下されたわ」
「なるほど…… 守れない処分もできないじゃ家に帰すのが一番良いと」
黒田は納得したようにうなずいていた。
「でも、レイルは帰り道わからねえんだろ? どうするんだ?」
「それが今回の任務よ! レイルに帰り道を探すためのね」
レイの質問に杏が力強く返事をする。
「帰り道を探すってどうやてだよ。壁の外へ出てみんなで探すのか?」
「違うわよ。彼女が家の場所を示す単語をいくつか話しているんだけど…… 翻訳が出来ないのよ。持っている言語データにない言葉なの。だからおじいちゃんの研究データを取りに行くの! そうすれば翻訳もできるようになるわ」
「しかし、単語がわからないなら一つずつ解読していけばいずれ分かるのでは?」
黒田が杏の話に割り込むように入って来て質問する。杏は質問が来ることを想定していたのか、特に動じることなくすぐにうなずいて返事をする。
「えぇ。私もいずれそうしたいと思ってたわ。でも、事件で時間がなくなったのよ。レイルの居場所も移動してなかなか会えなくなったし……」
寂しそうにうつむく杏…… しかし、彼女は顔をあげにやりと笑い胸を張る。
「それにね。おじいちゃんの研究データがあればさらに研究が進んでより強力な武器が作れるのよ!!!」
堂々とする杏、部屋にいる甘菜以外は、彼女の目的はレイルの言語翻訳よりも研究データの回収であると気づいた。
「まぁいい。研究データってどこにあるんだ?」
「それは豊洲にあったライザー財閥のデータセンターよ!!!」
笑って杏は力強く窓の外にある海を指した。唖然とする、甘菜、レイ、未結の三人だった。黒田は三人と違い、黙って何かを考えてから口を開いた。
「しかし、データセンターは十年前に放棄されています。レインデビルズによって占拠され破壊されている可能性が高いのでは?」
「心配ないと思うわ。データ保管庫は地下にあるし扉は金庫並みに頑丈よ。彼らは人間以外には興味を示さないしね。三日前にドローンを使って近くから偵察をして保管庫の扉は無事なのも確認済みだし!」
右手の人指し指と中指をたて笑顔で、Vサインを黒田に向ける杏だった。
「心配なのはデータの劣化だけど…… 紙の資料もあるし磁気データも全滅ってわけじゃないでしょうしね」
杏が話し終わった。黒田は納得したのか黙って、うなずいた彼を見た杏が話を続ける。
「じゃあ次に今回の作戦を簡単に説明するわね。私たちは上陸してデータセンターを確保。地下から資料を運び出して撤退よ」
「ちょっといいかな?」
「どうぞ」
石川が杏の背後から声をかけてきた。杏は振り向いて石川に話すように促す。
「作戦の規模として我々だけではこなせないと思うんだが? 安全確保にデータの運び出しそれに護衛も櫃量だろし……」
「えぇ。もちろん。今回は大規模作戦になるわ。特務第十小隊と第二と第三師団からメンバーを選んで百人規模の遠征団になるわね」
「なんだと…… 武瑠の了解はとっているのか?」
「うん。私から話すからって石川のおじちゃんには黙ってて言っておいた」
「あいつ…… それでも少しくらい…… はぁ」
悔しそうにする石川だった。杏は彼の顔を見てほほ笑むのだった。
「じゃあ、これから他の部隊にもお願い行くからまたね。あっ! メンバーを選ぶって言ったけど特務第十小隊はみんな参加だから! よろしく」
右手をあげた杏は話を終え、扉へと歩き出した。慌てて大神が追いかける。
「あぁ! 待って下さい! すいません詳細はまた後で連絡します」
「ほら行くわよ! 大神さん!」
杏が扉を開けて大神を呼ぶ。大神は石川に頭を下げると事務所から出て行った。残った特務第十小隊はみな顔を見合せて笑うのだった。レイたちはレイル帰還作戦に参加することが決まったのだった。




