第57話 放蕩息子
桟橋の一部に丸く人が避けたような場所が出来ていた。ここが悲鳴と怒号が発生した場所だった。そこには金髪の髪をした甚平姿の男性が、清華の腕をつかんでいた。愛は男を持っていた巾着袋で叩いていた。甚平の男はルイだった。
「こっちへ来い! あそんでやるからよ」
「キャアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「黙れ!!!」
人ごみを抜けた甘菜と黒田に、悲鳴を上げる清華と彼女に向かって拳を振り上げたルイが見えた。
「甘菜くん。威嚇射撃を!」
「はい!」
素早くショットガンを肩から外した甘菜は、上空に向けて引き金を引いた。銃声がこだまし、周囲の人間は驚きしゃがんだり動きを止める。ルイと清華と愛の三人も銃声に驚き固まった。視線が黒田と甘菜に集中する。黒田は右腕を突き出した。
「手をはなしたまえ!」
ルイを指して黒田が手を離すように命令する。甘菜は黒田の後ろでショットガンをルイに向けていた。銃声に驚いて止まったルイだったがすぐに我に返り黒田に叫ぶ。
「なんだ!? 俺を誰だと思ってるんだ!」
黒田はルイの言葉に鼻で笑う。
「ふっ。誰だですって…… 僕に女性に手をあげる下衆野郎に知り合いはいませんねぇ」
「なっなんだと!!!」
「キャッ!」
「こらー!!! 手を離しなさい!!!」
清華を自分に引き寄せたルイ、彼を止めるため甘菜がショットガンを突き出した。今にも発砲しそうな甘案、黒田は静かに右手を横に出して彼女を止めた。
「どっどうして!?」
「大丈夫ですよ…… ほら!」
なぜ止められたかわからない甘菜、彼女と振り向いた黒田の目が合う。黒田は周囲に視線を向け笑っている。
「あの人…… 市長の息子じゃ……」
「本当だ。何しているんだ……」
「えっ!? そうなのか? 親父は立派なのに……」
「くず息子だな」
桜木ルイは市長の桜木時雨の息子だった。周囲の観客たちが少しずつ彼が市長の息子であることに気付き、ひそひそと話をはじめた。周囲の反応を見て恥ずかしくなったのかルイがまた叫ぶ。
「うっうるせえ!」
顔を真っ赤にしてルイが叫ぶのだった。
「おやぁ!? どんなにすごい人かと思ったら市長の息子さんですかぁ」
にやにやと笑ってルイに尋ねる黒田だった。黒田はルイが市長の息子であることに気付き、周囲の目にさらすためわざと甘菜を止めたのだ。悔しそうに黒田を睨むルイだった。黒田はルイの動きをジッと見ていつでも発砲できるように構えている。
「ルイ! 何をしている!!!」
人ごみから時雨が飛び出して来てルイを止めた。
「パッ…… おやじ。なんだよ」
「なんだよじゃない! 騒ぎ起こして…… 帰るぞ!」
「あぁ」
乱暴に清華から手を離したルイは時雨の元へ行く。二人は周囲を警護する男たちに囲まれこの場から去ろうとする。
「ちょっと!!!」
「待ちなよ!!」
「フン!!」
清華と愛が叫ぶがルイは馬鹿にしたように笑う。しかし、逃げようとするルイたちの前に黒田と甘菜が回り込んで止めた。警護の男たちは番傘衆である二人を止めることはできなかった。
「お待ちください。市長。ご子息は暴行の容疑者なんです。勝手に連れ行かれては困ります」
「ムゥ……」
「なっなんだよ! 親父! こいつらは……」
「黙れ!!!」
横に居るルイを叱りつける時雨だった。黒田はその様子を見て甘菜に指示を出す。
「甘菜くん。彼女たちをここへ」
「はい」
指示通り甘菜は清華と愛を連れて来た。二人の前に立つと時雨はすぐに深々と頭を下げた。
「息子が迷惑かけたようだな。すまない」
「えっ!? あっ……」
市長から頭を下げられ困惑する二人。頭を上げた時雨は黒田に顔を下げて今度は小さく頭を下げる。
「君たちもすまない。今から息子を市警に出頭させる」
「はぁ!? パッパパ!! なんで……」
「うるさい! お前は黙ってろ!! 本当に申し訳ない。すぐに警察を呼んでくれ!」
口を挟もうとしたルイを即座に叱りつけ、言葉を遮る時雨だった。時雨は真顔で二人に警察を呼ぶように伝える。黒田は時雨の言葉を聞いてから、清華たちに視線を向ける、二人は迷っているようだ。
「どっどうしよう……」
「僕たちが証言しますし他にも証人はたくさんいます。警察は動いてくれますよ。ただ…… 二人は怪我もしてないしこれから取り調べとなると祭りにはもう……」
黒田は淡々と警察にルイを、逮捕させた場合のことを話して二人に聞かせる。二人は顔を見合せて後ろを向いてなにやら相談を始めた。すぐに二人は前を向いて時雨に口を開く。
「いや…… 謝ってくれればいいし。後うちらに二度と近づかないで!」
「わかった。申し訳ない! ほら! お前もだルイ!」
「えっ!? うわああ!!」
息子の頭をわしづかみにして頭を強引に下げさせた時雨だった。顔をあげた彼は清華たちに近づくそっと懐に手を入れた。
「これを…… 祭りを楽しんで!」
「えっ!? あっありがとう」
時雨は懐から取り出した金を二人に手渡した。二人は困惑した様子で金を受け取った。満足そうにうなずいた時雨は頭を下げるのだった。
「それでは私はまだ公務がありますので…… 行くぞ! ルイ」
「……」
不服そうにするルイを連れ時雨は去って行った。時雨が見えなくなると黒田は横を向いて清華たちに口を開く。
「もう大丈夫かな?」
「うん! うちらも行くね。ありがとう!」
「ありがとう!」
返事をした清華と愛は、黒田と甘菜に手を振って去っていた。二人を見送る黒田と甘菜、いつの間にかできていた人だかりは無くなっていた。
二人が居なくなると甘菜が黒田を横目で見た。
「市長さん…… あんなにすぐ謝れるんですね。もっとごねるかと……」
「えぇ。さすがです。自分の頭にどれくらいの価値と威力があるかわかってますね。しかも下げるだけならタダですからね」
「そっそんな!? タダって……」
「息子の暴行罪をすぐに認め、もみ消すわけでもなく頭一つ下げただけで解決し、微々たる慰謝料で自分の株も上げました。それに…… 相手がごねた場合は市警の管轄にする気でしたね。警察は市の組織ですからね」
時雨の行動に感心する黒田だった。驚いている甘菜を気にせずに黒田は話を続ける。
「まぁ子育てに失敗したというイメージは付きますが。そこは公務で忙しくとかお涙が言い訳がありますからねぇ」
小刻みにうなずきながら嬉しそうに笑う黒田、甘菜は彼の様子を見て口を開く。
「黒田さんはいじわるさんですね」
「ほぇ!? ぼっ僕がですが」
「はい! レイくんにそっくりです!」
「はははっ……」
上下に激しくうなずく甘菜に、苦笑いをする黒田だった。二人は巡回を続けようと再び空母方面へと歩き始めるのだった。
甲板へと上がり祭りの会場の中を歩く二人、前から四人の集団が歩いて来る。浴衣と来た女性二人と甚平姿の男性が二人で、女性二人が前を歩いている。
「こんばんは根岸先生!」
「あら甘菜さん。こんばんは」
前から歩いて来たのは第三高校の教師たちだった。陽菜乃と虎太郎と他に二人の教師がいる。虎太郎は藍色の甚平を着て、陽菜乃は薄いピンク色の浴衣に身を包んでいた。
「お仕事なのよね?」
「はい。巡回中です。みんな危ないことをしないように」
「私もよ。生徒が羽目をはずさないように」
「一緒ですね」
甘菜と陽菜乃が顔を見合せて笑っている。黒田がそっと甘菜の後ろに近づく、黒田を見た陽菜乃が驚き目を見開いた。
「あれ!? 正義くん? あっ! そうか。番傘衆になったんだよね……」
「陽菜乃くん…… 久しぶりですね」
「あの時…… 以来だね……」
「あぁ…… そうですね」
黒田と陽菜乃の二人は親し気に会話をする。その様子を見た甘菜が二人の顔を交互に見た。
「あれ!? 根岸先生と黒田さんはお友達だったんですね」
「そうね。彼の奥さんと私が同級生だったの」
「へぇ」
小さくうなずく甘菜だった。黒田は表情を一つ変えずに陽菜乃は懐かしそうに笑っている。陽菜乃は黒田にうれしそうに声をかける。
「友美ちゃんは元気?」
「えぇ。相変わらずお転婆で…… トモに似たんでしょうね」
「ふふふ……」
黒田の言葉に陽菜乃はほほ笑んでいた。旧友の再会に甘菜は静かに一歩下がるのだった。二人は少しの間、親し気に会話をし甘菜はその様子を満足そうに見ていた。
「根岸先生。そろそろ……」
「あっ。はーい」
近づいてきた虎太郎が、丁寧な口調で陽菜乃に声をかけた。陽菜乃はにこやかに振り向いて虎太郎に返事をする。横柄な彼の姿しか知らない甘菜はその様子を見て驚くのだった。
「あれ!? 磯先生…… 少し雰囲気が」
「でしょう。少し前から急に雰囲気が柔らかくなったのよ」
「そうなんですね」
「温守くんにも今度登校したら謝罪するって言ってるのよ」
虎太郎の後ろ姿を感慨深く見つめる陽菜乃だった。過去の彼の態度から甘菜は、陽菜乃の言葉が信じられず首をかしげる。
「じゃあ行くね。お仕事頑張って」
「はーい。先生も!」
「またね。正義くん」
「また……」
右手を振って去っていく陽菜乃、甘菜と黒田は右手をあげて返事をするのだった。陽菜乃が見えなくると隣に並ぶ黒田に甘菜が視線を向けた。
「黒田さんって結婚してたんですね」
「えぇ。結婚してましたね……」
ほほ笑む甘菜、黒田はさみしそうに、夕日が沈みかけ真っ暗になっていく海面を見つめるのだった。




