第56話 夜祭の始まり
日が沈み始めた頃。レイたちが警備に当たる場所から沖合に向かって、約五百メートルの桟橋が伸びている。幅は一般道より少し広いほどで、片側に屋台が一直線に並び行き交う人々を威勢よく呼び込んでいた。桟橋の先は今回のメイン会場となる空母が接岸されている。桟橋の先端から金属の階段が空母へと伸び、客は階段を上って甲板の上へと上がる。
広い甲板には屋台や小屋がいくつもならび、中央には高さ五メートルほどの櫓とそれを囲むように舞台がつくられていた。櫓の上には太鼓が並び、やぐらの屋根から四方へ紐がのび提灯が吊るされていてる。
まもなく祭りの開始が告げられる。甲板の上は客でごった返していた。
「皆さま! これより開会式を行います。それではお願いします!」
甲板の各所に建てられたポールの先についたスピーカーから声が出る。
舞台の上に一人の男が現れ客から歓声をうけていた。舞台の上に居るのはマイクを持った中年男性で、灰色のスーツを颯爽と着こなし胸元には赤い情熱的な色をしたネクタイをしめていた。顔つきは細く目は鋭く髪は短く真っ黒に染められ光っている。中年男性は舞台の上をゆっくりと歩きなながら観客に手を振っている。
中年男性は桜木時雨四十八歳、ツマサキ市の市長だ。
「今日という日を迎えられたことを私は非常にうれしく思う……」
灌漑深く祭り会場を見つめ目を細める時雨だった。
「十年前! 人類は苦境に立たされこの地へと逃げて来ました。この地へついた後も我々には幾多の困難がありました……」
大きく手を動かし苦難の道に耐えてきたという険しい顔をする時雨。政治家らしくわざとらしい、オーバーなリアクションだが市民たちへの受けはよく、観衆は彼を見て笑顔でうなずき中には涙ぐむ者までいる。
「だが…… 皆さんのたゆまぬ努力により。我がツマサキ市は環太平洋都市連合の中で初めての夏祭りを迎えます!」
力強く拳を握った時雨の言葉は熱を帯びていくのだった。
一方その頃…… レイと未結の二人は、祭り会場入り口の警備を終え、巡回へと出ていた。人が行き交う桟橋を超え空母の甲板へ出た二人。人ごみの中を歩く二人、未結は見たこともない三歳くらいの男の子を抱えていた。未結のかけている眼鏡の奥の瞳がわずか青白く光っていた。男の子は不思議そうに彼女の瞳を見つめ手を伸ばす。
「レイさん。止まってください」
立ち止まった未結は前を指して男の子に顔を向けた。彼女が指した方向に一人の女性が立っており、何かをさがすように顔をきょろきょろと左右に動かし見ていた。
「あの人ですか?」
「ママー!!」
両手を伸ばして叫ぶ男の子。二人は迷子の男の子を保護し、未結の千里眼で母親を探していたのだ。男の子を見た女性は走って近づいて来た。
「あんた! どこ行ってたの!!!」
「うぅ…… だってぇ。だってぇぇぇ!!」
「屋台を見てていつの間にかはぐれてしまったみたいです」
「すみません…… 本当に……」
未結は近づいてきた、母親に男の子を渡し声をかける。母親は男の子を二人の頭を下げた。レイは親子に近づいて自分のスマホを母親に差し出す。
「失礼します」
「あっはーい」
レイは母親の左手に自分のスマホをかざす。すぐに画面を見て小さくうなずくのだった。レイは彼女が男の子の母親かの確認をしている。
ツマサキ市の住人はマイクロチップで管理されている。左手を番傘衆のスマホにかざすとデータ照合が行われる。レイは画面を見てうなずいて未結に顔を向けた。
「照合完了。二人は親子だ」
レイの言葉に未結は小さくうなずき、母親に抱っこされている男の子に笑顔を向けた。
「よかったね」
「うん。ありがとう! おねえちゃん!」
男の子は満面の笑みで嬉しそうにうなずき未結に礼を言った。母親は子供を下におろし、二人で深々と頭を下げた。しっかりと手をつないだ親子は祭りの雑踏の中へ消えて行った。
親子が雑踏に消えると、未結は両手で眼鏡の縁を押さえた。
「うぅ」
「どうした?」
「眼鏡が珍しかったみたいで……」
困った顔で眼鏡を外して光にかざす未結だった。眼鏡のレンズには迷子だった男の子の手の後がべっとりとついていた。未結は視力が悪いわけでなく、特殊能力で千里眼に目覚めてしまった彼女には常に壁の先とかが見え脳へ負担がかかるため、千里眼の出力を押さえるための視力が落ちる眼鏡をあえて使っている。
「はい。使ってくれ」
「えっ!? あっありがとうございます」
ハンカチを取り出してレイは未結に渡す。ハンカチを受け取り眼鏡を拭く未結だった。
「じゃあそろそろ戻ろう」
「はっはい」
臨時事務所となっている小屋の方角を指し、戻ろうと未結に声をかけるレイだった。ちょうど眼鏡を拭き終わったところだった未結は、とっさにハンカチを自分のポケットにしまい返事をするのだった。二人は甲板から桟橋へと向かう。
「うん!?」
歩き始めたレイの肘を後ろから誰かが引っ張った。振り向いたレイ、未結が手を伸ばして彼の肘をつかんでいた。レイの視線に気づいた未結は少し恥ずかしそうに口を開く。
「人が多くて私も迷子になりそうだから…… いいですか?」
「えっ!? あぁ。別にいいよ。ふふ」
笑って前を向くレイに、勇気を出し彼の肘をつかんだ未結は、笑われて少しムッとした表情をした。
「なっなんで笑うんですか!」
「なんか先輩も姉ちゃんみたいなことするだなって……」
「えっ!? ははは…… そっそうなんだ……」
甘菜がいつも同じようなことをしていると、聞いた未結は少し悔しそうにするのだった。臨時事務所の入り口まで未結は彼の肘につかんだまま少し後ろをくっついて歩くのだった。
二人は臨時事務所へと戻ってきた。
「お疲れさん。どうだったみんな楽しんでかい?」
帰って来た二人に石川が声をかけた。二人は巡回の報告するため石川の前に並んで立った。
「すごい数の人でした。でもみんな楽しそうでしたよ」
「そうか。みんな浮かれてハメをはずさないように注意しないとな。他は?」
「客の多さに慣れてないせいか迷子が多かったな。巡回で二件の迷子があったしな」
「なるほどな…… みんなが一斉に一か所に集まるイベント事態が町で初めてだもんな」
「俺たちは先輩の千里眼で迷子を捜してる保護者を見つけられたけど姉ちゃんたちだと……」
「そうだな。艦橋にある本部へ連れて行くようにするか。こっちに無線で連絡してもらって未結ちゃんに探してもらうかしよう」
視線を未結に向けた石川、彼女は小さくうなずくのだった。報告を終えた二人はロッカーにショットガンとアサルトライフルを戻すのだった。
二人が戻って来てから少しして時計を見た甘菜が立ちあがった。
「巡回の時間です。黒田さん行きましょう」
「はい。よろしくお願いします。甘菜くん」
「よろしくお願いします」
甘菜と黒田が巡回に向かう時間になった。二人はショットガンとアサルトライフルを、ロッカーから出し装備し臨時事務所から出て巡回へと向かうのだった。
二人は桟橋へとやってきた。時刻は十八時、祭りへ向かう客と満足し帰る客で、桟橋は人でごった返していた。屋台を横に見ながら二人は空母へ桟橋へと歩いて行く。チラチラと周囲をうかがうふりをし、屋台に視線を向け続ける甘菜を黒田は笑顔で見ていた。
「いいだろ!? こっちへ来いよ!」
「おい! やめろよ! はなせよ! クソ!!」
「いやがってんじゃん! はなせよ!! キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
男の怒鳴り声と女性の悲鳴と怒号が桟橋にこだました。桟橋の先で喧嘩が起きているようだ。声を聞いた二人は顔を見合せた。
「甘菜くん。揉め事のようですね。行きましょうか」
「はっはい!」
「番傘衆です! 急ぎますので道を開けてください」
人ごみをかきわけて二人は桟橋の先へと向かうのだった。




