第44話 船上の争い
食堂にサハギンが入りこむ少し前の、ビューティアプリコットのブリッジ。六名の中学生と作業員五名が避難していた。生徒たちはブリッジの奥にある窓の前に集められ、反対側の金属製の大きな扉の前に、サブマシンガンを持った倉見と二人の作業員が銃口を扉へ向けていた。
「他のみんな大丈夫かな」
「うぅ……」
女子中学生は恐怖ですすり泣き、男子生徒も恐怖で怯えている。倉見は振り返って中学生たちに声をかける。
「もうすぐ救助が来ます。それまでは耐えてください…… はっ!!!」
窓をみつめ倉見の顔が青ざめていく。明るくかった室内が急に暗くなる。ふと中学生の一人が
「「「うわあああああああ!!!」」」
「「「キャアーーーーーーーーー!!」」」
悲鳴をあげるブリッジの窓を前を、丸い吸盤のついた赤い物体がうごめていた。
「クックラーケン……」
窓の物体は巨大なタコの魔物クラーケンのものだった。クラーケンは現在の北太平洋を支配するレインデビルズだ。巨体から繰り出す力で船を、いとも簡単に沈没させさらに氷や水の魔法も操る。クラーケンはタンカーの甲板にあがり、ブリッジに足を巻き付けていた。
ミシという音がして窓にヒビが入り、蜘蛛の巣のような模様が刻まれる。
「窓から離れて!」
倉見は銃を構えたまま前に出て、中学生に窓から離れるように叫ぶ。彼女は中学生をかばうようにして窓と彼らの間に立って銃をクラーケンに向けていた。
「ダメ!」
すぐに三枚ほど窓が割れた。窓が割れるとクラーケンは器用に足の先を割れた窓から伸ばしてくる。濡れて光る不気味な赤い脚がうねうねと動き獲物を探す。
「「「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」」」
「来るな!」
「うわあああ!!!」
パニックになる中学生たち音に反応し足が動く。倉見は立ち止まり、サブマシンガンの銃口を動く触腕に向け引き金を引く。
「急いで!!! 身を隠しなさい!!」
叫ぶ倉見だった。中学生たちは恐怖で震えながらも、デスクの下などに身を隠していく。
「はっ!?」
気配がして倉見が振り向いた。真後ろにクラーケンの足があり、天井に先端を向け吸盤を彼女に向けていた。先端のすぐ下にある一つ吸盤がわずかに白く光り、一筋に光線が飛び出し倉見の胸とサブマシンガンへと伸びる。この光は氷魔法アイスランス。アイスランスは当たった物を全て凍らせてしまう。
倉見が持つサブマシンガンが真っ白に凍りついた。とっさに倉見は手を離したが、間に合わずにグリップを握った右手で一緒に凍りついていく。
「クッ! この!」
凍りつきもろくなっていた腕は、彼女が力をいれることでもろくもくずれた。白く凍りついた右手首がサブマシンガンを握ったままぽろっと落ちて床に転がる。
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
悲鳴がブリッジに響く。倉見は透明な氷に覆われた真っ赤な肉と白い骨がむき出しの自分の腕を見つめ苦しそうにする。倉見の手首から腕から全身へと氷が広がっていく。
「ひぃ!」
目の前に倉見の右手首がついた凍った、サブマシンガンが転がり悲鳴をあげる一人に女子中学生。その声にクラーケンが反応してしまう。クラーケンの足が薙ぎ払うに動き、凍りついた倉見を砕きばらばらにし、女子中学生へ一直線へと伸びていく。
「いやああああああああああああ!!!」
クラーケンの足が一人の女子生徒の足首をつかみ持ち上げた。逆さに釣られたまま窓の外へと彼女は連れ去られてしまった。空へと放り出された女子生徒、甲板の上に体長が五十メートルはあろうかというクラーケンが乗っていた。
「きゃっ! やだ…… やめて……」
クラーケンが女子生徒を下に引っ張った。女子生徒の眼下に丸く三角形の牙に覆われたクラーケンの口が見えた。牙が収縮するように動く度に彼女にクラーケンの口の中が見える。クラーケンの口は八本の足の中央にある。丸い頭を下にして口を大きく牙が無数に見え奥は真っ暗になっていた。恐怖で女子生徒は泣き出すのだった。
「ほい!」
「えっ!? キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
レイが女子生徒を掴んだクラーケンの足の横に姿を現した。彼は持っていた太刀をクラーケンの足に向かって振り下ろした。レイの太刀は鋭く振りぬかれクラーケンの足を切り落とした。女子生徒は落下し彼女の足に絡みついてたクラーケンの足の先端は吸盤が力を失い外れる。
落下する女子生徒はクラーケンの口へと向かって行く。クラーケンの口へと落下する女子生徒をレイは静かに見つめていた。
「姉ちゃーん! 頼む!」
「はーい!」
「キャッ!」
横からパワードスーツのスラスターから火を勢いよく出した、甘菜が飛んできて右腕で女子生徒を受け止めた。飛んで来た甘菜は右腕で女子生徒を抱える。レイはいつもと同じパワードスーツと装備だが、甘菜は屋内戦闘を想定しタワーシールドを、二回りほど小さいサイズのものに変更していた。右手を曲げ女子生徒を自分に引き寄せ背後から彼女に甘菜は声をかける。
「大丈夫?」
「ひゃっひゃい!」
恐怖と驚きで舌が回らずかむ女子生徒だった。甘菜はにっこりとほほ笑み上に居るレイに返事をする。
「レイくーん! ちゃんと捕まえたよ」
「了解! 今行く!」
甘菜の視界からレイの姿が消え、直後に彼女の背後へとやって来た。レイは甘菜の左手で甘菜の肩に触れ目をつむった。困惑の表情を浮かべる女子生徒、彼女の視界は直後にさきほどまでいた場所へと戻る。
レイは甘菜と女子生徒を連れてブリッジへとやって来たのだ。甘菜はブリッジにつくと女子生徒を地面に優しく下す。
「怪我してない?」
「はい」
地面に立ってうなずく女子生徒だった。返事を聞いた甘菜は左腕に持っていた小型タワーシールドを前に出す。
「姉ちゃん! ここは任せたよ」
「はーい! いってらっしゃい」
右手の親指をあげるレイに右手を振って答える甘菜だった。直後にレイの姿が消える。隠れていた中学生や作業員が顔をだしレイと甘菜のやり取りを呆然と見つめている。
「じゃあ! 動いちゃだめだよ」
甘菜がタワーシールドを床につけると盾を中心にプラズマシールドが展開された。青く光りの壁であるプラズマシールドがブリッジを包む。窓から再度侵入を試みたクラーケンの足はプラズマシールドによって弾かれ外へと押し出される。
「ブリッジの安全は確保したよー」
クラーケンの足を排除し、意気揚々と連絡をいれる甘菜だった。
ブリッジから姿を消したレイは、左右から鞭のようなしなるクラーケンの足が彼を襲う。視線を右から左へ動かしたレイの体とパワードスーツが青白く光り彼は上空へ飛び上がった。
「おっと…… まぁいい」
左右からレイに迫って来た足が空振りする。しかし、すぐに彼の前に別の足が突き出された。吸盤を前にだしたクラーケンの足からアイスダンスの光線が発射される。青白く光るレイは魔法に反応し、素早く前に出てアイスダンスをかわした。彼は右手で太刀を握りなおし逆手にもって振りかぶる。
「少し大人しくしろ!」
クラーケンの頭と足の境目に見える、ぎょっろとした黄色に光る眼の間に太刀を投げた。太刀がクラーケンの目と目の間につきささる。
「きいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!」
悲鳴のような声をあげるクラーケンだった。
「今だ! 先輩! 頼んだぜ!」
振り返り海の上に視線を向けるレイだった。彼に見えるディスプレイの空に黒い点のような物が映っている。この点はV428だった。加菜が操るV428は四つのローターを上に向け、後部ハッチが開けホバリングしていていた。開いたハッチの上で未結がスナイパーライフルを構えていた。
「そこです!!!」
未結がスナイパーライフルの引き金をひく、銃声が轟いて発射の反動でV428がわずかに揺れる。飛び出した銃弾は空気を切り裂き斜め上からクラーケンの頭を貫いていった。クラーケンの頭から青く濁った血が吹き出す。
「よし! クラーケンは船から降りたぜ」
「わかりました。逃げだしたクラーケンの深追いは禁止です。救助を優先してください」
レイからの連絡を受けた未結が指示を出す。特務第十小隊の現場の指揮はヤマさんが行っていたが、彼が殉職し居なくなった後は一番経験のある未結が指揮をとっていた。狙撃を終えた彼女の後ろに一体パワードスーツが近づいてきた。
「いやぁ。素晴らしい。さすがアークデーモンくんを討伐した小隊ですね」
やって来たのは黒田だった。彼は未結の狙撃を褒める。黒田は二式のパワードスーツを装備している。ただし、固定装備である盾はなく武器も装備していなかった。背中には首の後ろから腰にかけて、厚さ二十センチほどの薄い長方形の箱を背負っていた。肩に武装もなく変わりに小型のスラスターが装備されている。
「じゃあ。僕も行きますか」
ハッチの端に立った彼は未結に振り向いて右手をあげる。
「わっ私も! 一緒に……」
立ち上がろうとする未結に向かって、黒田は今度は右手を前に出して制止する。
「いいえ。如月くんの武装は近距離戦には不利ですから僕が甲板の安全を確保します」
「えっ!?」
「終わったら呼びますからゆっくり来てください」
そう言うと黒田はV428から飛び出した。飛び出した彼はすぐにスラスターを点火し、ビューティアプリコット号に向かって飛んでいくのだった。




