第41話 海に潜む闇
房総半島の先端から南へさらに南に伊豆大島がある。ここの海岸沿いの港は人間の支配下であり、ツマサキ市の漁港とエーテル加工工場がある。分離壁の中にもエーテル加工工場はあるが、避難民の増加により土地不足と安定供給のため伊豆大島に第二の加工工場が作られた。約六割のエーテルが伊豆大島で生産されている。
伊豆大島から南東の洋上に一台の巨大タンカーが停泊している。タンカーは改造されており、船体中央に巨大な鉄塔が見える。鉄塔は水を汲みあがる巨大なポンプだった。
ポンプの下に制服を着た男女十五名が居る。彼らは紺色のブレザーの制服を着たツマサキ市の中学校の生徒たちだ。中学生たちの前に作業着で黄色のヘルメットをかぶった作業員が二人ほど立っている。作業員は男女各一名ずつだった。
「エーテル用の海水は水深が深いほど良いです。不純物が少なく加工が容易になるためです」
男性作業員がポンプを指して説明をしている。この船は掘削船を改良し海水採取船だ。船名ビューティアプリコット。この船は文字通り深海までパイプを伸ばし、そこで海水をくみ上げ貯水しエーテル加工工場まで運んでいる。海水一リットルから精製できるエーテルは、雨粒一滴ほどしかないためタンカーを使って海水を大量に運ぶ必要があるのだ。
中学生たちは前列にいる五人は真面目にメモを取り、後ろにいる六人くらいほとはメモを持っているが手が動かず、一番後ろに並ぶ男女四人組に至っては話も聞かずに小声で談笑していた。彼らはツマサキ市立第一中学校の三年生。彼らは社会科見学に海水採取船へとやって来ていたのだ。
「このポンプでくみ上げたのはそこのパイプで甲板の下にある」
作業員が鉄塔の近くの床を指した、彼の指先に鉄塔から直径一メートルほどの、太いパイプが甲板の床へ伸びていた。鉄塔から伸びたパイプは地上で別れ船首と船尾に分かれ、先は曲がって床に突き刺さるように置かれている。
「深海までパイプを下したら砂とか混じりませんか?」
最前列にいる一人の女子中学生が右手をあげ質問する。薄い黄色の短い髪に紫色の瞳をした身長が高くスラっとした女子生徒だ。彼女は宮山冬羽という。真面目な性格の学級委員長だ。
「それは…… パイプの先にこのようなフィルターがついて」
作業員が冬羽の質問に手にモテるくらいの大きさに作られた、網目の丸いフィルターを持って来て生徒に見せながら答える。
「ここでくみ上げた水はどうやって工場に持っていくんですか?」
「はい。港で船体の外部からパイプをつないで工場のタンクへ移します」
質問を繰り返し真面目な顔でメモを取る冬羽だった。後ろで談笑していた男子の一人が、あくびし不満そうに作業員と冬羽のやり取を睨みつける。
「えっと……」
「おい! 冬羽! これ以上聞くなよ。長くなるだろうが!」
「はっ!? まだ時間は……」
「質問がなきゃ終わりなんだよ。いい加減にしろ!」
冬羽が質問を続けようとしたところ、あくびをしていた男子生徒が遮った。男子生徒は短い茶色の髪に、綺麗な赤い瞳の大きな目に、鼻も高く端正な顔をしていた。鼻に銀色の小さなピアスをつけている。彼の名前は茅野英翔という。
「こら! 英翔君! ダメでしょ真面目に聞かないと」
「えぇ!? 先生。だってつまんねえだよ」
背後から英翔を叱る声がする。振り向くと椅子に腰かけた女性教師が眉間にシワを寄せていた。女性教師は、紫色の瞳の優しそうな眼の上から眼鏡をかけ、長い黒髪をサイドテールにしていた。彼女は白いシャツの上にワンピースの青いスカートを履いている。女性教師の名前は倉美里という。
女教師は妊娠をしているようで、腹が大きく膨らんでいた。いきりたい年頃の英翔だったが、さすがに身重の女性にたてつくようなことはできなかった。
「チッ。わかったよ」
「あはは! ださーい!」
「うるせえ!」
舌打ちをして両手を頭の後ろに持っていく英翔、彼は隣にいた女性にからかわれる。英翔の隣にいるのは肩くらいまで毛先がはねた銀髪の女子生徒だった。顔が小さく目はぱっちりと丸く大きく瞳は濃い赤い色のかわいらしい女子生徒だった。彼女は香川春奈という。
「ごめんなさい。宮山さん。続けて大丈夫よ」
「はい」
椅子から立ち上がり作業員に頭を下げた、美里は冬羽に質問を続けるように促すのだった。
「この船に番傘衆は常駐していません。採取作業の安全なんですか?」
「それは…… 倉見さん。お願いできますか」
男性作業員が横を向き、隣にたつ女性作業員に回答を依頼した。女性作業員は静かに冬羽に頭をさげた。
「当船の警護担当の倉見といいます」
右手を胸に置いて話を始めた女性作業員。男性作業員のベルトにはスパナなどが入った工具入れが装備されているが、彼女の腰のベルトは拳銃のホルスターが装備されていた。
「探知機で海洋型レインデビルズの動きは把握し各船と情報共有しています。それに警報が鳴ればすぐに番傘衆がやって来てくれるようになっています」
「じゃあそれまではその拳銃だけで戦うんですか?」
「万が一の時のために船室には大きな武器もありますから安心ですよ」
笑顔で答える女性作業員だった。冬羽は納得したのか静かにうなずく。
二時間ほど後…… 昼の食事を終え、生徒たちは海水採取船の船内の一室で休憩していた。テーブルと椅子が並んだ広い室内で、生徒たちはつかの間の休息を満喫していた。
「先生…… 遅いわね」
壁にかけらえた時計を見て冬羽がつぶやく。美里が休憩室を出ていきもうすぐ休憩時間が終わると言うのに、まだ戻ってきてないようだ。隣に座っていた男子生徒が立ち上がった。
「確か酔うからって外で休んでるって言ってたな。俺! 呼んでくる」
「先生を見つけたら、英翔君たちもいないからついでに呼んできて」
「おぉ!」
男子生徒は笑顔で返事をして、扉から部屋を出ていってしまった。廊下を抜け階段を上がって甲板へと上がった広い広い甲板をとぼとぼと歩き、男子生徒はさきほどまで話を聞いていた鉄塔の側へやって来た。
「あれ!? いないな」
作業員が話を聞いていた時に美里が座っていた、椅子の場所へとやって来た男子生徒だったが彼女の姿はなかった。男子生徒は甲板の上を美里を探して歩く。鉄塔近くのコンテナが積まれたエリアへと彼はやってきた。採取道具などが搭載されたコンテナの間を歩き、美里を探す男子生徒だった。コンテナの間から船のへりが見えわずかに海がのぞく。
「…… 様…… はやく…… 祝福を……」
「先生だ……」
誰かが話す声が聞こえた。美里の声だとわかった男子生徒は、コンテナの間から顔をだし声がしたほうに向けた。
「先生!?」
声をあげた男子生徒、彼の表情は驚いて固まり恐怖で青ざめていく。彼の視線の先に居たのは……
「あら…… 見られちゃった…… でもいいの……」
腹を撫でる美里のかたわらに、彼女を守るようにして半魚人がたっていたのだ。よどんだ光る黒い目をもつ、魚の頭に、青いうろこに覆われた魚体から手足が生えた姿の半魚人は、レインデビルズのサハギンだ。サハギンは水棲のレインデビルズで小さな船を襲う。
「うわあああああああああ!」
「ふふふ……」
腰を抜かし叫び声をあげる男子生徒。美里は彼を見て優しく微笑み、愛おしそうに腹を撫でながら近づく。
「悪い子はお仕置きしないと……」
「ひぃ!? やめろ」
男子生徒のすぐ近くまで来た美里、彼女はコンテナの間で腰を抜かし後ずさりする男子生徒ジッと見つめている。
「お願いね…… パパ!」
美里の後ろにサハギンが現れた。サハギンに微笑んだ美里は顔を前に向ける。サハギンはぎょろっとした目で彼を睨みつけ、刃先が三又に分かれた槍を向けた。コンテナの間の薄暗い空間へ一歩ずつ足を踏み入れるサハギン。男子生徒は必死に立ち上がろうとするが、恐怖で体がうまくうごかせずゆっくりと後ずさりすることしかできなかった。
「キシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!」
「やっやめろ…… うわああああああああああああああ!!!」
叫び声をあげたサハギンは駆けだし、男子生徒へと近づき彼に向け槍を突き出した。槍は男子生徒の首を貫くのだった。




