第40話 前へ進もう
レイ、甘菜、未結の三人はツマサキ市へと帰還した。
房総半島の主だったアークデーモンを討伐し、なおかつ町の重要人物である杏を無事に帰還させた、三人には名誉ある賞状の授与と給料に少しの手当がつくことが決まった。
三人が帰還して二日後……
「はい! あーん」
「やめろよ。一人で食える」
自宅の一階の店舗スペースのカウンターで並んで朝食を食べるレイと甘菜、二人は珍しく戦闘服でも学校の制服でもなく、番傘衆が支給する紺色の軍服に身を包んでいた。夏美が用意した朝食は、客に出す定食と同じで焼き魚にご飯とみそ汁に漬物というメニューだった。
右腕を吊るしたレイは頬を赤くして恥ずかしそうに顔を背けていた。彼の態度に箸で魚の身をつかんでいる甘菜はプクっと頬を膨らませる。
「ダメだよ。さっきご飯こぼしてズボン汚したじゃない。まったくこれから大事なことがあるのに……」
「だから一人で…… あぁ! もう」
目の前にある朝食が乗ったお盆に左手を伸ばし、箸を使おうとしたがうまくいかず声をあげるレイ。彼はアークデーモンとの戦闘で右肩を負傷し、右腕を吊るした姿勢で安静にしなければならなかったのだ。弟の不自由に姉はものすごく張り切っているのだ。
「ニヤ。はい。あーん」
「クソ!」
あきらめたのか横を向き、口を開けるレイだった。ニコニコと満足そうに彼の口に箸をもっていき焼き魚を食わせる。
「美味しい?」
「あぁ。うまいよ」
口をもごもごと動かしそっぽを向き答えるレイ、不満げに口を尖らせる甘菜だった。
「そこはお姉ちゃんが食べさせてくれたからさらに美味しくなったでしょ!」
「はぁ!? 誰が食わせたからって味が変わるかよ!」
「プクーーー!!!」
「なんだよ。ほら次は飯を食わせてくれ」
左手で茶碗に盛られたご飯を指さすレイ、頬を膨らませた甘菜だったが素直に彼の頼みを聞く。ご飯を箸でつかみ甘菜は彼の口へと持っていく。
「はい。あーん」
「あーん」
レイにご飯を食べさせてにっこりとほほ笑む甘菜、少し恥ずかしそうにもごもごと口を動かすレイだった。そっと背後に誰かが近づいて来た。レイの食事の世話に夢中の甘菜と、姉に食事をさせてもらって恥ずかしいレイは近づく気配に気づかなかった。
「あっあの……」
レイと甘菜が動きを止め振り返る。そこには気まずそうに、二人の間に未結が立って居た。未結は二人と同じく紺の軍服に身を包み左手には丸い帽子を持っている。三人とも紺色の制服で、下半身は男性のレイはズボンで、未結と甘菜はタイトスカートだ。
「おぉ! 先輩! おはよう」
「おはよう。聞いて! レイ君たらひどいんだよー。ちゃんと朝ご飯食べてくれないの」
「はぁ!? そっちが変な風に食わせるからだろ」
二人は未結に向かってしゃべりだした。しかし、壁にかけられた時計を指して未結は口を開く。
「もう時間ですよ! 急いでください!」
「あっ! 本当だ! ほら早くご飯食べて!」
「えっ!? 危ない! はやいって」
時計を見た二人は慌てだした。甘菜は強引に、レイの口に箸を突っ込もうとし、レイは突っ込まれる箸をかわす。
「まったく……」
二人の様子を見た未結は呆れ、甘菜の背後から彼女の肩をつかんだ。
「甘菜さん。一つずれてください」
「えっ!?」
左の席へ甘菜を誘導し彼女の朝食も左へずらした。甘菜をどかした未結は、そのまま彼女が座っていた席に座る。
「私がレイさんに食べさせます。甘菜さんは一人で食べてください」
「ずっずるい」
「ほら時間ないですよ」
「ブゥ!!」
不服そうに口を尖らせる甘菜を見て少し勝ち誇ったように笑う未結だった。未結はレイのトレイに置かれた箸を持った。
「はい。あーん」
「あっあーん」
レイは少し恥ずかしそうに口を開け、未結から朝食を食べさせてもらうのだった。未結がレイの口に朝食を運ぶ姿を甘菜は黙って悔しそうに見つめるのだった。
朝食が終わり、三人は店の外へ出る。店の前に停められた軍用車両に乗り込み基地へ向かう。基地の端の海に面した場所に十数人の行列ができていた。行列は海に向かって伸び、制服を着た番傘衆に黒の礼服を着た男女だった。
「お前さんたち。こっちだ」
行列へと近づく三人に声をかけたのは人だかりに居た石川だった。制服を着た彼は行列から少し離れた場所に立って三人に向かって手を振る。
「ほら! とっとと挨拶してきな」
石川の後ろから制服を着た加菜が顔出し、右手の親指で背中に広がる海を指す。三人は行列に並ぶのだった。行列はゆっくりと進み海が見えて来る。海の前には棺で、その周りには花が棺を埋め尽くすように置かれていた。
閉じられたその棺に入ってるのは……
「ヤマさん……」
棺を見ながらつぶやくレイ。そう今日はヤマさんの葬式だ。土地が狭く衛生の問題があるため、レインデビルズに殺された番傘衆に墓は作られず。遺体は棺ごと海へと流される。
三人は閉じられた棺の前に立ち敬礼をし黙とうをささげるのだった。なお、本来なら棺をあげ遺体と対面し花を一つずつ参列者が入れていくのだが、彼の遺体は損傷が激しいため棺を閉じたまま葬儀が行われる。
「必ず…… 俺が……」
海上へと流れていくヤマさんの棺に敬礼をしレイはつぶやく。
葬儀はしめやかに執り行われ解散となった。車両へと戻る三人に一人の女の子が駆け寄って来た。幼稚園の制服を着て黄色い帽子をかぶったおさげ髪の優しそうな女の子だ。彼女は三人の前に立つ甘菜をジッと見て口を開く。
「お姉ちゃんたち…… パパの仲間でしょ? パパってすごいの?」
女の子は首をかしげる笑っている。彼女はヤマさんの娘で山手灯という。沈痛な顔で固まる甘菜、横に居た未結は灯の前にしゃがんで彼女を撫でる。
「はい。パパは立派な人でしたよ」
撫でられた灯は幼く、まだ父親の死というものが良く理解できていないようで、無邪気に笑顔を三人に向けていた。
「私もなれるかな?」
「なれますよ。あなたならきっと未来の英雄に……」
「うん! じゃあいっぱい体を鍛えて強くなる」
笑顔で両手を上げる灯、甘菜は辛そうに彼女から目を背ける。レイはうつむき暗い顔を無理矢理に笑顔にして未結の横にしゃがむ。
「先輩。ダメだよ。適当なこと言うなよ。なれるわけないだろ。この子が……」
「レッレイさん!? なんてことを言うんですか!?」
首を横に振って笑うレイだった。灯はレイの言葉に悲しそうに下唇を前に出し目に涙を溜めた。
「なっなれないの?」
「お父さんのようにはな。代わりにいっぱい勉強をしてたくさんいろんなことを学ぶんだ。そうすればなんにでもなれる」
「なんで? パパみたいにはなれないの?」
優しく灯の頭を撫でるレイ、少ししてレイは灯を撫でる手を止めた。彼女の瞳をまっすぐ見て口を開く。
「君が大人になる頃には俺…… ううん。俺たちがレインデビルズをみーんなやっつけ平和になってるからだよ」
「本当? もう怖くないの?」
「あぁ」
「約束?」
小さな小さな右手の小指を立て灯はレイに向けた。
「よし約束だ!」
レイは灯と同じように右手の小指を立て彼女の小指にあてる。二人は小指をからませ指切りをするのだった。
「約束だよー。じゃあねぇ」
灯はレイとの約束が終わると、母親の元へと駆けて戻っていった。母親は戻って来る娘を見ながらレイ達に頭を下げる。レイも灯の母親に頭を下げた。
「適当に約束なんかして…… いいの?」
「なっなんだよ。いいだろ別に…… それに…… 適当じゃねえからな」
灯を見送るレイの横に甘菜が立つ。レイは不服そうに唇を尖らせ甘菜に答え、彼は母親と手をつなぎ笑って手を振る灯に手を振り返すのだった。レイはまっすぐに灯をみつめその瞳に一切の迷いはなかった。甘菜はその表情を見て嬉しそうに笑う。未結もレイの横に立ち、彼の顔をジッと見つめ前を向く。
「わっ私たちが平和にって…… できますかね」
「出来る…… かもな。でも、やらなきゃダメだろ」
「そうですね」
三人は空を見上げる。アークデーモンが消えた房総半島の空は、以前より青く澄んでいるように見えた。
今回の作戦により持ち帰った死体により、対レインデビルズの研究は進む。レイと灯の約束もいつか果たされる時が来るだろう。その日までレイ、甘菜、未結の三人は、希望を捨てず歩みを止めず進んでいく。例えそれが辛く長い地獄の日々であっても……




