ディアマン家
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(まずいまずい……順調に悪役令嬢とその兄が育っている)
シャルルは剣術の稽古を終えた後、疲れたから少し休むと言って寝室に籠りベッドの上に座り腕を組んで唸っていた。
『オルタンシアの乙女』の悪役ディアマン家。
まず兄のジェレミー・ディアマン。彼は18歳で目標としていた父親に勝つことが出来るのだが、その後目標を失ってしまった彼は放蕩するようになり、その最中に隣国のスパイのハニートラップにかかってしまう。野心の塊であるその女に憧れ心酔したジェレミーは、その女の指示で父を殺害、母を監禁し辺境伯家を乗っ取ることとなる。
そして悪役令嬢、ベルナデット・ディアマン。彼女は全てにおいてやる気がなく、兄が家を乗っ取った時も面倒くさいことをしないでほしいとしか思わなかった。そんな彼女に目を付けた隣国の宰相に「一生遊んで暮らせる将来を保証しよう」と唆されて悪事の実行犯となる。
(ベルナデットは小さいときから強要されていた剣術も勉強も嫌でサボりまくっているっていう設定だった筈。それは確認できなかったけど、ジェレミーは才能があるって噂が既にある。たしかジェレミーはカロリーヌの4つ年上だから今は8歳か? 奴が父親を超えるまで後10年……今でさえ脳筋と名高いランベールだから、10年後ジェレミーに負けないように今以上に鍛えるというのは無理があるよな。だからやっぱりランベールの次の目標を用意するのが最適か? けどゲーム上ではそれがいなかったからそうなったんだろうしなぁ。シャルルが完璧王子であるポテンシャルを信じて死ぬ気で鍛えたとしても18歳に15歳が勝てるかどうか……単純に痛そうだし怖そうだしやりたくないんだよなぁ。ってかベルナデット! 兄に親殺されてその感想って怖すぎるだろ! サイコか? サイコなのか!? 会いたくないなあぁぁぁ)
一人百面相をしながらうんうん唸っていると、ノックもなしに外へ繋がるドアが勢いよく開く音がしシャルルは驚いて飛び上がった。何事かと固まって耳を澄ましていると、女性の制止の声とパタパタと走る軽い足音がこちらに近づいてくるのが聞こえた。
来訪者が誰か気づき安心して体の力を抜いたところで、寝室のドアもやはりノックなしで開けられた。
「おにいちゃま!!」
「カロリーヌ。そんなに慌ててどうしたんだい?」
シャルルは驚いてカロリーヌの元に駆け寄ってその手を優しく握った。
カロリーヌは普段返事こそ待てないが、ノックもなしに入ってくるような子ではない。不安そうな顔をする彼女の頭をそっと撫でると少しほっとしたようだが、その表情はいまいち晴れない。
「おにいちゃま、だいじょうぶ?」
「へ?」
「だいじょうぶ? いたくない?」
何故急にそんなことを聞かれるのか分からず、後ろに控えていたカロリーヌの侍女に視線で問いかけると彼女は苦笑して教えてくれた。
「バジルからシャルル殿下が死にそうな顔をしていたと聞いて不安になってしまったようです」
バジルとはシャルルの護衛騎士の若い方の彼だ。壮年の彼はブノワという名前で2人は親子らしい。以前シャルルが気になって「ずっと一緒で嫌じゃない?」と聞いたことがあるのだが、ブノワは「バカ息子が粗相をしないように見張れる方が精神的に負担が少ないですから」と笑って答え、バジルはそれに口を尖らせながら「俺も年寄りが無茶をしないように見張れてちょうどいいですよ」と答え拳骨を喰らっていた。
それはともかく、そんなにひどい顔をしていたのだろうかとシャルルは苦笑した。カロリーヌは未だに潤んだ瞳で不安そうにシャルルを見つめている。
「ちょっと疲れただけだから大丈夫だよ」
「ほんとう? おにいちゃましんじゃわない?」
「カロリーヌがいるのに死ぬわけないじゃないか」
「ほんとう? ほんとのほんと?」
「カロリーヌは可愛いなぁ」
「いたいのもかなしいのもだめよ? いつもうれしくないとだめよ?」
「うんうん。カロリーヌは優しいなぁ」
妹の可愛さにデレデレしながら頭を撫でるシャルルを見てようやくカロリーヌは安心したらしく、パッと笑顔になった。それを見たシャルルはたまらずカロリーヌをぎゅーっと抱きしめた。
「はー可愛い。なんでこんなに可愛いのかなー天使なのかなー」
「てんしよりせいじょさまがいい!」
「そうだねーカロリーヌは聖女様だよねー」
「はい!」
(実際聖女様なんだよなぁ……うん。やっぱり頑張ろう)
聖女様であり、ヒロインであるカロリーヌ。
そんな最愛の妹を守るため出来ること。
本当にそうなるかは分からないけれど、18歳のジェレミーがランベールに勝ってしまった時に次の壁になれるように。強くなろうとシャルルは決意した。