悪役令嬢ベルナデット
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「エリック」
「おー、シャルル殿下。今日も頑張ろうな」
「う……うー、うん」
シャルルの歯切れの悪い返事にエリックが苦笑する。
エリックとは身分を明かした後も対等な友人として接したいと彼の父親であるドナシアンに泣きついたところ、「それを決めるのは私ではなく両陛下です」と返されたので既に許可は取ってあると告げると、彼は頭を抱えて唸った。しばらくそうした後、「子供の間だけなら」と渋々許可を出してくれたため2人は晴れて友人同士となったのだった。
面倒見の良いエリックと甘えたのシャルルは相性が良く、今ではずっと友人であったかのように仲がいい。
シャルルは気づいていないが、ゲームでのエリックは別に面倒見の良い性格はしていない。エリックの面倒見の良さは、シャルルとの出会いが彼の人格形成に大きな影響を与えた結果である。
ちなみにあのプロポーズ事件のせいでエリックが周りから揶揄われていないか心配したシャルルだったが、それをエリックに聞いてみると「あれは殿下が可愛すぎるのが悪いから、騙されても仕方がないって逆に慰められた」と笑っていた。
今2人がいるのはシャルル専用の訓練場だ。
エリックと出会ったあの日から、シャルルの剣術の稽古にエリックが加わることになった。せっかく仲良くなったのだからもっと一緒にいたいと思っていたシャルルはドナシアンからの提案に喜んで了承したのだが、それは当然のようにシャルルの悪い癖を克服するための措置であるため一緒に遊べるわけではない。
それでも訓練の前後や休憩中に友人と話すことが出来ることがシャルルはとても嬉しかった。何せシャルルには友人と言える相手がエリックしかいない。そもそも同年代の子供にエルネスト以外会ったことがない。
そんなわけで、シャルルにとってこれまで苦痛でしかなかった剣術の稽古が今では楽しみな時間へと変わっていた。といっても痛い怖いと言って毎回泣くのは変わりないが。
今日もドナシアンの指導の元シャルルは泣きながら訓練を終えた。
「あ゛りがとうございま゛した!」
「ありがとうございました!」
「お疲れさまでした。シャルル殿下もだいぶエリックに打ち込めるようになってきましたね」
「でもやっぱり遠慮があるよな。オレ丈夫だし思いっきりやっても大丈夫だぞ? 父さんにも母さんにもよくシバかれてるし」
「う゛ぅん、分かってるんだけど……」
「ディアマン卿はまだ遠いですね」
「ディアマン卿?」
ドナシアンが微笑みながら言った言葉にエリックが首を傾げてシャルルを見た。シャルルは過去の短絡的な自分を呪いながらエリックに笑顔を返した。
「ランベール・ディアマン辺境伯。すごく強いって噂だから憧れてるんだ」
「ああ、オレも聞いたことある! 魔物や隣国から国を守ってるってカッコイイよな!」
「ダヨネ」
キラキラしたいい笑顔で同意するエリックに、シャルルは友人に嘘をついている罪悪感からすっと目を逸らした。
「確かオレらと同じくらいの子供がいるんだよな。そいつも強いのかな?」
「そうなの? 男の子?」
「男の子と女の子が1人ずつだって」
(来た! 悪役令嬢ベルナデットのことだ!)
突然やってきた情報が得られるかもしれないチャンスに内心ドキドキしながらも、シャルルは『ディアマン辺境伯の自分と同じくらいの歳の子供』に興味がある風を装って質問を重ねた。
「そうなんだ! 会ってみたいなぁ。先生は会ったことありますか?」
「いえ、ディアマン卿と奥様にはこちらにいらっしゃる時に会うこともありますが、我々がディアマン領に行くことはありませんので。ただご子息のジェレミー様は閣下の武術の才能をしっかり受け継いでいるとは聞いたことがありますね。それにご息女のベルナデット様も既に剣術の稽古を行っているとも聞いております」
「女の子も剣術を習うの?」
ドナシアンの話を聞いてエリックが目を丸くした。シャルルは女の子の知り合いがいないためそれが普通じゃないのかどうかが分からない。
「女の子は普通剣術の稽古はしないの?」
「オレの知ってる女の子たちは誰もしてないよ。護身術を習ってる子はいた気がするけど」
「普通はしませんね。ディアマン卿が脳き……ん゛ん゛っ! 強さを重んじる方ですので。あの家系に生まれた子は子供の頃から男も女も等しく剣術の稽古を行うらしいですよ」
そういえば前にも脳筋って言われてたなとシャルルは思い出した。ランベールの脳筋は有名なようだ。ゲームでそんな設定があったかは記憶にないが。
「その女の子……ベルナデット嬢も強いんですか?」
「どうでしょう? 私は聞いたことはありませんね。確かシャルル殿下とエリックの1つ下と聞きましたので、まだ稽古を始めて間もないのでしょう」
「そうなんですね」
「シャルル殿下は女の子の時点で強くても弱くても攻撃なんてできないだろうから負け確定だよな」
「エリック」
「ははは」
エリックの失礼な発言にドナシアンが咎めるように名前を呼んだが、否定できないと思っているだろうことが顔を見れば分かってシャルルは笑うしかなかった。