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「カロリーヌ!!!!」
「お兄様?」
件の階段までやって来たところで上の方からカロリーヌの声が聞こえてきて、シャルルは急いで階段を駆け上がった。
無事だとは聞いたが、ここまでフィリップについて歩いているうちにもしかしたらシャルルを動揺させないように嘘をつかれたのかもしれないとだんだん不安になってしまったのだ。
シャルルは走って来た勢いのままきょとんとしている彼女を抱きしめた。
「カロリーヌ、大丈夫!? 階段から落ちたって聞いたよ。怖かったよね? イザベルは怪我は無いって言っていたけれど、本当にどこも何ともない!?」
「落ち着いてくださいお兄様。本当に大丈夫ですわ。ちょうどすぐ下にいたベルナデットが助けてくれましたの」
「そう、良かった……」
笑顔で答えるカロリーヌを見て、シャルルは漸く安心した。ちょっと涙目になってしまったが、ベルナデットとその侍女のリディには先日のディアマン領訪問時に素を見せているし、周りへはフィリップが誤魔化してくれているので何も問題は無い。
「ベルナデット嬢、矢の件に引き続きカロリーヌを救ってくれて感謝する。お礼は何がいい?」
カロリーヌの無事を確認できたところで、シャルルは今回も彼女を守ってくれたベルナデットに心から感謝を伝えた。
言葉だけじゃ伝えきれないので何かお礼をと思ったのだが、それに対してベルナデットは笑顔で首を横に振った。
「お礼は不要ですわ。私はたまたまカロリーヌのすぐ近くを歩いていただけですから。友人を助けるのは当然の事です。カロリーヌに怪我が無くて私も嬉しいですもの」
「ベルナデット……! ありがとう」
ベルナデットの言葉にカロリーヌが感動してきゅっとその手を握りお礼を言った。
それは美少女2人(ただし片方は見た目美少年)が手を取り合う大変美しい光景なのだが、シャルルは素直に喜べなかった。
(これは……ひょっとするとひょっとするのか!? ベルナデットルート確定しちゃってるのか!? い、いや、まだ決めつけるには早い! それにもし! 万が一! 確定だったとしても『ほぼ』であって絶対ではないわけだし! うん! 大丈夫大丈夫!!)
内心大荒れのシャルルだったが、それを何とか隠して「わかった、ありがとう」とだけベルナデットへ返した。
後は大丈夫だと告げると、ベルナデットとリディはカロリーヌに手を振って歩いて行った。
「何はともあれ、カロリーヌが無事で良かったよ」
「ご心配をおかけしましたわ。少し立ち眩みがしてしまって。今日は早めに休むことにしますわね」
「うん、そうしてね」
何も気が付いていない様子のカロリーヌに、シャルルもフィリップも安堵した。自分が誰かに狙われていることなど、カロリーヌが知る必要は無い。
「ところで……」
カロリーヌはそう言ってちらりとフィリップを見た。
口火を切ったものの聞いてもいいのか迷っている様子で暫くうろうろと視線を彷徨わせていたが、結局尋ねることにしたらしく再び口を開いた。
「あの、イザベルはどこに行ったのか聞いているかしら?」
その質問にもしや何か感づいたのではとシャルルは一瞬警戒したが、カロリーヌの様子を見る限りどうもそんな様子ではない。
シャルルとフィリップは顔を見合わせた後、フィリップがカロリーヌに尋ねた。
「イザベルはカロリーヌ殿下に何と?」
「特に何も……ベルナデットにお願いしますとだけ言って行ってしまったわ」
「そうですか……」
フィリップはカロリーヌの返事を聞いて、少しの間思案した結果知らないことにすることにした。
「自分も何も聞いていないのですが、確認しましょうか?」
「えっ!? いいえ! 大丈夫よ!! 何となく分かっているから!」
「? そうですか?」
シャルルとフィリップからしたら本当のことを教えるつもりはないのでカロリーヌの返事は有難かったのだが、顔を赤くして慌てて否定する様子に逆にカロリーヌの想像の内容が気になってしまった。
シャルルは少し考えた後、カロリーヌの反応から一番連想できるものを口にしてみた。
「もしかして、恋人と一緒?」
「イザベルに恋人なんていませんよ」
シャルルとしてはカマをかけただけなのだが、思った以上の即答が隣から返ってきて驚いた。その顔を見ると、分かりづらいが面白くないという感情が隠しきれていない。フィリップの意外な反応に、シャルルはついイタズラ心が芽生えてしまった。
「えー? フィリップが知らないだけなんじゃないの? ねぇ、カロリーヌ?」
「えっ!? え、ええっと……」
「え? 本当にいるの?」
シャルルとしてはイザベルなら真っ先にフィリップに報告するだろうという推測から実際に彼女に恋人がいるとは思っておらず、ただフィリップを揶揄うために口にしただけだった。
しかしこのカロリーヌの反応は恋人がいると言っているようなものである。
「ちょっとお相手にご挨拶をしたいので、どこの馬の骨か教えてもらっても?」
「フィリップ、落ち着いて。どーどー」
「落ち着いていますし自分は馬ではありません」
「けど確かにロリ……ん゛んっ! どんな人か分からないし心配だな。カロリーヌは相手を知っているのかい?」
「2人とも落ち着いてください! イザベルに恋人はいませんわ!」
きっぱりと言い切ったカロリーヌだったが、では先程の反応は何だったのか?
本人も不自然だった自覚はあるらしく、少し視線を彷徨わせた後口を開いた。
「あの、あまり本人のいないところで言いふらすのも良くないと思いますので、誰にも言わないでくださいましね? 実は私たちがここに居たのは、イザベルがラブレターを貰ったからでして」
「「ラブレター?」」
「ええ。イザベルは興味が無いと無視しようとしていたので、それは失礼だと私が無理やり連れて来たんですの」
「えっと……ここに? 呼び出されたの??」
「ええ」
こくりと頷くカロリーヌに、シャルルとフィリップは微妙な顔で顔を見合わせた。恐らくその手紙の主が犯人で、カロリーヌを事故に見せかけて害するのが目的だったんだろうが。
「ないわー。こんなところに呼び出すとかないわー。乙女心というのが分かってないね」
「そんなことも分からないような馬鹿にイザベルは任せられませんね」
「貴方たち一体何目線なの?」
ため息をつきながらまるで男を値踏みする女子みたいなことを言い出す2人にカロリーヌがツッコミを入れる。
「何女子会みたいな話してるんですか」
3人で話していると、呆れた顔をしたイザベルが階段の上から降りて来た。
それを見てカロリーヌが慌てて口を開く。
「イザベル! あの、ごめんなさい。話の流れで2人に手紙のこと話してしまったの」
「ああ、別に構いませんよ。後で私から話すつもりでしたし」
「そうなの? え? ということはもしかして……」
イザベルの言葉にカロリーヌの表情が申し訳なさそうなものから嬉しそうなものに変わる。ラブレターを貰って、もし断ったのなら彼女の性格上わざわざ報告などしないだろうと思ったのだろうが、残念ながら前提が間違っている。
「それでイザベル、そのお相手は?」
「しっかりお話合いをして諦めて頂いたわ」
イザベルは口に出して言ったこと以外にも何かフィリップに伝えたらしく、フィリップはシャルルにアイコンタクトをした。内容はカロリーヌと別れた後でということだろう。
「なんだ、恋人が出来たわけではないのね」
少しつまらなそうにそう言うカロリーヌに、「イザベルに恋人なんてまだ早いです」とフィリップが言う。
「これまで気づかなかったけど、フィリップって僕以上にシスコンだよね」
「そんなことありませんよ失礼な」
「いやいや、そんなことあるって。僕はカロリーヌに恋人が出来たって構わないもの」
シャルルの発言に、カロリーヌ、フィリップ、イザベルは揃って意外そうな顔をした。3人とも普段の溺愛っぷりから絶対に「恋人なんて認めない」と言うと思っていたのだ。
「あら、そうなんですの?」
「けど相手によるでしょう?」
「カロリーヌが変な相手なんて選ぶわけがないからね。カロリーヌが幸せなら僕も嬉しい」
どこまでもカロリーヌを信じ切ったその発言にフィリップが感嘆の声を上げた。
「やはり自分ではシャルル殿下の足元にも及びませんよ。イザベルに恋人なんて出来たらまず騙されていることを疑いますから」
「それは愛ゆえの心配だよ。僕と方向性は違うけど重さは上じゃないかな」
「シャルル殿下みたいに『カロリーヌが足りない』なんて言いませんし」
「そりゃ君たちはいつでもお互いの声が聴けるからでしょ? きっと用事なんか無くても近況報告とか言って定期的に話してるんでしょう? ねぇイザベル?」
シャルルの確信を持った問いかけに、イザベルはいたたまれなさそうにスッと目を逸らした。無言は肯定である。
「ていうか。僕以上のシスコン呼ばわりが失礼って、その発言が大概失礼だよね」
「今更ですか」




