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ガレットを食べながらしばらくいろいろな店を見て回り、市場を出る頃には時刻はお昼になっていた
ので昼食をとるべく次の店に向かう。遊歩道は綺麗に整備されており、たくさんの人が行き交っていた。
「今から行くお店は僕は行ったことないんだけど、バジルのお勧めらしいから一度行ってみたかったんだ」
「彼のお勧めって、大丈夫なんですか?」
「バジルは意外とグルメだよ。趣味が食べ歩きらしいし」
「いえ、味の話ではなく、店の雰囲気といいますか……」
「ああ、まあ大丈夫じゃないかな?」
大衆食堂と聞いているから、フィリップから見れば王子が入る店の格式としてアウトなのかもしれないが、治安的には問題ないだろうという意味でシャルルは返事を返した。
「バジルって?」
「ああ、護衛騎士の1人だよ。市井のいろいろなことをよく知ってるんだ」
「シャ……フィルは、騎士たちとも仲が良いんだね」
「小さい頃から一緒だからね。普通じゃない?」
「普通……そうだね」
「そうだよ」
シャルルの言葉に二コラは曖昧に笑った。その反応からガルデニアでは違うのだろうとシャルルは察したが、特に指摘をすることはしなかった。
賑やかな食堂で美味しい昼食を食べ、お土産にお勧めの名産品を扱う穴場のお店を紹介し、カロリーヌと共にお忍びで何度か行ったスイーツカフェでお茶をしたらもうじき日が暮れる時間になった。
そろそろと帰宅を促すフィリップに、最後にもう1箇所だけと言って小高い丘の上にある公園に向かう。そこは夕日が綺麗に見える公園で、二コラとの夏休みイベントの発生場所だった。
ゲームでは偶然カロリーヌと二コラがここで出会い、二コラが夕日を見ながらガルデニアの話をしてくれる。
ゲームのイベント発生日と違う上カロリーヌもいないが、シャルルはなんとなく二コラは話してくれるだろうと思った。
鮮やかな夕日と赤から宵闇へと美しくグラデーションを描く空を見て感嘆の声を上げる二コラに、シャルルは微笑みながら尋ねた。
「ガルデニアはどんな国?」
「……良い国だよ。活気に満ちていて、賑やかで。貧富の差が大きいのはいただけないけどね」
照らす夕日を少し目を細めて眺めながら穏やかに話す二コラの横顔を見ながら、シャルルは静かに聞いた。
「驚いたんだけど、この国にはスラムが無いんだね」
「そうだね。まあギリギリの村はいくつもあるんだけど」
「それでも、スラムは無い。それは国として凄い事だよ」
二コラの言葉はつまり、ガルデニアにはスラムがあるということで。それを直接聞くのは憚られたのでシャルルが黙って見つめていると、夕日からシャルルへと視線を移した二コラが苦く笑った。
「ガルデニアは良い国だよ。けど全ての人が豊かに暮らせているかと言えば、決してそんなことはない。それはどこの国でも多かれ少なかれある、当たり前のことだ。でも、もしそんな人たちが少しでも減る方法があって、それが僕に出来ることであれば、僕はその為に動きたい。それがたとえ……」
(他国を犠牲にすることであっても――だったよね……)
二コラが口にしなかった言葉の続きは、記憶にあるゲーム画面に表示されていた文章が続くのだろう。
ゲームではここでカロリーヌが何も言わずぎゅっと二コラの手を握り、ただ2人で夕日が沈むのを眺めてこのイベントは終わる。
しかしシャルルはカロリーヌではないし、そもそもシャルルの目的は二コラの好感度を上げることではない。
「方法はひとつじゃないよ、二コラ第二王子殿下」
「!! なんで……」
「知ってるのかって? だって君、思いっきり本名名乗ってるじゃないか」
「そ、うだけど……二コラもペルルもよくある名前だし、第一ガルデニアは政治的方策として第二王子の情報は名前も顔も国民にさえ開示していないのに」
驚愕に目を見開く二コラに、シャルルは肩を竦めて答える。仮にも王族がスパイとして他国に赴くのなら、せめて偽名くらい使うべきだろうとシャルルは思う。それがたとえ開示されていない情報であれ、だ。
(そもそも第二王子にスパイやらせるのがまずありえないんだけど)
まあそれは乙女ゲームならではのご都合設定なので仕方がない。
「いつ分かったの?」
「いつって言うか、最初から?」
「最初から!?」
二コラはシャルルが彼の態度か何かに違和感を持って調べたのだろうと思ったのだろう、シャルルの答えに驚いている。
「他国の情報を持っておきたいのはガルデニアだけじゃないってことだよ」
シャルルが緩く笑って言った明らかにスパイを仄めかす言葉に、ぴくりと二コラの顔に緊張が走る。
「その様子じゃ、僕がこの国に来た本当の目的も分かってるんだろうね」
「そうだね」
「じゃあ、何で……」
「好きにさせてるのかって?」
シャルルの問いかけに、二コラはこくりと頷く。
「んー、それは難しい質問だなぁ。一つはその目的ってのにいまいち確信が持てなかったこと、勘違いで留学生に危害を加えたなんてことになったらそれこそ不味いからね。それから君の態度が終始僕やこの国に友好的だったこと、とてもこの国を害そうなんて考えている人間には見えなかった。そしてそれ以上に最大の理由は……僕の直感だ」
にこりと笑って告げたシャルルの答えに、二コラはポカンと口を開けた。横からはフィリップの大きなため息が聞こえる。
「直感?」
「うん。結構重要なことだよ? それに僕は自分の直感には自信を持ってる」
「本当に当たるから質が悪いですよね」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
やはりまだどこか納得のいっていない顔をする二コラに、シャルルはゆっくりと言い聞かせるように話しかけた。
「今のところ僕は君の行動を止めるつもりはないよ。けどもしもこの先君が僕の大切なものを傷つけようとしたなら、僕もそれなりの対応をしなければならなくなる。詳しい事情は知らないけどさ、さっきも言ったけど、方法はひとつじゃないよ。他の、皆が幸せになれる方法を考えてくれたら僕は嬉しい」
シャルルの言葉を聞いて二コラは瞳を揺らしていたが、結局何も返事をしなかった。
そのことを少し残念に思いながらも、そろそろ暗くなるから帰ろうかと言ってその日はそのまま解散した。




