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翌日昼休み、シャルルはエルネストに会いに行った。一応事件の話を聞いておこうと思ったのだ。
シャルルがエルネストと会ったのは前回の休暇の時だったのでそれほど前ではない筈なのだが、何故かその時より信仰度が上がっている気がする。
「シャルル殿下直々に会いに来てくださるなんて光栄です!」
「うん、まあ楽にしてね」
「お気遣いいただきありがとうございます。その優しさに感動致しました!」
「はははそれは良かった」
場所はいつもカロリーヌとお茶会をしている部屋なので、フィリップ以外の目が無い事が幸いである。もし何も知らない人に見られたらいつもと違い過ぎるエルネストの精神状態を心配されただろうし、シャルルが一体何をしたのかと恐ろしいものを見る目で見られたことだろう。
「あー……魔力制御の授業中の事件の話を聞いたよ。エルネストは大丈夫だった?」
「はい、オングルは一直線にディアマン嬢に飛んで行きましたから。まあこちらに飛んで来たとしても問題無かったとは思いますが」
「カロリーヌは怯えていなかった?」
「妹君は……カロリーヌ殿下は特に怯えた様子は無かったと思います」
「そう」
シャルルはエルネストの答えににこりと笑った。
エルネストはカロリーヌのことを『妹君』と呼ぶ。それはエルネストの中で尊敬するのがシャルルで、彼の中のカロリーヌの立ち位置は『シャルルの妹』だからだ。
ゲーム上では好感度が上がるまで『姫君』と呼んでおり、それを思い出して不安になる為シャルルは会うたび訂正するように言っていたので最近では自ら言い直すようになった。最もほぼ必ず最初は妹君と言うところから、シャルルの前以外ではそう呼んでいるのは明らかだ。
余談だがゲーム上で好感度が上がった場合、カロリーヌのことは『カロリーヌ殿下』と呼び、シャルルのことは『兄君』と呼ぶようになる。
「ベルナデット嬢はどうだった?」
シャルルが今日一番聞きたかった質問をすると、エルネストは少し考えてから口を開いた。
「彼女には正直驚きました。想定外の事態にも慌てることなく、魔物に怯えることもなく、冷静で完璧な対応だったと思います。一度相対したことがあるとは言っていましたが、だからと言って誰にでも出来る対応ではなかったと私は思います」
エルネストの答えにシャルルもフィリップも驚いた。彼がシャルルと両親以外でこんなに他人を褒めるのを初めて聞いたからだ。
「君にしては随分評価が高いね?」
「あれは評価せざるを得ませんでしたから」
またしてもきっぱりと言い切ったエルネストに、シャルルは今度は別の不安が頭を過った。
「これは答えたくなかったら答えなくていいんだけど。もしかして、ベルナデット嬢のことが女性として気になっていたりする?」
シャルルとしてはそれならそれで別に構わないのだが、エリックのことを考えると複雑な気持ちになってしまう。
問われたエルネストはキョトンとしている。聞き方が分かりにくかっただろうかと言い直そうとしたが、単に予想外の質問だっただけらしくシャルルが口を開く前にエルネストが答えを口にした。
「ディアマン嬢が女性として気になるかと聞かれると、答えは『否』です。そもそもディアマン嬢とは呼んでいますが、彼女が女性でありそういう対象であると今シャルル殿下に聞かれるまで忘れていました」
「そ、そっか……」
なかなかに酷い言い草だとシャルルとフィリップは思ったが、同時に忘れても仕方がないとも思ってしまった。それほどまでに今のベルナデットは王子様だ。実際の王子はシャルルなのだが。
「はっ! もしやシャルル殿下の婚約者は……」
「答えると対象が絞られてしまうからこの質問にはあまり答えないようにしてるんだけど今回は答えさせてもらうね。違うよ」
「あ、すいません、つい」
シャルルに婚約者がいることは公表されているが、それが誰かと言うことは王家とアンブル家の人間以外には未だに秘密にしている。
婚約状態は続いているが、2人の関係は相変わらずだ。2年になった時に一度だけ、シャルルからクロエに「このままではなし崩し的に結婚することになってしまうかもしれないから、そろそろ婚約を解消しとく?」と尋ねたのだが、それに対するクロエの返事は「それならそれで構わないわ」という予想外のものだった。
もしかしてクロエは僕のことが好きなのか? と混乱したシャルルが続けて「クロエは女の子が好きなんだよね?」と尋ねたが、それに対しては「何言ってるの? 当たり前でしょう?」とキッパリと言っていたので、彼女は仮面夫婦になればいいという意味で言ったのだろうなと納得した。
自分から提案しておいてなんだが、クロエの答えにシャルルはホッとした。今婚約解消となるとまたすぐに「新しい婚約者を」と言われるのは目に見えている。しかし。
オルタンシアの乙女のエンディングはカロリーヌが学園に入学して1年後。日本人向けゲームらしく、入学は春だ。
そしてシャルルがゲーム上で殺されるのは今年の冬。既に現実はゲームと大分剥離しているが、今のところ何となくイベントをなぞってはいる。もしかしたら自分は――
(あ、駄目だ。これ以上考えたら泣く)
エルネストに失望されない為にもここで泣くわけにはいかないと、シャルルは一旦思考を切断した。
「うん、君と話が出来て良かったよ。今日はありがとう」
シャルルがにこりと微笑んでそう言うと、エルネストは話の終わりを察して挨拶をして部屋を出て行った。扉が閉まると同時にシャルルは両腕で目元を覆って上を向いた。フィリップの視線を感じるが、彼なら別に構わないだろう。
「あーーー未来が怖い」
「いつも通りですね。結婚に怖気づきましたか?」
「もうちょっと優しい言葉が欲しいなぁ」
「シャルル殿下なら何でも出来ます。だから怖い事なんて何もないですよ」
「あ、ちょっと元気出た」
シャルルは目元を覆っていた腕を外して感謝を込めてフィリップに笑いかけた。何も話してもらえないことをもどかしく思いながらも、分からないなりにシャルルの望む言葉をくれるフィリップにシャルルは随分と救われている。
一見無表情に見えて心配の色を滲ませる瞳と目が合って、フィリップと自分に言い聞かせるように「大丈夫」と呟くと、フィリップも微かに微笑んで「ええ、絶対に」と返してくれた。
(うん。大丈夫。シャルルは完璧王子。やれば出来る子)
そう自己暗示をかけて、シャルルは確実に迫る運命の日への不安や恐怖に蓋をした。




