残酷な現実
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シャルルが思い出したのは、シスコンとして生きていた日本人男性という前世の記憶だった。
前世ではそれはもう妹を溺愛していた。
時間が出来れば妹と一緒に過ごしていたし、妹が友人と遊びに行くと言えば保護者としてついて行ったし、妹が趣味としてやっていた乙女ゲームは妹の好きを共有したいがために横で一緒に鑑賞していた。
その妹のやっていたゲームの1つが『オルタンシアの乙女』で、オルタンシア王国の王女が魔法学園で男の子たちときゃっきゃうふふしながら隣国の陰謀と戦うという内容だった。
その王女こそ、シャルルの妹カロリーヌ・オルタンシアである。
そしてその兄であるシャルル・オルタンシア。ゲーム終盤で唐突に死ぬ。
(よりによって『オルタンシアの乙女』かよ!?)
そのゲーム、選択肢を間違えたら王女が死ぬ。
別の選択肢を間違えたら王女は死ななくても攻略対象が死ぬ。
酷い場合は世界が死ぬ。
(そしてシャルルは選択肢関係なく確実に死ぬ)
ゲームのエンディングは、『王女が女王となり攻略対象と幸せになりました』という定番のものだった。
そして制作サイドが「王女を女王にしたいけど、それだと王子が邪魔だよね」と思ったんだろとしか思えない感じで、ゲーム終盤で何の前触れもなく突然王子は殺される。
理由も「恐らく隣国のスパイにやられたと思われる」とかいうふわっとした感じで、王子であるにも関わらずそれ以上言及もされなければ申し訳程度に悼んだ後即王女を女王へという流れとなるという酷い話だ。シャルルが泣くのもさもありなん。
(死ぬの怖い。カロリーヌが死ぬのも嫌だ。攻略対象も死んで欲しくないし、世界も滅んで欲しくない)
授業後に自室に戻ってぐるぐる考えながらまたじわりと瞳が潤んできた時、部屋にノックの音が響くと同時に返事をする前にドアが開いた。
「おにいちゃま、あちょんでくだちゃいまし」
入ってきたのはカロリーヌだった。
前世同様、シャルルは妹を溺愛している。シスコンは死んでも治らなかった。
「カロリーヌ、ノックをした後は返事を待たないとダメだよ」
「はい、おにいちゃま」
シャルルは瞬時に涙を引っ込め困った顔でカロリーヌに注意しながらも、ひとつしか変わらないためそんなに体格が変わらない彼女を招き寄せ膝にのせてぎゅっと抱きしめる。
(そういえば、ゲーム上ではシャルルとカロリーヌはそんなに仲が良い感じじゃなかったな。シャルルも綺麗だけどまるで人形のように冷たい無表情で何でも簡単にこなしてしまう氷冷の完璧王子だったし……これからそうなるのか?)
そんなことを考えながらシャルルがカロリーヌを見つめながら首を傾げると、「なぁに?」とカロリーヌもシャルルに合わせて首を傾げた。
「カロリーヌはなんでこんなに可愛いのかなって思ってただけだよ。さて、何して遊ぼうか?」
「ごほんよんでくだちゃい」
「いいよ。貸してごらん」
「どーぞ!」
カロリーヌが持ってきたのは聖女様が傷ついた動物たちを癒やしていく絵本で、最近の彼女のお気に入りだった。
聖女様は浄化と癒しの加護を持つ者のことで、世界にたったひとつのその魂は太古から今に至るまで生と死を繰り返し連綿と受け継がれているとされている。
そしてゲーム知識があるシャルル以外まだ誰も知らないが、カロリーヌこそがその聖女なのである。
(そうか、聖女だからこんなに可愛くて可愛くて愛らしくて奇跡みたいに可愛いんだな)
絵本を目を輝かせながら食い入るように見ているカロリーヌを見て、デレデレとしているシャルルには彼の記憶にある氷冷の王子の片鱗は全くなかった。