クロエ
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「お初にお目にかかります。アンブル侯爵家が長女、クロエ・アンブルでございます」
サラサラの黄金色の髪とシトリン色の瞳を持った、聡明そうな少女が完璧な所作でシャルルに挨拶をした。
彼女こそシャルルが指名した婚約者であり、そして攻略対象の1人である。
『オルタンシアの乙女』にはいわゆる百合ルートが存在した。
魔法省長の娘であるクロエ・アンブル。
クロエは同性愛者であり、15歳の時に両親にそのことを打ち明ける。理解してくれると思っていた両親はクロエのその気持ちを間違ったものだと否定し、それ以来教育と称して厳しく彼女の行動を管理するようになる。当然クロエが同性愛者であることはアンブル家の秘密とされたが、ベルナデットはその情報を隣国のスパイ経由で入手していた。そのためクロエは学園入学後、「協力しないと秘密をばらす」とベルナデットから脅迫を受けることになる。
カロリーヌは偶然彼女の秘密を知ってしまうが、それを否定せず受け入れることで2人の距離は縮まっていく。そしていろいろな問題を乗り越えて2人で生きていくことに決めました、というのがクロエルートのハッピーエンドだ。ちなみにバッドエンドでは全てに絶望したクロエが自ら死を選ぶ。
シャルルがクロエを婚約者に指名したのは、彼女にもカロリーヌにも幸せになってもらいたいためだ。
クロエルートはたとえハッピーエンドに辿り着いたとしても、恋人になれても国の安寧のためにと公表は出来なかったり、後継ぎの問題が結局解決しないまま終わったりと現実的に見て問題が多い。そのためシャルルとしては出来ればそのルートには入って欲しくないと思っている。
そこでシャルルは彼女の秘密をどうにかして聞き出し、お互いの利害の一致の上での『仮の』婚約者になってもらおうと考えた。
クロエは現在シャルルと同じ歳の12歳。ゲームでクロエが両親に秘密を打ち明けたのは伯爵家の嫡男との婚約話が出てそれを断りたかったからだったので、今回シャルルが打診したことで同じ行動に出るのではないかという可能性もなくはなかったが、相手が王族となると流石に断ることは出来ないと思ったようで彼女は素直に婚約を受け入れた。
今日は顔合わせということでまず両家の両親も交えてお茶を飲みながら談笑した後、カップが空になった頃にクロエを誘って2人で中庭を散策することにした。
護衛騎士に目配せをして少し離れてもらい、シャルルはクロエの手を引いて蔓バラで飾られたパーゴラへ移動した。その際ニヤニヤしていたバジルをブノワが咎めていたことは気づかなかったことにした。
「綺麗な場所ですね」
「そうだね……クロエ嬢、君と話しておきたいことがあるんだ」
「……はい、なんでしょうか?」
シャルルは護衛騎士たちに不審に思われないようにこやかな顔を崩さずに、聞こえないよう声を落としながら切り出した。聡い彼女はシャルルに合わせて静かに答える。その表情は不安そうだが、シャルルと向き合っている彼女は彼らに背を向ける形になっており、彼らからはその後ろ姿しか見えていない。
シャルルはクロエの秘密を知っているが、それはシャルルが知っている筈がないことであるし、婚約者という立場上彼女から打ち明けてもらえるわけがない。そのためシャルルは少し切り口を変えてみることにした。
「君は、もしかして恋人がいたのかい?」
「……いいえ」
「じゃあ好きな相手」
「……」
シャルルの問に対しクロエは困ったように目を泳がせた。その正直な態度にシャルルは苦笑する。
「やっぱりそうなんだね。会った時から、ずっとどこか悲しそうだったから」
「! いいえ、いいえ! そんなことは……ただ緊張していたのでそう見えたのです!」
「大丈夫だから落ち着いて」
焦って声が大きくなってしまっているクロエの手を優しく握りシャルルは微笑んだ。
「君さえ良ければ、僕に協力してくれないかな?」
「協……力?」
「そう。君は僕を無理に好きにならなくていいし、君がその好きな人と上手くいった時は婚約を解消してくれて構わない。君の両親には申し訳ないけど、僕の婚約者は公表しないことにするから君がその相手に誤解されることも婚約解消後に不利益を被ることもないからそこも安心して。ちなみに公表しないことについては既に両陛下から了承済みだよ」
「どうして……」
クロエはシャルルの提案に目を見開き、信じられないという風に呟いた。
それに対しシャルルは困ったように微笑んであらかじめ用意していた設定を口にした。
「実は、僕から婚約を打診しておいて失礼な話をして申し訳ないんだけど……僕にも好きな人がいるんだ」
「じゃあ、何故私に……」
戸惑ったように声を上げたクロエだったが、その可能性に気づいたようではっとした。
「うん。その相手は好きになってはいけない人だ」
そうシャルルが告げると、クロエは悲しそうな顔をした。
シャルルは若干の罪悪感を感じながら笑顔のままクロエを見つめる。
シャルルの作戦はこうだ。
クロエの秘密を聞き出すのは今の関係では難しい。だからまずシャルルがクロエと似たような秘密を抱えているということにして、同族だと思ってもらう。
そうすることでクロエも『シャルルの婚約者』という立場を重荷に思う必要が無くなるし、シャルルという婚約者がいるとなれば別の婚約者をあてがわれる心配もなくなるし、そうなれば両親との確執が生まれる可能性はぐっと低くなる。
ついでにあわよくば親近感を抱いてこちらに秘密を打ち明けてもらえれば、後にカロリーヌが彼女を肯定したとしても特別感は薄れ恋愛関係にはならないのではというシスコン的打算もある。
(まあ相手については隠した方がリアリティがあるし具体的には考えてはいないんだけど。一番に想像されるのはカロリーヌかな? ついで使用人、家庭教師あたりか)
「あの、そのお相手は……」
「それは」
「教えられない」とシャルルが答えるより早く、意を決した様子でクロエが口を開いた。
「エリックですか!?」
「……」
(…………うん?)
その発想はなかったシャルルは、理解が追いつかずすぐに反応することが出来なかった。しかしクロエは同性愛者。真っ先にそちらが思い浮かぶのは当然とも言える。
そしてシャルルもついでにエリックも知らないことだが、例のエリックのプロポーズ事件は子供たちの微笑ましい話として結構広まってしまっており、クロエもその話を知っていた。
シャルルは考えた。この話は当然クロエと2人だけの秘密となる上、クロエにはシャルルを同類と認識してもらわなければならない。ならば相手はエリックでも何の問題もないし、1番都合がいいのではないだろうか?
1秒でその結論を叩き出したシャルルは、クロエの言葉に驚いたフリをした後悲しげに微笑むことで明言はせずとも肯定と受け取ってもらうことにした。
(悪いエリック。カロリーヌの為だ)
シャルルが心の中で友人に謝罪していると、クロエがシャルルの両手をぎゅっとその両手で包み込んだ。その瞳は明らかにキラキラと輝いている。
「そういうことでしたら、喜んで協力致しますわ。実は、私の好きな方も同性の方で。だから、シャルル殿下のお気持ちも少しは理解することが出来ると思うのです」
「あ、ありがとう」
シャルルはクロエの勢いに押されながらなんとかそう答えた。いつか話してもらえたらと思っていた彼女の秘密も恥ずかしそうにしながらもサラッと告げられてしまった。エリック様様である。
「出来ればシャルル殿下と恋バナが出来たら素敵だと思うのですが、そろそろ両親が呼びに来る頃ですよね。ああ、婚約関係を秘密にするのであれば、こうして直接お会いすることも難しいかしら?」
「ああ、いや。君には申し訳ないけど無用になってしまう妃教育を受けてもらわないといけないからね。表向きには妹のカロリーヌの友人候補としてここに通ってもらう予定だよ」
「そんな、謝罪なんて不要ですわ。私はシャルル殿下と恋バナが出来ることをとても嬉しく思います。妃教育も淑女として無駄になんてなりませんわ。それに、ふふ、可愛らしいと評判のカロリーヌ殿下に会えるのも楽しみです」
嬉しそうに話すクロエにほっとしたシャルルであったが、最後の一言に思わず顔を顰めた。
「カロリーヌはあげないよ?」
「ふふ、流石に婚約者の妹君に手は出しませんよ」
ゲームで百合ルートを知っているためいまいち信用できないシャルルだったが、ここで口論しても仕方がないため今後は注意して見ておこうと思いながら渋々納得した。
程なくしてクロエの両親が迎えに来たためその日の顔合わせは終了となり、彼女はとても嬉しそうに帰って行った。




