冤罪による断罪? それは捧げられた供物
本作はコメディ要素がありません。
エグい表現もございますので、苦手な方はご遠慮ください。
第一王子であるカインにとり、ボニーは陰気臭いだけの女だった。人と接する事もなく、無表情でぼうっとしているだけのその女はパーカー侯爵家の令嬢であるとしか記憶にない。
ボニーとの接点ができたのはジェニファーのためであった。
ジェニファーは貴族ではない。
この国の爵位を持つ者の家族は把握してあるので、それは間違いない。
カインがジェニファーに目をつけたのは、単純に「そそられる」からである。平民であり、女性としての魅力を振りまく彼女は遊び相手として打って付けだった。
しかしジェニファーはガードが固く、きっかけがなかなか掴めなかった。
そんなある日、カインはジェニファーが虐めにあっているとの噂を耳にした。
相手はボニーことボナンザ・エリザベス・パーカー。武門の雄であるパーカー家の令嬢である。
ジェニファーの所持品がズタズタにされた時、最後に部屋から出たのはボニーだった…
ボニーが中庭から出てきたあと、ジェニファーが中庭の噴水でびしょびしょになっていた…
ここまでは伝聞だった。
しかし極め付けの事件が起きた。
ジェニファーが落ちてきたのを抱き止めたカインが見たものは、階段の上から無表情に見下ろすボニーだった。
「あ、ありがとうございます、カイン王子。お助け頂き感謝いたします…」
震えるジェニファーの身体から馥よかな香りが漂いカインの鼻をくすぐる。
「ボナンザ・エリザベス・パーカー! 貴様、何という真似をするのだ!!」
カインの怒声に対し、ボニーは常と変わらぬ無表情のままで応えた。
「何を言っている? 私が何をしたと言うのか?」
「何を白々しい! いま貴様はジェニファーを階段から突き落としたではないか!!」
「私は知らない。そのような事はしていない」
ボニーはカインの叱責に対し、無表情のまま淡々と応えた。
「なんだ、その態度は! 私を虚仮にするか!!」
「私は知らない。そう申し上げたまで」
これにはカインの取巻きであるアベルとベルーガも鼻白む。
王子に対する敬意を感じられず、それどころかこれほど明白な状況でシラを切るのは馬鹿にしているとも受け取れる。
「お、王子様…良いのです。ことをこれ以上荒立たせないでくださいませ……」
消え入りそうな声で告げるジェニファーの様子を見て、カインはジェニファーがボニーに脅されているのだと察した。
「安心するが良い、ジェニファー。私がそなたを護ってやる」
ジェニファーは怪訝な顔でカインを見上げる。
「ボナンザ・パーカー、カインの名の下に命ずる! ここなジェニファーに謝罪せよ!!」
「なぜ謝罪せねば? 私は知らないと言った。これで三度目になる。その意味がお分かりか?」
「なに!?」
「これ以上この冤罪による断罪を行うならば、それは我が家門に泥を塗る所業になる」
「これほど明白な罪状に対してまだ白を切るか! いくら貴様が侯爵家の人間であり、ジェニファーは平民であるとはいえ命に関わる行為は見過ごす訳にはいかぬ!!
悔い改めて謝罪するなら此度ばかりは見逃して遣わす。如何に!!」
「知らぬと言った。そして警告もした。家門に泥を塗ると。
ここで退いては武門の名折れとなる。
私ボナンザ・エリザベス・パーカーはパーカー侯爵家の名誉にかけて、そなた達四人に決闘を申し込む」
「貴様、どこまでも図に乗りおって! よかろう、受けてやる。代理人を用意するがいい!!」
「これでも武門の家に名を連ねる者。我が身に降りかかる火の粉は自身で払う。そちらは代理人でもなんでも立てよ」
「「「なんだと!?」」」
「他人の話を聞く知性も無い。状況を判断する理性も無いそなた達だ。自ら戦う勇気も無くても誰も咎めぬであろうよ。安心して代理人を用意するがいい」
「巫山戯るな! この手で膾にしてくれるわ!!」
「お待ち下さい、王子様!」
「ジェニファー。もうこれは私とボニーの名誉の問題だ。そなたは控えておれ」
「…そこまでおっしゃるなら私には皆様をお止めできません。ですが、私には決闘などできません」
「安心せよ。そなたを闘わせたりはせぬ」
「ですが、決闘は身分の低い者から行うのが慣い。なれば一番手は私に……平民である私は決闘などとてもとても。お許しください」
言われてみればその通りである。ジェニファーに怪我をさせる訳にも行かず、カインはジェニファーの願いをきくしかなかった。
ジェニファーはボニーの足元に平伏し詫びを入れる振りをして、カイン達に聞こえない声で話しかける。
“贈り物を三つご用意いたしました”
“……何処の手の者か?”
“クライド王子”
“いつから知った”
“三年前。ガーランド殿。我等の的でもありましたので”
“望みは”
“カイン様。出来るだけ酷くと”
“承知した。クライド殿にはいずれ礼に参る”
“御意”
ジェニファーはもう一度一礼し、震えてカインの胸に飛び込む。
「カイン王子、立会人はどうする」
ボニーの呼びかけに対しジェニファーが王子に耳打ちする。
“司法局のギリアム殿ではいかがでしょうか?”
決闘騒ぎの後でクレームを入れてくるのは大体司法局である。その局長を立会人にすれば後腐れがない。
「司法局のギリアムでどうだ?」
「承知した」
「では日時と場所は追って連絡する。逃げるなよ」
カインの言葉に対し、ボニーはいつもの無表情ではなく嘲笑うかのように唇の端を上げてその場を後にした。
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翌日の昼過ぎ、決闘場となった第一訓練場に一同は会した。
立会人に指名された司法局のギリアムが決闘の宣言をする。
「ではここにボナンザ・パーカー及びベルーガ・マーカライト両者合意の下、決闘を始める。
武器、装備は自由。どちらかの死亡もしくは降参宣言にて決着とする。それで良いな」
ボニーとベルーガは頷く。
ボニーの登場を見てベルーガは長剣を片手に勝利を確信していた。ボニーは普段着のままだった。武器は戦鎚だが、ミミズの様に引き摺った跡がついている。
「おい、貴様。なんだ、その服は」
「死装束は自分で選ぶ。死ぬる時はお気に入りの装いでと決めている」
「覚悟の自殺かよ。だが容赦はしねえぜ」
ベルーガは余裕の笑みを浮かべて長剣を振りかぶった。
その右脇に痛みが走る。
ボニーの短剣が刺さり、引き抜かれたのだ。
「熱ッ!」
「そこの血管は太い。止血しないと大変な事になる」
ボニーの言葉にベルーガは慌てて左手で右脇を抑えた。
次の瞬間、ベルーガの耳に笛の音が響く。
意識が急速に失われ、ブラックアウトした。
動かなくなったベルーガにボニーが声をかけた。
「頚動脈を斬ると噴き出す血の音が虎狩りの笛の様に聞こえる。良い葬送曲になったな」
「貴様!! 卑怯だぞ!!!」
「武器、装備は自由。戦鎚を使うとは言っていない」
「……もう冗談じゃ済まないぞ」
「冗談のつもりだったのか。愚かな」
喚くカインに対しボニーはそう軽く往なすと立会人の方を見て宣言を促す。
「この決闘の勝者はボナンザ・パーカーであると認める。
会場清掃のためアベル殿との決闘は30分後とする」
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長剣を振り下ろしたアベルの腹部に戦鎚が食い込んだ。
焼ける様な痛みにアベルはのたうち回る。
「鎧もつけず戦鎚を喰らうと内臓は破裂する。もう救からない。慈悲は要るか?」
カインは苦しむアベルを見て絶句する。ボニーの方に目をやると、剣で切られたらしい服の隙間から金属の色が見えた。
「貴様……鎧を着けていたのか」
「戦場に出るなら当然の備え。鎧もつけていないとは愚か。備えが無い愚か者の末路はこうだ」
そう言うとボニーはアベルに戦鎚を振り下ろした。
カインは思わず目を逸らす。
アベルの呻き声が止む。
「貴様、戦鎚を使えたんだな…」
「使えない物を持ち込む筈もない」
「ベルーガの時に使わなかったのは油断させるためか。
だが、もう油断はせぬぞ……」
「戦いで油断はしない? なにを当然の事を今更のたまうのか。意味がわからない。大丈夫か?」
ボニーはそう言って自分の額を突ついた。
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カイン王子が金属鎧を纏い、戦兜を決闘場の中央で被った。
あ〜あ、これでカイン王子は終わった。
あの鎧と兜がカイン王子の棺となるだろう。
客席で観戦していたジェニファーはそう独り言り、立ちあがろうとすると後ろから声がかかる。
「ご苦労だったな、ジェニファー」
「これはクライド王子にヴァンガード騎士団長」
「よい。そなたは今回の功労者だ。楽にせよ。この場においては直答も許す」
「光栄でございます。クライド王子」
「ヴァンよ、聞いてはいたが凄まじいな」
「は、殿下。あの者は、殊殺人に於いては天才なのです。“狂熊”の異名を持つガーランドが十五やそこらの女児に殺されたと報告を受けた時には耳を疑いました。
調査したところ、通常の者にはある殺人に対する禁忌があの者には欠けている。それどころか楽しんでいる」
「シリアルキラーというヤツか。侯爵家はよほど上手く隠蔽を行なったようだな」
「隠蔽というより教育でしょう。あの者の周りでは多くの死人が出ているが、問題になった事がない。今回のような決闘に持ち込んだり、衆人環視の中での事故であったり。
立ち回りが上手いのです」
「私もそのように思いました。きっかけは確かに私ですが、ボニー様はカイン様達のヘイトをご自身に集め高めて行かれました」
「この決闘だけでもそう思うな。
ベルーガ相手では弱そうに見せて油断を誘う。
戦鎚は使えないと印象つける。
アベルに態と着衣を斬らせ着ている鎧を見せる」
「殿下、あれは自演でございますわ。アベル様に戦鎚を当てた後で糸の様な物を引いておられましたから」
「それに、あの鎧はおそらく革製。表面に銀箔を施した物でしょう。それも胸当てだけかと」
「なぜそう思う、ヴァン」
「動きを見れば、他は着けていないと推察できます。それに鎧は存外重い物」
「つまり、カインに重い鎧を着けさす罠か」
「左様でしょうな。あの鎧ですと20キロ。訓練されていないカイン王子ではまともに動けますまい」
「加えて戦兜か」
「殿下、そう言えばボニー様は戦兜を決闘場に入ってから被れと難癖をつけておられましたね」
「それは私も気になった。分かるか、ヴァン」
「戦兜は視界が狭いのです。決闘場に入る前から被るとそれに気づいてしまうからでしょう。
それにカイン王子の用意された兜は金属製。ボニー様は是が非でも被ってもらいたかったと思います」
「あれか?」
決闘に目をやると、カインは戦兜を外そうと躍起になっていた。既に膝が砕かれ自由に動けない。
降参しようにも下半分がひしゃげた戦兜が邪魔をして口が動かない。
ボニーは口では「降参されますか?」と言っているが、降参したくてもできないと知ったうえで戦鎚を振るい嬲っている。クライドのリクエストに応えてであろう。
「殿下、あの怪物をいかがなさいますか?」
「手駒にするか、退治するか……」
「選択を間違われませぬよう」
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クライドが玉座につき十三年になる。
その間に築かれた血河屍山を思う。
「クライド陛下。貴方は私を怪物として退治することもできた。しかし貴方はそうはしなかった。
貴方が私を伝説にした。
改めて礼を言う。感謝している」
そう言うとボニーはクライドに背を向け歩き出す。
反乱軍の迫る音が玉間まで届いている。
クライドは玉座から腰を上げ、ボニーの後を追う。
「カインが死んだ時、余は全てを手にしたと思った。
なんでもできる気がした。
その結果が今だ。
ああ、あとは行けるところまで行くとするか…」
(完)
悪周期なんです……
アリさんが「悪くなぁれ…悪くなぁれ…」したもんで。
もうすぐ本業に戻ります。
内容的にはミッキー&マロリー(ナチュラル・ボーン・キラーズ)なのですが、語感がこちらの方が合っていたので。
それと、筆者はジュリエット・ルイスよりフェイ・ダナウェイが好きなんで。