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濁流

作者: アドバイスをください

神様は乗り越えられる壁しか与えない。

 この言葉を言う奴が嫌いだ。自分を物語の主人公か何かと勘違いしたエゴイスト、お前が壁だと思っているそれは他人から見たらただの上り坂だ。

 お前らは知らない、たった一度の壁で人生を、未来を失うことになったやつのことを。

 ああ、お前らが本当の超えることのできない壁にぶつかりますように。そして、神様お前を俺は認めないし、絶対に許さない。


吉村直之





 自分が人を殺す、そう考えて生きている人がどれだけいるだろうか。俺はテレビの中で起こっている他人事、そう思って生きていた。どんな理由であれ人を殺す奴は悪、大した正義感もないくせにそう思って生きていた。俺は今も昔も変わらず馬鹿だった。

 その日は雨が降っていた。日中から空は薄暗く、分厚い雲に世界が覆われていた。夜17時ごろだろうか、俺は一人でいつもの川沿いに車を走らせた。川の向こう側に見えるビルの灯りたちが、この世界で一人でないとどこか実感させてくれる。大粒の雨が車のフロントガラスを叩き、水たまりとなった雨は道を走る車の灯りを反射させる。分厚い雲に突如閃光が走る。その直後車体を打つ雨の音を切り裂くかのように雷の落ちる音が鳴った。

 しかし、久しぶりの休日のドライブだ。俺は鼻歌を歌って、車を走らせた。そんな俺の慢心が抱いたのだろうか、いまだにわからない。信号が赤になっていることに気が付かず交差点を直進、直後目の前に現れた子供に急ブレーキを踏むも雨でびしょ濡れの路面の前にブレーキは間に合わなかった。

 そこからの記憶は曖昧だ。エアバッグが作動した車から、這い出て車の前を確認する。そこには車から数十メートル先にびしょ濡れになって倒れている子供がいた。子供に走って近づくも、反応はなく、何をしたらいいのかわからないまま、ただ声をかけ続けた。雨が地面を打つ音、いつもよりも強い流れで流れる川の音だけが聞こえ続けた。

 気が付けば、誰かが呼んだのだろう。救急車に子供は乗せられ、俺は道路にへたり込んでいるところを警察官に抱きかかえられるような形でパトカーに乗せられた。

 雨で俺の体は冷え切っていたのだろう、パトカーが暖かかったことは覚えている。しかし、頭の中は真っ白になっており、被害者の無事、そして誰か俺を助けてくれといった思いだけが頭をこだましていた。

 気が付けばパトカーは停まり、俺は降ろされる。全く力の入らない俺を半ば引っ張るような形で警察官が運んでいった。

 その後取調室に入ったことは覚えているが、口を開くことができず首を縦と横に振っていたら、また話を聞く、と言われ真っ白な格子のついた部屋に入れられ、そこからは一人の時間だった。

 そこからの時間はずっと床にへたり込んでいた。立つ気力も、身体を動かす気力も起きず、ずっと床の上にいた。真っ白になった頭の中で、ただひたすらに助けてくれ、という思いだけが強くなっていく。あの子は無事かもしれないという、ほとんど願望のような思いが頭の中を占めていく。そんなことはないと理性ではわかっているのに、そう願うしかないのだ。真っ暗な部屋の中で、自身の喉から漏れる音のみが響いた。



 翌日、気づけば床で眠ってしまっていたのだろう。身体に痛みを覚える。クリームの色の床は昨日は気づかなかったが、かなり冷たく、体の熱を奪っていた。

 翌日再び昨日と同じ取調室に案内される。やけに広い部屋の中心に机一つと椅子二つがポツンと置かれている。そのやけに広い部屋は静かだった。そんな静かな部屋に警察官の落ち着いた声が響く、警察官の質問に答えていくが、その冷静な様子が逆に私に現実を教え、虚無感が募る。質問が終わった様子で、取調室に沈黙が訪れる。最後に一縷の望みをかけ、警察官にあの子がどうなったかを質問する。死亡が確認された、と何かを噛み殺すよな表情で、されど淡々と言う警察官を見て、私は膝から崩れ落ちた。

 



状況確認が終わったため、留置所からの解放が決まった。警察官に連れられ、留置所の外に出るとそこには心配そうな姿をしている母がいた。母は警察官に本当に申し訳ございませんでした、と深々と頭を下げ私を車に乗せ、家へと帰っていった。

無言の車内で、母に本当にごめんなさい、と言おうとする。しかし、言葉の途中で声が掠れ、涙があふれ言い切ることが出来ない。そんな私を見て、母は

「起こってしまったことは仕方ないから、ここからしっかりと償おうね。私も一緒になって償うから。」

と優しい口調で言うのだ。そんな母の言葉にありがとう、ごめんねを嗚咽交じりで言い続けた。

家につくと、そこにはいつもと変わらない実家があった。こんな時でも実家には変わらない安心感があることにどこか胸が苦しくなる。家は変わらないのに、私はもう駄目である、そのことがひどくつらかった。

家に帰っても一言も発さない私に、母が優しい声で

「何か食べたいものある?」

と聞いてくるのだが、いつもと変わらないその言葉が苦しく、痛かった。私の未来はもうなくなった、私の将来はもうなくなった。そのことが頭を占めるのだ。

結局その日は、ありがとう、ご飯は大丈夫、本当にありがとう、と言い布団に入った。

布団の中で、「自分の夢も、才能も要らない。何も残せずに死んでもいい。ただ、お願いだから大切な人と身の丈に合った幸せな生活だけを遅らせてください。」と祈りつづける。そして、それと同時にこんな自分が生きていても、もう自分には未来がないし生きる希望もないという思いが湧いてきてしまう。しかし、こんな時でも生きたいのだろうか、遺書を書きたい人に残してから、せめて死にたいと思うのだ。ペンを取り、ノートに遺書を綴る。まずは書きたいことが多くある母へ遺書を綴る。幼少期に体を壊すと心配してとてもやさしくしてくれたこと、反抗期の時にたくさんすれ違いを起こし迷惑をかけたこと、だけどいっぱい愛情を注いでもらえたこと、もっと素直に愛情を伝えて甘えればよかったということ、母の子供でよかったこと、書けば書くほど書きたいことが溢れ、思い出を振り返る毎に涙も溢れていった。こうして思い出を振り返ると本当に恵まれて、愛されていたんだなと痛感する。母からはたくさんのものをもらってきたのに、自分が母に何もできていないことが辛くなる。紙に書いた文字に涙が落ち、文字が滲んだ。

 気持ちを遺書に起こすと、どんどんと自分が親不孝者だったことに気が付く。今までの当たり前がどれだけ恵まれていたか、そんなことに手遅れになったこのタイミングでやっと気づいたのだ。

 もう自分の人生には何もない、しかしせめて母より先に死なないように、せめて責任が母に行かないように生きなければならない。そう心に誓った。

 結局その日は眠ることが出来ず、母への感謝を書き綴っていた。気が付けば朝陽が昇っており、しかし母に顔を合わせる勇気が出ず、部屋から出れずにいた。そんなままどれほどの時が経っただろう。時計は12時を指しており、震える手で勇気を振り絞り、部屋の扉を開けリビングへと向かう。

 そこでは母がいつもと変わらない姿で料理をしていた。母は今ご飯できるからお腹空いてたら先朝ごはんの残りだけたべちゃいなさい、と机にあるラップをかけられたお皿を指さす。久しぶりに食べる母のごはんは暖かく、涙が止まらなかった。





そこから数年が経った。俺と母は賠償金の支払いのために家を売り、狭いアパートに二人で住んでいた。俺は、会社をクビになり工場勤務に、母は俺の賠償金の返済を少しでも手伝おうと、スーパーでアルバイトを始めた。

あの時から俺の世界は色褪せた。こんな俺が楽しんではいけない、こんな俺が幸せになってはいけない、そんな思いがずっとある。

この人生では清算しきれない罪を背負った。だからこそ、死んではいけないし、他人のように何かを求めて生きてはいけない。俺が死んだら母に迷惑がかかるから、俺が死んだら母が不幸になるから。

そんな俺にも母は変わらず優しい。母は昔からそうだった。俺のせいで、母まで苦しい思いをしているのにもかかわらず、無償の愛を注いでくれるのだ。

それはうれしい事なのか、苦しい事なのかわからない。しかし、母がいるからこそ狭いアパートは俺にとって唯一の居場所となった。昔は、ことある毎に通っていた川も、気が付けば自分にとっては見るだけで生きる気力を奪う、そんな場所に変わった。

 



その日は俺の誕生日だった。

事故を起こしてからも、母は俺の誕生日を祝ってくれた。かつてほど豪勢な食事でもプレゼントがあるわけでもない。ただ、普段はスーパーの廃棄ばかりの食事が、その日はスーパーで食材を買い、少し早くパートを終え俺のために手料理をたくさん作ってくれるのだ。そして、最後にはスーパーで売っている一切れ200円ほどのケーキを1つだけ買ってきて、俺が食べる姿を嬉しそうにみているのだ。

今年も、母は俺のために食事を作り、ケーキを買ってきてくれた。そして、俺がケーキを食べる姿を見て嬉しそうに、

「生まれてきてくれて、育ってくれてありがとうね。」

と言うのだ。事故を起こし、人の人生を、母の暮らしを奪った俺にこんな言葉を言ってくれる母のまなざしは暖かく、泣きながら、

「俺も母さんの子供に産まれられてよかった。本当に色々と迷惑をかけてごめんね。」

と、小さくなった母の背中を抱きしめた。母からの暖かい言葉、久しぶりに抱きしめた母の背中を思い出し、その日はいつもよりもよく眠ることが出来た。



翌日、良く晴れた金曜日だった。

いつも通り、スーパーの弁当に母の作ってくれた目玉焼きを食べ、工場へ向かう。ポケットからイヤホンを取り出し、ラジオを流す。

あの日以来音楽を聴くことが出来なくなり、通勤の時は必ずラジオを聞くようになった。音楽を聴いて心が少しでも動かされると今のギリギリの状態で生きている自分が崩れてしまうような気がするのだ。

ラジオからは、今日の夜にゲリラ豪雨の恐れあり、と天気予報が流れていた。

工場につくといつものように外国人の同僚が、何語かよくわからない言語で楽しそうに会話をしているのを横目に、黙々と作業着に着替えた。何の意味があるのかわからない朝のミーティングを終え、いつも通りのラインにつき、やってきた製品を型から外しかごに詰める仕事を行う。この作業は何も考えずに時間が過ぎるから好きだ。気が付けば昼休憩のチャイムが鳴り、休憩室へ向かう。休憩室には長机にパイプ椅子が並べられており、指定はないが皆自分の席のようなものが出来ている。いつも通りの端っこの席で、いつも通りの冷え切ったお弁当をラジオを聞きながら食べ、次のチャイムが鳴るまでの時間は机に突っ伏し睡眠をとった。

そうして、また同じく仕事をこなし、帰路についた。帰り道、昨日の母に祝ってもらった思い出がよみがえる。せめて、俺も母に何か感謝の気持ちを伝えようと思うも、お金がないため、何も買うことが出来ない。そんな中道を歩いていると綺麗な紫色の花が目に付いた。その花はあの川沿いに無数に咲いており、美しい景色を生み出していた。その花を見て、小学生時代の思い出が蘇る。母に道に咲いていた花をプレゼントしたら、とても喜んでわざわざ花瓶まで買って飾っていたこと、それが枯れるまで嬉しそうに眺めていることを思い出した。

川へ向かおうとして強ばる身体。しかし、それをどうにか、堪え母のために川へと向かった。久しぶりに川に近づくと、かつての思い出が様々な様相で蘇る。良い思い出も、悪い思い出も。しかし、そんな悪い思い出も洗い流すかのような美しさがそこにはあった。太陽の光を纏わせながら流れていく川に心が表れていた。近くの野球場の子供たちの歓声、川の流れる音、それらは俺にとっての幸せの形のような気がする。そんな気持ちを抱きながら、川沿いに無数に咲いている紫の花を摘み始めた。

こんな年になって、道端に咲いている花を摘み取ってプレゼントするということに、情けなさを感じる。しかし、少しでも母の喜んだ顔が見たいと思い、片手に一杯になるほどの花を集めた。周りからは俺がどんな風に見えているのだろうか、いい歳した大人がくたびれた姿で花を握りしめている。しかも、店で買ったものでもなく、道に咲いている花を。自身の情けなさに嫌気がさすが、母に喜んでほしい一心で花を家まで握りしめて帰った。

家に帰ると母はまだ帰っていなかった。母のいない家は真っ暗で、静かだった。母が家にいないことは珍しく心がざわつくが、花を飾ろうと花瓶を探す。小学生の頃に買ったものから変わらない花瓶がある。そこに握りしめてきた花を詰め、水を注ぐ。母が帰ってきたら一番に気づくように、その花瓶を机の上に置いておき、テレビをつけた。

おかしい。いつまで経っても母が帰ってこない。普段は俺よりも先に家に帰っている母がいないことに不安が募っていく。外の様子も気づけば、朝の真っ青な空が嘘のように分厚い雲が覆っている。薄暗くなっていた部屋に気づき、電気をつけるが、母がいないのに明るい部屋はどこか不気味だった。

そんな不安な気持ちのまま、母の帰りを待っていると、先ほどまでの天気が嘘のように雨が降り始め、どんどんと強くなっていく。安い古いアパートは雨の音がよく響き、部屋はあっという間に雨音で満ちていた。

そんな雨音をつんざくかのように家の電話の音が鳴り響く。

「吉村美智子様のお電話でお間違いないでしょうか?」

電話から、やや焼けた声の男性の声がする。その男性の背後からは忙しなく人が動く音がしており、心がざらつく。

「はい、間違いないです。」

ざらつき不安を感じながら、そう言うと、

「こちら、山之内医院なのですが、美智子様が急に倒れられたそうで、現在当医院にて、診察しております。しかし、容態が不安定なため、ご家族の方にもいらっしゃっていただきたくお電話差し上げました。」




病院についたときにはもう遅かった。死因は、心筋梗塞だそうだ。どんな病気なのか説明している、医者の口上も耳に入らない。どこか薬品臭い部屋の中で、異質な冷たい空気の漂うその部屋で母は目を閉じていた。最後の言葉は、俺の名前だったらしい。俺のせいで楽しい人生すら奪い、俺のために人生を消費した母の最期の言葉が俺の名前だった。




 家に帰ると、そこには摘み取ったあの川沿いの花が花瓶に入った状態で俺を出迎えた。真っ暗な母のいない部屋の中で、その花だけが俺のみじめさを表すように机の上に置いてあった。気が付けば、俺はその花瓶を地面に投げつけていた。花瓶は甲高い音を立てながら砕け散った。地面に飛び散った花を拾っては引き裂き、拾っては引き裂きを繰り替えす。砕け散った花瓶が足に刺さるが、その痛みにすら気づかず、ただ己の惨めさをその花にぶつけていた。

 気が付けば、足元には粉々の紫色の花、自身の足から流れる真っ赤な血で染まっていた。雨粒が屋根を叩く音で満ちた部屋で、怒りと悲しみを向ける先がなくただ一人で茫然としていた。

母が亡くなった。母は、俺にとってのすべてだった。かつて書いた遺書を取り出し、机の真ん中。さっきまで花瓶があったところに置く。遺書は強く握りしめていたせいか、ぐしゃぐしゃになっていた。




あの川へと一歩ずつ歩みを進める。土砂降りの雨が全身を洗い流す。雨でぬれたことで顔に張り付いた髪をかき上げると、どこかブレーキが壊れたのだろう。口から笑い声が止まらなくなった。すれ違う車のヘッドライトが自分の最期を飾るステージライトのようだ。

川にたどり着くころには声は枯れ、笑顔だけが張り付いていた。川は、昼間とは様相を変え、地獄のようだった。濁った水がすべてを飲み込み破壊しようとするかのように暴れまわっている。川に近づけば近づくほど街灯がなくなることにより、暗くなっていく。川の目の前にたどり着いたときには川がどこからどこまでなのかすらわからないほど、真っ暗だった。

俺にはこんな最後がふさわしいな。足先を川に触れさせると、一気に足先が持っていかれそうになる。一瞬で足を引っ込め、再び川のそばにたった。これから死ぬというのに、気持ちはどこか晴れやかだった。これが俗にいう「ハイ」という感情なのだろうか。もうしばらく感じたことのない感情だった。枯れた喉に鞭を打ち、打ち付ける雨を感じながら濁り切った空を見た。雨を浴びながら深く息を吸う、

「神様のくそったれがっ」

全力で叫んだ声は川の流れの音、雨の音にかき消されて溶けていく。そのまま、すべてを飲み込もうとする勢いの川へと飛び込んでいった。




 

ああ、もう生きる理由はなくなったんだ。

 母さん本当にごめん。何もできない親不孝な子供でごめん。

本当にごめんね。今までありがとう。母さんの子供でよかった。

 来世でも母さんと会えますように。今度こそは、多くは望まない、身の丈に合った幸せを大切な人と分かち合って生きていけますように。






小説を書き始めたばかりです。上手くなりたいので、感想やアドバイスをどんどんともらえると嬉しいです。ただ、「つまらなかった」だけだと心が折れるので、どこをどうしたらよくなると思うといった部分を付け加えてもらえると嬉しいです。

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