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いったいどれほどの時間が経っただろうか。
豪雨から小雨に変わり、しばらくすると晴れ間がのぞいてきた。その間、うずくまったまま動かなくなったクラジューを、黒ヒョウはただただ見守っていた。同情できるほどの経験もなく、かける言葉も持たない黒ヒョウに出来ることは、クラジューが立ち上がるまでの間、外敵に狙われないようにすることだけだった。
クラジューを視界に入れつつ、雨に濡れた毛皮を舐めて手入れをしていた黒ヒョウが、左の後ろ足を舐め終わった頃だろうか。クラジューが不意に立ち上がり、フラフラと此方へ向かってきたのだ。
「もういいの?」
黒ヒョウの言葉は突き放したようにも聞こえるが、努めて平静であろうとしている気持ちの表れだった。クラジューにとっても、今は変な同情や過剰な心配が込められていない方がありがたい。
「あぁ。もう大丈夫だ。ここまで付き合わせて悪かったな」
「別に、アタシがそうしたかっただけ。アンタが悪く思う必要はないから。それで、アンタはこれからどうするつもりなの?」
「私は戻るさ。こんな結末になってしまったが、ボス争いに勝ってしまったのだ。今、あの群れの責任は私にある。行って群れを守らねばならない」
「そ。アタシも帰るし、ついでに川の近くまで見送るわ。それと、今後アタシの狩り場に近寄ったら容赦なく食うから。食われたくなかったら、こっちへ来ないように子供達含めて言い聞かせておくことね」
「それは怖い。絶対に近寄らないように言っておこう」
黒ヒョウの忠告に、クラジューは不器用な優しさを感じ取って小さく笑う。何か言いたげにジト目で睨んでくる黒ヒョウをなだめ、クラジューはこの旅路に本当の終わりが訪れたことを実感していた。
「まさか、息子を殺す道でデスロードと読むとは思わなんだ」
思わずそう漏らしたクラジューは苦笑こそ浮かべているものの、無理していることを隠しきれていない。クラジューの決め台詞の後は、呆れたり馬鹿にしたりしてきた黒ヒョウだったが、このときばかりは憚られた。
だから何も言わず、労るように、慰めるように、クラジューの背中を尻尾でポンポンと叩いたのだった。
後日、クラジューは群れの新しいボスとして家族に迎え入れられていた。晩年になってボスの座に返り咲いたゴリラは今までになく、事情を察した者達からは「子殺しをした息子から群れを取り返した英雄だ」と讃えられている。
クラジューはそんな賛辞に一切反応しなかったため何を思っていたかは分からないが、ある意味では息子が思い描いていた通りになったとも言えよう。
そしてクラジューは後年に至るまで、偉大なボスとして名を馳せたという。
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