第八話 グッバイ。私の、地味生活。
決闘。貴族学院のそれは、非常にシンプルなルールである。
使用手段は魔法でも、武器でも、何でもあり。
その代わり必要なのは、誇りと己の力のみ。
そして勝利した人間は、事前に両者の間で、提示したものを得られる、と言うわけである。
当然だが、この決闘はそうそう発生しない。
そりゃそうだ。一体どこの誰が、好き好んで半死半生になりたがるのか。その代わりに、在学中に一回でも名勝負をしたものは、貴族社会で末永く敬意を支払われるらしい。
つまり、これは全学年に知れ渡る一大行事、ということである。
賭けるものは様々。土地の権利、とかそれこそ女性とか。でも、考えてわかる通り、こんなのはそれなりの時間揉めた末に、「じゃあ、よし決闘しかないな」となるのである。
誰がどう考えたって、わざわざ決闘するより金や話し合いで解決したほうがコスパがいいのだ。
まあ、なんで私がこうも長々決闘について述べているかというと、クラス中が物凄い騒ぎになっているからである。
「うっそだろ!!! こんな入学初日に決闘が見れるのかよ!!!」と言う興奮した男子の声。
「しかも女性を巡ってですって!!! なんてロマンチックな!!」と甲高い声を上げる女子。
気の早い生徒に至っては、「先行って闘技場を抑えておきますね!!!!」とすたこらさっさと教室から飛び出していった。
なんなら、「じゃあ、俺は、他のクラスや学年にも伝えてきます!!!!」と喜色満面の笑みでスキップするやつもいる。
お、終わった。確実に終わった。
いや、確かに盛り上がるのはわかるよ。客観的に見てそれぞれタイプの違うイケメンが女の子を取り合いするってのは、面白いしさ……。
でも、私は思う。
騒ぎのド真ん中にいると、これほど恐ろしいことはない、と。
「入学早々、君たちを辱めてしまうのは申し訳ないが、本気で行かせてもらおう」と第一王子アレックスがにやりと笑う。
【申し訳ないが、僕は王族だ。王族の魔力は常人の約百倍。負けるわけがない。まあ、本気を出すと変装魔法が解けてしまう恐れもあるが、それは仕方ないだろう】
よくねえだろ、と私は思う。
うん、王子もさ、もう隠す気ないよね。
さっきから、心の中で「王族王族」言いまくってるし。
それを受けて、「下らんな。俺の愛に勝てると思っているのか?」と相変わらず狂気に満ちた目でヤンデレが言う。
【確かに、前世の俺だったら負けてしまっていただろう。しかし、転生した俺の魔力は膨大なものとなっている。その魔力は、常人の約百倍。彼女のためにも、俺は負けるわけにはいかない!】
ヤンデレが、ちらりとこちらを見てきた。
【俺はこいつらに勝ち……、そして君を監禁する】
か、かっこよくねえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!
き、キメ顔で言っているけど……、全然胸がきゅんとしない。
恐ろしい。どちらかと言うと、心臓が別の意味でバクバクしている。
この人、なんでこんな監禁に命を燃やしてるんでしょうか???
「これほど多くの女性の前で恥をかかせるなんて、こちらこそ申し訳がないぜ」と自信満々にグレイズが言う。
【まあ、普通の勝負だったら、俺は負けていただろう。しかし、俺にはとっておきの魔法がある】
へえ、お色気イケメンは、若干不利らしい。
【それは――性欲変換魔法】
は??????
【原理は簡単。俺のあふれ出る欲求を魔力へと変換する。そして、俺の性欲は常人の約百倍。つまり、俺は常人の約百倍の魔力を手にする。他の奴らには悪いが……カンナと踊るのはこの俺だ】
な、なんという頭の悪そうな魔法。
っていうか、性欲ってそんなぴったり、常人の○○倍って測定できるものなのだろうか。
疑問である。
「勝っても負けても恨みっこなしで行こうか」と最後を締めくくるのは、色白イケメン吸血男である。
【残念だけど、吸血鬼の魔力は、もともと常人の約百倍。まあ、本気を出し過ぎると、正体がバレるリスクも高まるけど。恋のためだし……仕方ないよね】
全然、仕方なくねえええええええええええええええ!!!!!!
この吸血鬼の倫理観おかしすぎィィィィィ!!!!!!
私はあまりのずさんさに、口をパクパクさせることしかできなかった。
普通、”呪われし夜の一族”っていうくらいだから、ちゃんと闇に紛れて生活しなきゃいけないんじゃないの?????
なんで、この天然吸血鬼は、太陽の下でやる気満々で人間と決闘しようとしてんのよ!!!!!!
ご家族の吸血鬼の方は、なぜこの人をもっとちゃんと止めてくれなかったんだろう。ぶん殴ってでも入学を阻止して頂きたかった。いや、ほんとに。
にやり、とやる気十分な感じで、四人のイケメンが教室を出ていく。そのあとに、まるでお祭りでも来たかのように、女子も男子も大騒ぎで引っ付いていく。
廊下の足音が凄い。そして話し声も凄い。
「え、女子を巡って一年生で決闘だって!!」
「決闘!? ってまだ初日に??? 今年の一年はすげえなあ」
「なんかそれも、結構なイケメンが揃って、一人の女子を奪い合っているらしいぜ」
「わ、わたしの地味な学院生活が……」
私は誰もいなくなった教室でひとり膝をついた。
しかし、その時、私の脳内に一筋の光が走った。
つまり、解決策が見つかったのだ。
「な、なるほど」
要するに、問題をひたすらややこしくてしているのは、厄介なイケメンが四人も出現している、ということにある。
「そっか……! つまり、一人に絞って対処すれば……」
そう。
四人が一度にかかってくるから大変なのだ。
例えば、これが一人になれば、だいぶ対処もしやすいはずである。
奴らも一応アホではない(はず)。
決闘で負けたらさすがに、他のイケメンだってアプローチを自制するだろう。
つまり、今回の決闘で、勝利した一人を対象に、私から丁寧にフェードアウトさせればよいのだ。
もし、第一王子アレックスが勝ったら、「私たちには身分差があるので……」と言い逃れをしよう。
もし、ヤンデレイケメンが勝ったら、「私、前世のことなんて覚えていません」と関係ないですよアピールをしよう。
もし、お色気イケメンが勝ったら、「私、清楚なのです!!」とお前の色気には屈しないぞアピールをしよう。
そして、もしイケメン吸血鬼が勝ったとしても、「私たちには、種族の壁があるのよ……」とそれとなくフェードアウトする。
完璧な計画だぁ。
私は思わず、口元の含み笑いを抑えられなかった。
「いや~、最悪は、四人引き分け、とかね。まあそんなわけはないか」と上機嫌で、独り言まで言ってしまう。
どんなに実力が拮抗したって、まさか四人同時引き分けはないだろう、と私は暢気に考えていた。
そう、暢気に。
暢気に……。
暢気……、
「ん???」
なんかやけに嫌な予感がする。
なんか大きな点を見逃しているような。
走馬灯のように、先ほどのイケメンたちの心の声が蘇る。
待って、あいつらそろいもそろって同じようなことを言っていたような。
――常人の約百倍。
そう。彼らは全員、普通の人の約百倍の魔力を持っているらしい。
「なんでそろいもそろって、常人の約百倍の魔力なんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!!」
最悪の事実に気が付いてしまった私は、無人の教室で雄たけびを上げた。
「お、終わった。これ絶対に勝敗が付かないフラグだ……。お、おかしいよ。一人くらい千倍とかでもいいのに……、なんでみんなで示し合わせたように百倍なのよ……」
正直、無人教室で叫ぶという行為自体、全然、私の目指す地味な学院生活からは程遠いが、仕方ない。
いやもう、というか四人のイケメンに争奪されかかっている女性という肩書を持ってしまっている以上、地味な学院生活なんぞ、夢のまた夢である。
「あは……あはははは……」
乾いた笑い声が教室に反響する。
――グッバイ。私の、地味生活。