第二話 人の心を読めるって、だいたいロクなことにならない。
「……ッ!?」
思わずガタっと机の上で身じろぎしてしまった。
教室中の視線が集まる。
「カンナさん、どうかされました?」と優しそうな女性の教師が尋ねてくる。
「い、いえ、すみません。態勢がちょっと……」と私はかろうじて地味なモブ令嬢の仮面をかぶったまま、返事をした。
なんでそんなことになる??
いやでも、おかしい、おかしい。これでは平凡な学院生活を送れない。
気になる人ができたのは百歩譲っていいとしよう。
でもなんでそれが私になるのか。それがわからない
【僕は改めて高位貴族の闇に気が付いた。僕に散々色目を使ってきた令嬢たちに挨拶しても、すげなく冷たい目で見られるだけ。そう。彼女たちは僕の地位が目当てなんだ】
いや、そりゃそうだろ、と私は思った。
みんな慈善事業でやってるんじゃないんだよ!!!!
みんなお家の看板を背負っているのだ。そりゃわけのわからない木っ端貴族の子息があいさつしたって、無視されるだけだろう。
【でも、彼女は違った。彼女だけは、僕に全く分け隔てなく接してくれたんだ。前に夜会で一回見かけたときと全く同じ態度で、挨拶してくれた。彼女は、なんて清廉潔白な人なんだろう。全然欲にまみれていないんだ】
ちげぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!
全然違うよ王子ィィィィ!!!!
私は男爵家の中でも序列が低いから、誰に対しても低姿勢なだけなんだよぉぉぉぉぉ!!!!!!
だいたい、夜会で一回会ったっけ????
場違い過ぎで早く帰りたくて、何ひとつ覚えてなかったわ!!!!!
【やっぱり彼女は特別だ。あの人と婚約できたらな】
ヒエっ、と私は小さくこぼした。
……悲報。王子やる気満々である。
【あの人とだったら、僕は王族と言う地位を捨てたってかまわない。そう。二人っきりでこの国から逃げ出そう。そうして僕らは二人で歩きだすんだ】
やる気ありすぎぃ!!!
いやいやいやいや、この王子、頭のねじが緩みまくっている。超ド級の馬鹿だ。
ただの何の後ろ盾もない男爵令嬢と、第一王子が駆け落ち????
完全に私にとばっちりがくるじゃねぇか!!!!!
暗殺される未来しか見えないんですけどぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!
関わりたくない。切実にかかわりたくない……。
しかし、王子の勢いはまだまだ止まらないらしい。
こうしている間にも脳内では王子の声が鳴り響く。
【ふぅ。彼女の唇……柔らかそうだったな。】
はい???
【そうだ。二人っきりで王国を出たら、湖畔の近くの宿を探そう。そうして、僕は彼女のピンク色の唇に優しく触れ、そっと自分の舌を――】
「きょぺっ!!!」
「カンナさん。本当に大丈夫ですか。急に頭を振り回したりして、何か体調が悪いのでしたら――」
「だ、大丈夫です!!」
心配そうにこちらを見てくる先生には申し訳ないが、私はきっぱり言い切った。
今一瞬とんでもない発言が聞こえてしまった。
己は官能小説家か、と言いたくなるくらいの生々しい描写である。王族ってたしか、他の貴族と比べても高等教育を受けてるとは聞いたことあるけど、こんなところで無駄な語彙力を発揮するなよ、と言いたい。
【彼女大変そうだな。僕が優しく抱きかかえてそのまま――】
ヤバイヤバイヤバイ。
王子、思春期真っただ中である。きっと王子はこれまで女性経験がほとんどなかったに違いない。だからこんな地味女を、清楚だとかわけのわからないことを言い始めるのだ。
ダメだ。これ以上聞いてたら頭がおかしくなる。
そうだ。意識するんだ意識を……!!
私は必死に、集中した。
この心の声を聴く、と言う能力は集中すれば他の人を対象にすることができる。
誰かほかに、まともそうなやつはいないか???
必死に目線だけを動かして辺りを探る。
王子以外に、まともかつ静かそうな人がいれば……!!!
できれば、あまり変なことを考えていなさそうな人……。
そこまで考えたとき、ふとある男子が目に入った。
私の右横。物憂げな表情をした、黒髪が艶やかな男子である。
いいじゃんいいじゃん、と私は思った。
こういう静かそうな人だったら、私の柔らかな唇をなめたい、とかは考えていないはず!!
右横の男子にすべてを集中する。
ラジオの周波数を合わせるようなイメージ。
その瞬間、王子の声が途切れ、低いバリトンボイスが私の脳内を駆け巡った。
よし成功――、
【俺は、前世で愛する女性を殺してしまった】
……は???
イメージ:異世界恋愛でよくいる変装したいお年頃の王子