第十九話 だいたい、聖女キャラは言うことを聞いてくれない
「あのさあ、ナニソレ?」
私は通学路のど真ん中で呆然とつぶやいた。
私の目と鼻の先では、第一王子アレックスが、何やらリリエッタさん3人に向けて『説教』をしている。
いや、単なる説教だったらもっと良かったのかもしれない。
問題はその内容である。
ここから聞こえてくるだけでも、
「彼女の美しく、くすんだ茶髪の魅力がなぜわからない!?」とか
「彼女の気高き心の美しさが、なぜわからないんだ!?」などと、王子はわけのわからない供述を続けている。
説教が始まってまだ五分しか経っていないが、リリエッタさんたちは見るからにげっそりした顔になっている。
そりゃそうだ。
先に無礼なことを言い出した自覚は彼女たちにもあるだろうけど、まさか彼女たちも、地味女の良さを力説されるとは思わなかっただろうね。
わかる、わかるよその気持ち。
私は初めて絶世の美少女と同じ気持ちになれた気がした。
う、うれしくねえ、、、。
「いやこれ注目を浴びないわけないよね」
その通り、嫌嫌、渋々、辺りを見渡すと、先程まで騒がしかった通学路のみなさんは、一様に同じ表情をしていた。
――すなわち、ドン引きの表情である。
えー、今の私の状態を客観的に見てみよう。
稀代のイケメンを使って、桃色髪の美少女と男二人を、みなが集まる通学路で、説教させているのである。
しかも、その内容は、どこからどう見ても、地味度100%の私の美貌(?)を褒め称えさせるという頭がいかれた、と思われても仕方ない内容だ。
つまり、生徒の皆さんには、『私が、四人もいる婚約者を使って公開説教させているやたら高慢な地味女』に見えている、ということである。
なんでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!?
【ふっ。この場で、カンナの素晴らしさを、こいつらに骨の髄まで教えてあげる。誰も傷つかない完璧な計画だ】
いや、私が傷ついてる真っ最中だわ、あほ。
【やるな、アレックス。これなら、カンナの良さを皆にアピールすることもできる。彼女の良さは、噛めば噛むほど伝わるしな】
いや、人をスルメみたいに言うなし。
【へえ、さすがは俺が見込んだおもしれー男。たしかに、一流の芸術は見る者にも、一流の眼が要求されると聞く。カンナの美しさを知るには、それ相応の教養が必要だからな】
私は、ピカソか何かかな???
【くっ! これでもコイツらが諦めなかったら、全吸血鬼に戦争を呼びかけるしか――】
君はなんでそう毎回、種族を巻き込みたがるのかな???
地味女をかばって、人間と吸血鬼が争うって、考えられる限りで一番ダサい人外ラブロマンスじゃなかろうか。
やるならせめて、もっと素敵な美女をかばって戦いなさい。
そうこうしているうちに、器用にも、説教をしながら、アレックスが私の方に何やら合図してくる。
何かをやり遂げたという男の表情。
それは、ムカつくほどに清々しい。
【カンナ……君の評判は守り通したよ】
ドヤ顔を披露しながら、「ご主人様見てよ」とでも言いたげな表情でこちらを見てくる。
これが……これのどこが、守り通した……???
一回、この王子の頭の中の辞書を見てみたいな。
私は本気で思った。
きっと『評判』というページがないに違いない。そうに決まっている。
辺りの空気は、私を見て、酷いことになっていた。もはや、100人規模のお通夜会場のような状態である。
私の耳にもひそひそ声が聞こえてくる。
「えっ!? カンナ様は、何をなさっているの……?」
「もしかしたら……お相手の方って、一ヵ月遅れで入学された聖女様じゃないかしら……? 聖女様も中々男性遊びが激しいようだけど、やはりカンナ様には敵わなかったのね」
「聖女様相手に、婚約者四人を引き連れて公開説教かあ。やっぱり入学一ヵ月で、貴族学院を制覇しただけはあるわね。末恐ろしいわ」
「あの地味な感じが独特で、素敵よねえ。なんかもう一周回って、神々しさすら感じさせる風貌ですわ」
私は思わず、膝をついた。
完全に、ビビられとる……。約一名なんかおかしい人がいたような気もするが、大多数の女子生徒には、私の方を畏怖の表情で遠巻きに眺めている。
「いいかい?? たしかに、カンナと会ったばかりの君たちに、カンナの良さを理解するには時間がかかるし、難しいことかもしれない。しかし、諦めてはいけない。人間諦めたら終わりなんだ! 僕の話を集中して聞けばきっと君たちだって、カンナの素晴らしさに気が付けるよ!!!」
その言葉に、うんうん、とうなづくアホ男×3。
私の評判を守れている、というこいつらの自信はどこから来るのだろうか。
一回真面目に聞いてみたい、と私は心の底から思った。
ちなみに、後日、リリエッタさんが私の部屋を訪ねてきた。
「くっ、報復ですか!?」と私は身構えたのだが、
「いやですわ、私がそんなことするわけないじゃないですか。もう、カンナお姉さまったら~」とリリエッタさんが相変わらずの媚び媚び声で言った。
んん????
こちらをまっすぐに澄んだ眼で見つめるリリエッタさん。その眼からは、ありありと尊敬心が感じられる。
「ど、どういう風の吹き回しで……?」
「私……わかったんです。ぐすん」
リリエッタさんが、首をかしげる。
「やっぱりカンナお姉さまこそが聖女なんですわ」
「は??????」
聞き間違いか???
今とんでもない爆弾を投げつけられたような気が――
「私、調子に乗っていました。魔力測定で、平民では珍しいほどの魔力を持ち、治癒の力を使えるだけで、私は自分が凄いと思い込んでいたんです。でも、四騎士様から、カンナお姉さまのお話を聞いて、気持ちが変わりました。『聖女』という称号は、お姉さまにお渡ししますわ。いつか自分で、胸を張って聖女だと名乗れるその日まで、お姉さまが『聖女』と名乗るべきですわ」
こ の 子 は マ ジ で 何 を 言 っ て い る の で す か?
いや待って、『治癒の力』なんてのは、レア中のレアである。
少なくとも、どれだけ一生懸命魔力を込めても、かさぶたを複数個作る、といったゴミのような芸当しかできない私よりは、よっぽど聖女向きである。
「い、いいよ悪いし」
「よくありません!」
そう言うリリエッタさんは力強い瞳でこちらを見据えている。
「四騎士様は言っておられましたわ。カンナ様は本当は凄いのに、それを隠して謙虚にふるまっている、と。それは非常に難しいことなんだ、と」
いや、違うよ???
私は本気で傷口の上に、かさぶたを作ることしかできないですけど?????
煽りかな???
なんか覚えがあるわ。
前世でめっちゃ美人な友達に、スキンケアの方法を聞いたら、「特に何もしていないよ~。カンナこそ色々ケアしてて偉いよねえ~」とナチュラルに返された時の感覚に似ている。
「だ、大丈夫だから! ね? 頼むから!!! 何もしないでね!?!?!」
「お姉さまなら、そう言うと思ってましたわ」
ふふ、と可憐に笑う美少女。
全然、笑えねえ。
「実は~」
じゃじゃん、と言ってリリエッタさんが差し出したのは、何やら紙の束のようなものである。
「ナニコレ」
「ビラです! 私気が付いたんですけど、お姉さまって中々良い噂を聞かないですよね。たぶん、恥ずかしがり屋だから、お姉さまは誤解を受けていらっしゃるんだと思います!!!」
「ん?? どういうこと???」
「だから、お姉さまの良さがいっぱい詰まったこのビラを配って、お姉さまの素晴らしさを学院中に広めるんです!!」
!?!?!?!?!
私はとっさにビラをひったくり、眼を精いっぱい広げて読み始める。
「素敵ですよねえ。四騎士の方々が、それぞれお姉さまも素敵な部分をかいてくれたんです。実は私も……」
てへへ、と言って笑う彼女。
しかし今の私に、可愛いね、と言っていられるような余裕はなった。
私はおったまげた。
ビラには、恥ずかしげもなく私を礼賛する文字が並ぶ。
「これ……配るの???」
これだけは、絶対阻止しよう。命に代えてもだ。
私は、そう心に誓ったのだが――
「あ、もう配り終わりました!」
「……終わった??」
「ええ」とリリエッタさんがはにかむ。
「女子寮。学院内。トイレ。四騎士様の手も借りて、男子寮にも配りましたわ」
「あばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばば」
予想していた中でも最悪の答えが返ってきて、私はそのまま目の前が真っ暗になるのを感じた。
お、終わった……。
さようなら私の、モブライフ。
こうして、後日、私に新たなあだ名が付けられた。
「学院のアイドルを従え、聖女を叩き潰し、はてには学院全体に途方もない物量のビラをばらまき、己の美貌と権力を誇示する女――カンナ・アーチボルト」
あの~、入学して一ヵ月ですけど、学院って辞めることできますか?????
もうあとがきのネタも尽きてきたので、後2話くらいで終わらせます☆彡




