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第十一話 悪役令嬢は、絶対に一人くらいは出てくる。


 このアークヴィンスト貴族学院は、全寮制である。それはすなわち、寮生同士の距離が近い、ということであって、噂がすぐに広まる。そして、その分、下級生は上級生との関係に気を遣う、ということになる。


 まあ、私がなぜこんなにグタグタ言い訳を述べているかと言うと、絶賛、上級生に睨まれている最中だからである。


「ねえ、カンナさん。あなたの噂よ~く聞いているわ」


 赤毛が美しいダイナマイトでファビュラスなボディをした女性――カロリーナ様が、「よ~く」と言う部分を強調しながらいう。


 私は絶対にあのアホ関係だろうな、とあたりをつけつつ、平身低頭で謝っていた。


「す、すみません。カロリーナ様」

「すみません、の一言で、物事が終わるほど簡単じゃないのよ。あなたも貴族の端くれならわかっているのではなくて?」


 このカロリーナという女性は、公爵令嬢である。すなわち王国の中でも、上から数えた方が早い上級貴族。彼女の父上は、王国でも屈指の実力者だ。

 そして、彼女は親の力と地位を活かして、学内でも大きな影響力をもっていた。


 完全に、典型的悪役令嬢である。


「あなたの行動は、目に余る、と言っているのよ。男性とあんなに距離が近いなんてねえ。お姫様抱っこ、でしたっけ? あんなの私だったら、恥ずかしくてできません事よ」

  

 せ、正論んんんんんんん!!!!!

 そりゃそうだ。私だって、顔から火が出るほど恥ずかしかった。できれば記憶から消し去りたいエピソードダントツ一位である。

 何が悲しくて、あんな公開処刑のような真似をされなければいけないのか。アホ共め……、理解に苦しむ。

 

 そして、私は、絶賛、そんな彼女からお叱りを受けていた。とはいえ、彼女の言っていることは、まとも中のまともである。


「さて、まだまだ言いたいことはありますわ」


 そう言ってカロリーナがにやり、と笑う。


「注目を集めては何ですし、あなたの部屋に行きましょうか?」

「で、でもこの談話室でいいのでは――」と私は言いかけた。


 寮の談話室では、それなりに多くの女子生徒がいる。そんな中だったら彼女もやすやすとは手を出せないだろう、と思っていたのだが。


「まさか私の申し出を断るつもりではないでしょうね?」


 じろり、と口元を扇子で隠しながらカロリーナがこちらを睨む。


 そんなカロリーナに私は、「は、はい……」と答えるしかなかったのである。





「………………も、もう夜ですが。か、カロリーナ様は、普段はこの時間、何をなさっているのですか?」

「………………それを答える義務が私にあるとお思い?」


 ないです……、と私は心の中で答えた。



 すごい気まずい。 

 談話室から自室まではだいぶ距離がある。入ったばかりの一年生には、一番遠いフロアが割り当てられるのだ。

 

 そんな無言のプレッシャーを背後に感じながら、私は、いやでも待てよ、と考えを改め始めていた。


 状況を整理しよう。

 私はまず地味なモブ令嬢になりたい。そしてこの典型的悪役令嬢のカロリーナさんは、私が目立っているのが気に食わない、と。


 あれ……?

 よくよく考えたら、私たち、目標が同じでは?


 そう。考えたら簡単なことだ。幸い、カロリーナ嬢は学院の女子の中でも、圧倒的な存在感を持つ。つまり、そんな彼女を仲間に引き入れてしまえばいいのだ。


 何なら、彼女に泣きついたっていい。

 思えば、こうやってみんなの眼が届かない場所に来たのも、これはこれでよかったのでは……?


「こ、ここが私の部屋です」


 ふんっと、後ろのカロリーナが鼻を鳴らす。


「散々歩かせてくれたわね?」

「すみません……」と言いつつ、私はカロリーナに確認をした。


「ええっと、カロリーナ様をお迎えするために、先に部屋に入ってもいいでしょうか?」

「はあ……、本当に仕方ないわね。さっさとしなさい」


 そうだ。ここで少しでもカロリーナ様を接待して、誤解を解き、私は何の実害もないモブ令嬢を目指すということをわかってもらわなければ。


 確かに、私の部屋は若干汚い。しかし、ここが正念場。さくっと部屋に入って、さくっと掃除をする。


 そう心に決めた私は、少し後ろで控えるカロリーナより先に扉を開けた。


 眼の前には、少し散らかった自室――、


「お帰り、カンナ。遅かったね」


「タイムアウト」


 バァン!! と物凄い音が鳴った。私が思いっきり自室に飛び込んでから、息も絶え絶えに戸を思いっきり閉めた音である。


「な、な、な、な、な」


「な?」


 不思議そうな顔で、首をかしげるイケメンども。


「なんで!! 私の部屋にいるのよぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 私は思わず地団太を踏んだ。


「ああ、俺の魔術だ」 


 そう悪びれもせずに言うのは、普段通り無表情気味のクレメンス。


「は?」

「だから、俺の魔術で、ここに潜入した」


 すうっ、と私は踵を返した。再びがらりと戸を開けて部屋の外に出て、できる限り穏やかな声音でこう訊ねた。


「か、カロリーナ様。もう少し、お時間を頂いてもよろしいでしょうか? その……、ちょっとわたくしの部屋は散らかっていまして」


「はあ……本当にこれだから田舎の小娘は。あなたのようなつまらない出自の人間はお片付けもできないのかしら」


 そう言って、くすくす小ばかにしたように笑うカロリーナ様。


 普通の令嬢だったら、このくらい言われたらカチンと来てしまうかもしれない。しかし、現在進行形で部屋の中に、男子四人が不法侵入してきているという摩訶不思議な状況を経験しつつある私にとっては、こんな悪口くらいは可愛いものである。


「ふんっ。いいでしょう。さっさと終わらせなさい」

「すみません、ありがとうございます」


 何回もカロリーナ様を拝んでから、再び私は部屋の中に入った。


 ふぅ、と目を閉じて深呼吸をする。




 そう。落ち着きなさい、カンナ。最近のあなたは、無駄にキラキラしている男たちに振り回されて、疲れているだけ。

 ほら、冷静に考えてみて。女子寮は男子禁制。入り口にはごつい警備の人間もいる。だいたい一般常識として、人がいない間に、女子の部屋に入るなんてことが――、


 とそこまで言い聞かせて目を開けた私の目の前には、部屋でくつろぐイケメンたち×4。


「へえ、これが噂に聞く女子の部屋か、いいね。悪くない。でも王族的には、ちょっと狭いかもしれないけどね」

「おいおいアレックス。普段顔隠してるくせに、ここぞとばかりに王族面してるんじゃねえぞ」

「僕はお茶でも入れようかな~」


「ナチュラルにくつろぐなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


私的イメージ

→【悪役令嬢】


金髪が多い(気がする)。意外と「おーほっほっほ」と笑うようなタイプは少ない模様。あと、全体的にグラマスかつエキセントリックな体型をしていらっしゃる場合が多い。

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