第十話 ダンスパーティーはよくあるけど、いうほどしっかり踊らない
えー、アホ共がダンスのお誘いを断るのに、私の名前を無断使用しまくった結果、こうなりました。
――学院の大広間、舞踏会の会場にて。
豪勢な料理が供された白亜の会場。
真っ白な大理石がシャンデリアの輝きを反映し、色とりどりのドレスをまとったご令嬢たちが蝶のように踊る。
まるで御伽話のような光景。
そんな蝶の群れのど真ん中には、グレーのドレスしかもっていなかった私。だって、踊る気なんてサラサラなかったし……。
完全に、気分は「蝶の群れに迷い込んだ蛾が一匹」という感じである。
「え、あれが噂のカンナ嬢……」というひそひそ声がどこからともなく聞こえる。
わかります、わかりますよ。その視線。
ね、あのアホどもが私の名前を連呼しまくったおかげで、学院では、私の正体をみんなが知りたがってたもんね。
「あんな地味な女に私は負けたっていうの……」
そう言ってぷるぷると怒りで震える美人さんたち。
美人な人が怒ると怖いんだなって、私は再確認した。
う、うれしくねえ。
この美人さんたちを刺激しないようにするのが、目下のところの最大の目標である。今日は、絶好の機会。逆にこの展開で地味さを見せつけてやれば、お姉さま方だって、私を取るに足らない人間だとわかってくれるはず。
お姉さま方……、私は敵ではありません……。
そうと決まれば、いかにこびへつらって美人お姉さまたちに媚びを売るか――、
「ほら、カンナ。」
そんな私に声がかけられた。
「あっちの方に美味しい果物があったよ、あーん」
次の瞬間、バァン、という凄い音がした。
それは、私がものすごい勢いで大広間を飛び出して、すぐ横の廊下に、アホ四人を引きずり込み、それから壁にドンと、手をついた音である。
「ねえ……アレックス、今のなに?」
「何って……」
一瞬で変装魔法を解いて、金髪碧眼の素顔を露わにした第一王子が首をかしげる。
「『あーん』、とは、食べ物を食べさせる、という行為だって聞いたけど」
「そうじゃない!!! あーん、の意味くらいは知っとるわ!!!!!」
「だから言っただろう、アレックス。俺の前世の記憶によれば、彼女が好きなのは、お酒だ」
「いや、二人とも間違っているよ。彼女が好きなのは、お茶だって!」
ちがあああああああう!!!!!!
私は前世の記憶を頼りに私の好きなものを当てようとするヤンデレと、アルコール嫌いな吸血鬼に向かって吠えた。
「食べ物か、飲み物か、じゃなくて!!! 行為そのものが!!!!! 問題なの!!!!」
「だからお前らは女心がわかっていないんだよ」
そこまできて、「フッ……アホめ」とこれまで黙っていたグレイズが、なぜかセクシーに髪をかき上げる。
「彼女が言っているのは、食べさせ方の問題」
そうだろ、とこちらを見てくるお色気イケメンに私は夢中で頷いた。
なんだ、下ネタばかりだと思っていたが、こいつもやればできるではないか。まあ、そもそも、この貴族学院は由緒正しい貴族を育成する機関である。
あまり上の階級の人間から不興を買わないようにするとか、いくら何でも、その辺しきたりはわかっているはず――、
「つまり、彼女は『あ~ん』、よりも口移しがよかったのさ。お互いの唇で愛を交換する。そんな行為を彼女は求めていたんだ」
「ほぅ……」とほかの三人が、お前もなかなかやるな、みたいな雰囲気を醸し出す。
ちげええええええええええええ!!!!!!!
「なんでこんな注目を受けている状況で!!! あ~ん、よりも、さらに問題ありそうな行為が出てくるのよぉぉぉぉぉぉ!!!!! 違うに決まっているでしょ!!!!!!」
私は今すぐ穴があったら入りたい気分になっていた。
ダメだ、こいつら。
なぜか、不思議そうな顔で、アホ4人が少し私から離れてひそひそ相談を始める。
「おい、なぜか彼女怒っているぞ」と王子が口火を切る。
「口移しよりも、激しいのが良かったんじゃないのか?」
「全く……レディーを怒らせてどうするのさ。これだから人間は……」
「ばか、都合のいい時だけ吸血鬼面するんじゃない」
「うるさいぞ、前世のストーカーめ」
私を放っておいて責任を擦り付け合う面々。
しかし、しばらくすると、やっと結論が固まったらしい。
「でも、もとはと言えば、アレックスが勝手に抜け駆けして、『あ~ん』を仕掛けたせいだろ?」と3人が同意したのだ。
「わかったわかったよ」とアレックスが代表してこちらに来る。
「さっきのは、冗談だよ。つまり、だ」
打って変わって真面目腐った顔。
「要するに、注目を集めているのが嫌なんだろう? 僕らは皮肉にも、カンナ、君を巡って決闘までしてしまった。だからこそ、そんなぼくらが君とむやみやたらに仲良くしているとよくない、ということだね?」
「そ、そうですよ!!!」
私はまじまじと目の前の王子を見つめた。
見るものを魅了する長い睫毛。そして、思慮深そうなヘーゼルナッツ色の瞳がこちらをまっすぐに見つめ返している。
「僕だって馬鹿じゃないんだよ、カンナ」
そうやって、耳元で甘い一言を囁かれる。
「むぅ……まあそこまで言うなら……」
もちろん近寄りすぎた王子は他の三人からすぐに羽交い絞めされていたが。
「わかりました。とりあえず、目立たないように頼みますよ」
まあ、これだけ言っているのだから、多少は認めてあげてもいいか……
と思っていた時期が私にもありました。
「ねえ、ナニコレ?」
私は大広間の中央で、四人にお姫様だっこをされながら聞き返した。
いやもう四人にされているもんだから、お姫様だっこというより、胴上げの一歩手前みたいな状況である。
もっと言えば、棺桶を四人で運んでいるみたいな状況である、
「何って……、お姫様抱っこだけど??」
心底不思議そうな声。
「いや、これ注目を浴びないわけないよね」
その通り、嫌々首を持ち上げ、辺りをうっすら見渡すと、先ほどまでぶちぎれていた美人なお姉さま方が皆一様に言葉を失っていた。
「人間、何かに注目していたとしても、より大きな驚きには勝てないものさ。ここまですれば、さきほどの『あーん』ショックも上書きされているよ」
【ふっ、ここまで大活躍をしたら、彼女だって僕を認めないわけにはいかない。ほかのみんなには悪いけど、一歩リードというところかな】
そう言って、どや顔をしながらお姫様だっこを続けるイケメン×4。
【第一王子アレックスか。前世の記憶もないのに、すごいやつだな……】
【へえ、さすがは王族といったところか。おもしれ―男だ】
【す、すごい! これが人間の頭脳……】
「これで、一件落着だな」という暢気なアレックスの声が、私の横の方から聞こえてくる。
これが……これのどこが、一件落着……???
大広間の空気は私を見て、とんでもないことになっている。もはや皆絶句して、お通夜状態である。
私は思わずこめかみに手を当てた。
どこをどう見たら、落着してんのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!
後日、私にも初めてのあだ名が追加された。
「学院のアイドルを従え、ダンスパーティーで踊りもせずに男にお姫様だっこを強要する毒女」
というのが、今のところの私のあだ名だ。
はっはっはっ、死にたい。
モブキャラ通り越して、もはや、悪役令嬢みたいな扱いなんですけどぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!
私的イメージ
→【ダンスパーティー】
謎の行事。実際に見たことも参加したこともないので、全然想像できない。強いていえば、小学校高学年のとき、学年全員で一丸となって「ソーラン節」を踊ったことくらいか。




