誰がために強くなる 前編
こうして文字にすることによって、義父の理不尽な行いを再度確認するに至ったのですが、今も私が布団の中でメソメソ泣いているかと言われればNOです。
何故なら隣に旦那がいてくれるから。
辛いとき、悲しいとき、毬栗のようになった私の心を真綿のように包み込んでくれる彼がいなかったら、今頃とっくにこの家を出ていたことでしょう。
旦那が怒った姿を私はほとんど見たことがありません。
義父そっくりの羆のような顔しながら、心根はどこまでも穏やかで、それでいて仕事は放っておくと休みなく人の3倍もこなしてしまう、酒もたばこもギャンブルもしない修行僧のような人。
一度、旦那に訊ねたことがあります。
「ねぇ、お義父さんのこと好き?」
「嫌い」
そのわりに、家のこととなると必死よね? そう訊ねると、複雑そうな顔をしたものですが、今考えればそれは、幼いころから刷り込まれてきた強固な「義父の意思」とも言えるものだったのだと思います。
旦那と私がであったのは、20年前以上のことになります。
友人が「会ってみない?」と見合い話を回してきたのがきっかけでした。
会うだけなら――と、待ち合わせ場所に向かったのですが、そこにいたのは前述のような羆のような大男でした。
想像してみてください。黒塗りのセダンから下りてくる黒のロングコートを纏ったいかつい男を。ヤクザかと思いましたよ。
ビビる心を推し隠しての初デートとなりましたが、見た目に反して朗らかな彼の笑顔にコロッと転がってしまった私です。仕方ない、私はギャップ萌えに弱いのです。
ところが2回目のデートのこと。
ちょっと付き合ってほしいと連れていかれたのは彼の実家。訳も分からず混乱する私の目の前にいたのはヤクザの大親分ですよ。
「にさ、こいつと結婚する気あんのか」
初めて赤カブトと対峙した銀って、きっとこんな感じだったんだろうなと。
なすすべもありませんでしたよ。ビビって何も言えずにいる私を後目に、旦那と結婚前提でお付き合いすることが決まってしまったのです。
彼と出会って7日目のことでした。
義父との対面は僅か10分といったところでしたが、彼の威圧感に圧倒されっぱなしの10分でありました。帰りの車中、魂の抜けきった私に彼がぽつりと言いました。
「俺、お見合いって成功したことがないんだ」
でしょうよ。
「あなたはいいけど、あなたのお義父さんとは付き合えないってはっきり言われたこともある」
そらね。
聞けばお見合いもすでに数十回に及んでいるようで、上記の理由で女性に逃げられてばかりいたそうです。私だって逃げようと思いましたよ。
でも、彼を知れば知るほどそれは難しくなっていきました。
見た目こそそっくりですが、中身は正反対の二人です。義父のせいでこれまで散々理不尽な目にあってきたであろう彼を思うと、どうしても見捨てることができなかったんです。
要するに、絆された、と。
義父の暴虐無人は同業である私の両親も知るところで、結婚するまでに「本当にいいのか」と、何度もお付き合いを見直すように言われました。
そのたびに決心が揺らぎ、別れを切り出そうとすること数回、そのたびに絆されてきた私ですが、結婚を決意したのは私が病気で入院したときのこと。
難病かもしれないと通告された私に「一生大事にするから」と何回目かのプロポーズをしてくれた旦那を私は信じてみることにしたのです。
結局、たいした病気ではなく完治に至ったのですが、義父には「結婚はやめておけ」って何度も言われたらしいことは後で聞いた話です。